第二十九話 金が絡むと力が湧き上がってくるのは、みんな一緒だよ
今夜の賞金探しのルールは、金を探し出して、シロのところまで、先に持っていった者が賞金を獲得するというものだった。
賞金は発見したものの、肝心のシロがどこかに雲隠れしてしまった。つまり、見つかった賞金は、まだ誰のものでもないということだ。
一度は喪失させた戦意を、再び奮い起こして、今賞金を手にしている藤乃へと、参加者の意識が集中する。
「ちょっと! 男三人で、か弱い女を追いつめるって、倫理的にどうなのよ!」
藤乃の言う通りだが、今はそんなことを言っている場合ではない。というか、大金がかかっているのに、レディファーストもないだろう。
「いや、お前、か弱くないから! 自分で思っているより、強い女だから! もっと自信持っていいぞ!」
「あら嬉しい! って、騙されないんだからね。結局、私への集中砲火を正当化するための言い訳でしょ!」
ばれたか……。あっさり騙されてくれると思ったんだが、さすがに褒め言葉が露骨過ぎたみたいだな。
思わず苦笑いを漏らした瞬間、城ケ崎が隙をついて、藤乃に飛びかかった。
「くっ……!」
転倒しながらも、三十二万円だけは、手放すことなくしっかりと掴み、前のめりに転倒した。いきなり突進されたのに、悲鳴をあげなかったし、お前はやっぱり強いよ。いや、あさましいよ。
尊敬の念を送りながら、俺も藤乃の元へと駆け寄る。
「くっ……! 金を握っている手の握力が思ったよりあって、手を広げられない!」
「おほほほ! 私は強い女だからね。まして、金がかかると、尚更強くなるのよ!」
何だと? 面倒な特技を発揮してくれるじゃないか。だが、俺だって負ける訳にはいかない。力比べは俺が勝たせてもらう。
しばらく俺と藤乃の無言の戦いが続いたが、城ケ崎が割って入ってきた。
「ああ、もう! 段取りが悪いですね。こういう時は、こうすればいいんですよ」
そう言って、藤乃の脇腹や足の裏を、こちょこちょとかゆき始めた。効果はすぐに表れた。藤乃は、耐えきれなくなって笑い出した。そうすると、手の力も自然と緩んだ。
「あははは! き、汚いわよ。お、男なら……、正々堂々と勝負しなさいよ! あははは!」
「すいませんね。これが僕のやり方なんですよ」
得意満面の笑みで、城ケ崎は、俺の手から賞金をかすめ取ろうと手を伸ばしてきた。日常的にスリをしているんじゃないかと思うくらいに、鮮やかな手つきで迫ってくる。だが、もうちょっとのところで、交わすことに成功した。
「あっ……!」
「ははは! 悪いな。その程度じゃ、俺から金を取ることは出来ないぜ!」
金が絡むと集中力が増すのは、何も藤乃ばかりではないのだ。
「ははは! 一時はどうなるかと思ったが、本日も賞金をゲット!」
「ああ! 宇喜多さん、ずるい!」
「ずるくない。早い者勝ちだって、シロも言っていただろ。悔しかったら、俺から奪い返してみろよ」
このまま逃走して、こいつらを撒いてやろう。そして、シロを探し出して、賞金を完全に俺のものにするのだ。
だが、その前に、間宮が立ちはだかった。
「その通りっすね。宇喜多さんの言う通りっすよ」
背後から間宮の声がしたかと思うと、次の瞬間、俺の全身を激痛が駆け抜けた。あの野郎……、人の背中に飛び蹴りを見舞ってきやがった。運動神経のある間宮の蹴りは威力があり、俺はかなり吹き飛ばされることになってしまった。
「がっ……、はっ……!?」
顔から地面に激突してしまった。受け身も何にも取っていなかったので、痛いったらない。
「ははは! 悪いっすね。早い者勝ちって聞いたもんだから、体が勝手に動いちゃいましたよ」
こいつ……、一切手加減しなかった。本気で失神させるつもりだったんじゃないだろうな。
少し涙目で、藤乃と城ケ崎を振り返ると、俺を同情の目で見ていた。自分も金を持っていたら蹴りを食らっていたのかとか、金を持っているのが自分でなくて良かったとか思っているんだろうな。
間宮の蹴りが痛すぎて、その場にうずくまってしまった俺は、思わず三十二万円を手放してしまった。それを間宮がナイスキャッチする。
「悪いっすね、宇喜多さん。でも、これは勝負だから、恨みっこなしっす!」
そう言って、走り去ってしまった。いや……、勝負事だからって、ある程度は手加減してほしいんだが……。ていうか、俺を置いていくなよ……。
走り去った間宮を追って、藤乃と城ケ崎も走り去っていった。一応、俺を気遣う言葉はかけてくれたが、ちょっと冷たいんじゃないのか? 俺、痛みでうずくまっているんだぞ? 解放くらいしてくれたっていいじゃないか。ていうか、俺を置いていくなよ……。これ、二度目。
「畜生……。俺を一人にするなよ……」
痛いのと、心細いので、泣きそうになる。本当に泣くことはないが、ルネがこの場にいたら、危なかったかもしれない。
せめて誰かに寄り添ってほしいと、甘えたことを考えていると、こっちに向かってくる足音を耳にした。
その足音に、聞き覚えがあったので、逃げることもなく、その場で痛みが引くのを待っていた。てっきり俺の前を素通りしていくのかと思っていたが、俺の横でぴたりと足を止めた。
だいぶ痛みが引いてきたな。脂汗も、マシになってきた。足音の主は逃げることなく、俺に寄り添っている。やれやれ……、俺に相手しろってか?
