第二十七話 狐は、何も語らずに俺たちを見ていた
今夜の賞金探しの舞台は、平安時代を彷彿とさせる寝殿造りの屋敷だった。外から見る分には奥ゆかしくて風情があるが、中は四方をふすまで仕切られた部屋が幾重にも連なる摩訶不思議な空間だった。
俺がたじろぐ中、藤乃と城ケ崎が行動を起こした。二人が、いつになく積極的なのに圧倒されてしまい、恥ずかしながら、後れを取ってしまう。間宮まで、俺を置いていきそうになる中、気持ちで負ける訳に行かないと、俺も奮起して、スタート。しばらくふすまを開けるだけの作業が続く中で、一枚のふすまに手をかけ、横へとスライドさせた。
「あっ……」
そして、ふすまの向こうの光景を目にして、間の抜けた言葉を呟いてしまったのだ。俺の様子を不審に思って近寄ってきた間宮も、同じ光景を目にして、やはり同じように、「あっ……」と呟いたのだった。
そこにいたのは、十二単を羽織った狐だった。横線みたいな目なので、考えていることはよく分からないが、俺たちと遭遇したのを驚いているらしいということだけは察した。こっちを振り返った姿勢のままで、固まってしまっている。
「き、狐?」
「すごい。二足歩行で、着物を着ているっす。でも、化粧はしていないか。この屋敷に住んでいる人のペットですかね」
「飼っている犬に服を着せている飼い主をたまに見かけるが、アレと同じように、狐に十二単を着せたと?」
「そうっす!」
得意げに頷くんじゃねえよ。そんな馬鹿なことがあるか! だいたい着せようとしても、嫌がって抵抗するに決まっているだろ!
さて、問題はここからだ。この狐が、シロの用意したものであることは、疑いようがない。ということは、昨日の魚軍団のように、こっちに攻撃を仕掛けてくる可能性もあるということだ。攻撃はしてこなくても、邪魔してくる危険性は高い。
とにかく向こうの正体が皆目見当がつかない以上、下手に動く訳にいかない。ここは、向こうの出方を慎重に見極めなければ。間宮も、同じ考えだったらしく、二人で狐の一挙一動も見逃さないと、じっと見つめる。狐も、同じように見つめる。遠くで、城ケ崎たちがふすまを開けまくっている音が聞こえる中、静かな時間が流れる。
しばらく狐と無言で見つめ合うことになったが、ラブロマンスが発生することはないので、ご安心を。
見つめ合いに、先に音を上げたのは狐だった。着飾っていても、所詮鳥獣。飽きやすいということだろうか。俺たちからプイと視線を外すと、また書物を読みだしたのだった。ちなみに読んでいたのは漫画だった。どうせなら、『源氏物語』の巻物とか読んでいてほしかったな。
とりあえず危害を加えてくるようなことはないようなので、俺たちも一安心して、警戒を解いた。
「危険はないみたいだな」
「そうっすね」
安全が確認出来たところで、この狐が何者なのかの検証に移る。もっとも狐側でも、同じことを考えているに違いない。
「短絡的に考えるなら、モンスターか。ただし、こっちには危害を加えてこないタイプ」
「この館の人かもしれないっすよ?」
おいおい。ここはシロが賞金探しのために用意した館だぞ? 住人なんている訳ないだろうに。それから、狐を人としてカウントするのはどうかと思うぞ。
「どうも……」
こっちの言葉が通じるかは定かではないが、とりあえず挨拶代わりの会釈をした。したところで、向こうからすれば、不審者でしかない訳だがね。
狐は、不思議そうにした後で、同じように会釈を返してきた。こっちの言葉や慣習を理解しているのか、それとも、単に俺の動きを真似ただけなのか。どちらなのかはハッキリしないが、気分を害している訳ではないみたいだ。
この狐が何者なのか興味は尽きないが、今は賞金を探す方が先決なので、開けたばかりのふすまをそっと閉めて、お暇させてもらうことにした。
