第二十八話 金を獲得してからが、真の勝負の始まり
「あ、やっと来た! 遅い!」
意気消沈する中、ほうぼうの体で、スタート地点に戻ると、こんなことを言われた。戻ったのは俺が最後で、他の三人はとっくに戻っていたようだ。しかし、遅いとはひどいな。思わず文句を言いそうになるのを、グッとこらえる。
メールの着信から、かなりの時間が経っているので、当然かもしれない。むしろ待っていてくれたことに感謝しなければならないんだろうがね。
目に入ってきたのは、藤乃が手にしている約三十枚の福沢諭吉だ。そうか。今回は藤乃が賞金を獲得したのか。復帰戦でいきなり獲得するとは、幸先が良いことじゃないか。ライバルの調子が良いというのは、俺にとっては、歓迎出来ないことだがね。
「ふふん! ま、私がちょっと本気を出せば、こんなものよ」
見せびらかすように諭吉たちを平つかせる藤乃に対して、城ケ崎が食ってかかった。
「違うでしょ! 僕が取ったのを、あなたがかすめ取ったんですよ。この泥棒!」
「あら。盗られる隙を作っちゃう人が悪いのよ。シロちゃんは、このお金を自分のところに先に持ってきた人間にやるって言ったのよ。だったら、合法じゃないの」
おいおい! 城ケ崎が取ったのを、藤乃が横取りしたのかよ。俺がその場にいたら、参戦してやったのに。単独行動をとらずに、こいつらの後を追うべきだったと舌打ちして悔しがる。
「く、く、くそ……」
諦めきれない城ケ崎と、権利を主張する藤乃の間で、醜い争いが勃発する。それを横で見ながら、ずっとこうなのだと、間宮が耳打ちしてきてくれた。
正直、誰が賞金を取ろうが、俺にはどうでも良かった。俺が獲得出来なかった時点で、興味をなくしていたのだ。
ああ、もう帰りたい……。だが、来たときに使用した魔方陣は消えちゃっているしな。シロも黙っていないで、早くまた魔法陣を出してくれよ。って、シロ……?
やけに静かなことに気が付いた。何でこんなに静かなのか不思議だったが、うるさいやつがいないからだということに思い至るのに、時間はかからなかった。
「シロは……、どこだ?」
賞金探しに夢中になるあまり、シロを置いてけぼりにしていたな。姿が見えないということは、むくれて帰ってしまったのだろうか。
いつもは放っておいても、俺たちにちょっかいをかけてくるくせに、今夜はスタートからずっと大人しかったので、変だとは思っていたのだ。怪訝な顔をする俺に、藤乃が説明してくれた。
「私が意気揚々と凱旋してきた時点で、いなくなっていたわ。私たちを追っている間に、迷子にでもなったのかしらね」
はあ!? 迷ったって? 自分の作り出した空間で? そんなことがある訳がないだろ。
「あ、でも、もしかしたら、帰っちゃっただけなのかも。シロちゃんが帰ったということは、この三十二万円は、私の物ってことで良いのかしら」
「本当に帰ったのなら、そういうことになりますね。姿を隠している可能性の方が高いですが……。あと、その三十二万円は、僕の物ですから!」
城ケ崎の言う通りだ。シロは言っていた。賞金を見つけて、自分の元まで持って来いと。やつの狙いは分かったよ。迷ったんじゃない。自分から姿を隠したんだ。つまり、賞金を見つけるまでが前半戦なら、シロを探すのが後半戦ということになる。いや、ここからが本番と言っても過言ではあるまい。何故なら……。
「な、何よ……」
わずかに怯えた表情で、藤乃が後ずさる。城ケ崎が目の色を変えて、対峙してきたからだ。
「シロちゃんにお金を渡す前なら、そのお金は誰のものでもないということになります。つまり、僕がもう一度強奪しても良い訳だ」
「なっ……!?」
藤乃が怯えを含んで驚愕する中、城ケ崎はさらに話を続けた。
「僕だけじゃない。宇喜多さんや間宮さんだって、チャンスはあるんだ。そうでしょ?」
俺たち三人で共闘して、藤乃から金を強奪しようと誘ってきているのか? 相変わらず腹黒いことを企むな。
こうなると、現時点で金を手にしてしまっている藤乃が、一番追いつめられてしまっていることになる。思わず中途半端に金を獲得していなかったことに、ホッとしてしまった。加えて、落ち込んでいた気分が、どんどん回復してきたことも感じていた。
「シロちゃ~ん! 出てらっしゃい! あなたの言う通り、賞金を見つけて、届けに来たわよ~!!」
助けを求めるかのように、藤乃がシロの名前を叫ぶ。だが、誰も彼女の叫びに応じるものはいない。あの狐たちすら、姿を現さない。
「無駄ですよ。おそらく彼女は、どこかに雲隠れしていて、僕らが捜しに来るのを、笑いを堪えて待っている筈です。だから、いくら叫んでも、彼女がここにやって来ることなんてないです。ましてや、あなたを助けになんか来ない……」
「……くっ!」
藤乃だって、だいたいは理解していたんだろう。それを承知した上で、叫んでいたのだ。本気で城ケ崎に……。いや、俺たち三人を相手にしたら、圧倒的に不利だと認識していたから。
だから、来ないと半ば分かっているシロに、助けを求めてしまったのだ。そして、結果は見ての通りだ。だが、藤乃は諦めない。そりゃそうだ。逆の立場だったら、俺だってそうだった。
手にしているのは、一か月分の給料に匹敵する額だ。それをたった一晩のゲームに勝っただけで獲得出来るかどうかがかかっているのだ。大人しく差し出すなど、あり得なかった。
「このお金は……、誰にも渡さないんだからねっ!!!!」
藤乃が叫び終えた時には、もう闘争を開始していた。当然、俺たちもそれを追う。いち早く飛び出したのは、一度は自分の手にした三十二万円をかすめ取られた城ケ崎だ。強盗された恨みのこもった凄まじいダッシュを見せる。
「だから……。言っているでしょ! そのお金は、僕の物だって!!」
いやいや! お前、さっき自分で言ったじゃないか。その金は、まだ誰のものでもないって。ああ、駄目だ。聞いちゃいないよ。
「ハハハ! 面白くなってきた! 俺、こういう熱いの、超好きっす!」
勝負事が好きなのか、間宮のテンションも上がってきている。俺も、取り残されないように必死だ。
「これだ……。こういうのが、俺の求めていたものだったんだ……!!」
「ん?」
何だ? 間宮が、何かを呟いたぞ。こういうのがやりたかったと言った気がした。鬼ごっこがしたかったってことか?
気にはなったが、今は賞金の確保が先決だ。みんなには悪いが、今藤乃が持っている金は、俺が掴ませてもらうぜ!
ご感想、ご要望があれば、どしどし送ってくださいな。