顔を上げると、シロが俺を無表情で、じっと見つめていた。
「よお……。倒れている俺を眺めるのは楽しいか?」
いつものシロなら、「うん♪」と、邪気のない満面の笑みで、最高に性格の悪いことを口走るところなのだが、何故か黙りこくっている。
「ていうかさ。姿を現すのがおせえよ。俺が金を持っている内に出てこいっつうんだ」
まるで俺が金を奪取されるのを見計らって出てきたように思えたので、憎まれ口を叩いてやったが、相変わらずの無表情。
「お前も、あいつらを追ったらどうだ? 向こうも、お前を探していたぞ。金を持っているやつの前に現れて、おちょくるのが、今日のお前の役目なんだろ?」
性格の悪いことを思いつくものだと、鼻で笑ってやったが、シロは黙ったままだ。かといって、俺のことをシカトしている訳でもない。どうも調子が狂うな。
「先に断っておくが、俺はここでしばらく休むから。付き合っても面白いことは何もないと明言しておくぞ。それでもいいなら、好きにしろよ」
ぶっきらぼうに言うと、シロは座り込むと、どこに持っていたのか、漫画を取り出し読み始めた。へえ~、こいつ、漫画なんて読むんだな。
どんな漫画を読んでいるのか、身を乗り出して確認してみると、週刊少年誌で爆発的にヒットしている海賊漫画だった。ちょうど主人公が漫画肉を口いっぱいに頬張っているページを開いている。少女じゃなくて、少年漫画に興味があったとは。さらに意外だ。
さっきまでの悔しい気持ちを忘れて、シロと漫画を交互に見ていると、携帯電話が振動した。
城ケ崎からメールが届いたのだ。
メールには、一進一退の攻防が続いていて、奪い合いの様相を呈しているということが記載されていた。金は俺以外の三人の手を順番に回っているとのことだ。
かわいそうに。いくら金を手にしても、シロの元まで持ってこないと、自分の物にならないというのに。そして、肝心のシロは、俺の側で、漫画を読み耽っているのだ。
俺は、連中の不毛な努力を、内心であざ笑った。
その事実を知らない城ケ崎は、メールの最後で、良かったら、手を組まないかと提案してきていた。
ふん! 俺が苦痛で呻いている時に、一人ぼっちで置いていったくせに、よくも抜け抜けと言ってくれたものだ。もちろん共闘の誘いなんて受けるものか。そんな風に一度は考えたものの、すぐに思い直した。
これはなかなか面白い展開になってきた。シロさえ見つからなければ、あいつらはいつまでも争奪戦を繰り広げなければいけないということなんだよな……。
俺は上半身だけを起こすと、シロに向かって、いかにも悪者が浮かべそうな笑みを漏らした。
良いことを思いついたのだ……!
「シロ……。ちょっと話があるんだが……」
シロは口を利いてくれなかったが、俺の顔をじっと見つめている。反応は薄いが、嫌っている訳でもないようだ。むしろ、俺に興味を持っているように思えた。
俺は早速シロにあることを耳打ちした。すると、首を縦に振ったではないか。ははは! いいぞ。俺にとって都合の良い展開になってきた。
さっきまでの無残な気持ちは、完全に消え去っていた。正反対の明るい気持ちで、心が昂ぶる。
シロと話し終えると、次にあれだけシカトを決め込んだ城ケ崎へと連絡を取った。共闘を受けることにしたと伝えるためだ。何の疑いもなく、俺の話に食いついてくる。
幸い、金を奪ったところらしいので、そのままこっちに逃げてくるので、ここで待っているようにとのことだった。ふふふ、騙されているとも知らずに、呑気なものだ。
悪いな……。俺はお前らよりも、体力や行動力では劣るかもしれんが、最後に笑わせてもらうぜ……。
たった今思いついた必勝の策を思い浮かべながら、俺は笑いを抑えきれずに、つい噴き出してしまったのだった。