「思わぬところで時間を取ってしまったな」
「彼女も攻略する上で、関わってきたりするんすかね」
「何ともいえないな」
間宮が、さっきの狐を彼女と呼んだのは、十二単を着ていたからか? ずいぶん単純な考えだな。
狐のことは気になるが、今は賞金探しだ。間宮と別れると、また探索を再開した。さっきの狐は、幸い追ってくることはなかった。面倒事に発展しなくて大助かりだが、こうなると、本格的にどうして狐などを用意したのだということになる。シロの性格を考慮すると、単なる思い付きの場合もあるが、嫌な予感も捨てきれないんだよなあ……。
「あっ、でかい箱!」
何回目かで開けたふすまの向こうに、待望のでかい箱を見つけた。早速開けてみたが、やはり空だ。何もない部屋の連続という変化のない探索に、欠伸が出そうになっているので、せめて何か入れておいてほしいな。
探索は順調に進んでいるとは思えない。こうなると、他の参加者の動向が気になってきてしまう。実は、こっちのルートが間違いなのではないか。戻って、他のルートからやり直した方が良いんじゃないかと、いやが上にも考えてしまう。
「あっ……」
また狐だ。そして、またも「あっ……」と呟いてしまった。しかも、今度は、十二単を抑えながら、顔を赤らめている。ひょっとして着替え中だったのだろうか。
「ああ、なるほど。ノックもせずにいきなり開けちゃったから、慌てて服で体を隠している訳だ。俗にいうラッキースケベってやつだな、アッハッハ……」
ひとしきり笑った後で、アホかと叫ぶ。狐は顔を赤らめたままで、きょとんとしている。あと、念のために言わせてもらうと、ラッキースケベと表現はしたが、全く嬉しいとは思っていない。故意ではないが、着替えを覗いてしまったことを丁重に謝りつつ、ふすまを閉じた。
さっきから賞金と関係のなさ気なイベントばかり続いている気がする。今夜は調子の悪い日なのだろうか。後ろ向きになっていけないと思いつつ、つい弱気なことを考えてしまう。そんな俺をあざ笑うかのように、止めの一撃が撃ち込まれた。
メールを着信したのだ。異空間なのに、メールの送受信が出来ることは放っておいて、問題は城ケ崎からということだ。絶対に、賞金探しに関することに決まっている。
正直に言うと、見たくない。だが、見ないままにも出来ない。仕方なく、祈るような気持ちで、携帯電話を操作する。
「はあ……、はあ……。嘘だろ……!」
メールの内容を確認した途端、脱力してしまい、その場に崩れ落ちてしまった。城ケ崎が、賞金を発見した旨が記載されていた。賞金が見つかった以上、これ以上無駄に汗を流す必要はないと送信されたメールなのだろうが、こんなものは受け取りたくなかった。
「そんな……」
恐れていたことが、現実になってしまった。風邪をおしてまで頑張ったというのに、何て結末だろうか……。
これまで賞金を獲得してみせるという気合のみで動き回っていたようなものなので、立ち上がれなくなってしまった。
「あんまりだ……」
その一言が、俺の気持ちの全てだった。もう完全に気持ちが折れてしまっていた。
大の字になって寝転がってしまい、五分ほど身動きを取らずにじっとした後で、やっと立ち上がった。
「えっと……。入り口はどっちだっけ?」
恥ずかしいことに帰り道が分からなくなってしまった。まあ、いいか。今更急いで戻ったところで、賞金が得られる訳でもない。俺は風邪をひいている身なので、悪化させないように体に気を遣いながら、のんびり戻ることにしよう。
余談だが、スタート地点に戻る途中で、狐に会った。彼らの言葉が分かれば、道を聞くことも出来るのだが、結局コミュニケーションを取るのを諦めて、自力で戻ることにした。




