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第二十六話 世界のどこともいえない、月明かりだけが照らす屋敷で

 結局、夜になっても、風邪は治らなかった。ただ完治こそしなかったものの、動き回ることはどうにか可能だった。もちろん、賞金探しに出かけることにする。


 仕事は休むくせに、賞金探しは強行か。俺も、なかなか社会人らしからぬ行為をしているな。


 最初に部屋を出ようとしたら、ルネに血相を変えて止められたので、今日は止めると嘘をついて、彼女と一緒にベッドで横になった。


 ルネが眠りに落ちたことを確認した後に、再度チャレンジ。無事に脱出に成功した。ルネの寝顔……、かわいかったな。キスしてしまいそうになったよ。


今夜の賞金は三十二万円か。俺の月給と良い勝負だ。本来なら、一か月働かないと手に入らない金額が、たった一回のゲームに勝っただけでもらえてしまう。だんだん目の色が変わってくるのが避けられなくなってきたな。


 風邪をひいた体に鞭を打ってまで参加する価値は十分にあった。


 途中の廊下で、昼間に会ったばかりの藤乃と出くわした。俺と同じように、大きなマスクをしている。体調を考慮してか、ちゃんと厚着だ。


「風邪……。治ってねえじゃんかよ」


「あなたもね。とにかく! 風邪のせいで、これ以上賞金を逃すのは嫌なのよ!」


 体調より欲が先行しているところも、俺と同じか。つくづく面倒くさい女だな。


 そこに間宮と城ケ崎もやってきた。間宮は、俺と藤乃を交互に見ながら、クスリと笑いを漏らした。


「風邪ひきが二人もいるっすね。仲が良いことで」


 間宮は単に感想を述べただけで、俺たちを避けるようなことはしなかったが、城ケ崎が露骨に嫌悪感を露わにした。


「あの……。お二人には話しましたよね。僕は女友達の家に居候している身なんですよ。だから、風邪をこじらせて迷惑をかける訳にはいかないんです。移す前に帰っていただけますか?」


「断る!」


「嫌!」


 二人で力強く宣言する。うるさいと思われたのか、近くのドアが、乱暴に蹴られてしまった。これ以上騒いだら、トラブルになりそうだったので、四人で例の部屋へと急いだ。


「やっほ~!」


 部屋の前にはシロがスタンバイしていた。俺よりも大きな声を出しているのに、誰もドアを蹴らない。幼女だから、大目に見てもらっているのだろうか。不公平な話だ……。


「ささ! ドアの前で立ち話も何だから、部屋へどうぞ。これ以上風邪が蔓延したら、申し訳ないからね!」


「お心遣いどうも……」


 俺と藤乃が風邪をひいている原因は、お前なんだがね。聞きようによっては、馬鹿にされているみたいで、どうも面白くないな。


 案内されて入った室内は、昨日までと違って、きれいに整理整頓されていた。誰かが住んでいてもおかしくないくらいだ。ただ、普通の部屋と違ったのは、リビングの真ん中に、大きな魔方陣が描かれていることだった。


「何これ? 悪魔でも呼び出すの?」


「違うよ。これは移動用の魔法陣。これでみなさんを別の場所へとご招待します!」


 悪魔を呼び出す魔方陣の存在を否定しなかったな。存在はするということか。怖いことだな。


「移動用ですか。真ん中に立つと、移動するとか……」


 魔方陣の真ん中に足を置いた城ケ崎が、発言の途中で消えてしまった。たじろぐ俺たちに、シロは続くようにと促してくる。


 RPGではお馴染みの仕掛けだが、実際に体験するとなると勇気がいるな。結局、俺が最後に移動する羽目になってしまった。




 移動した先に広がっていたのは、平安時代を思わせる和風の屋敷だった。夜の空に浮かぶ月との組み合わせが、何とも言えない。無人なのか、住人が寝ているだけなのか、静まり返っている。


「日本史の教科書で見たことがあります。こういうの、寝殿造りって言うんですよね」


「それなら、私、十二単とか着てみたいわ」


「あれ、結構重いらしいから、お勧めはしないぞ」


 雑談に花が咲くが、不気味なことに変わりはない。シロがわざわざ連れてきた屋敷なのだ。何もない訳がない。


「玄関はそこだから、みんな上がって、上がって!」


 シロが先導する後ろをみんなでついていくと、上がってすぐ、前と左右がふすまで仕切られていた。


「あれ? 寝殿造りってこんな感じだっけ?」


「いや。僕も入るのは初めてですから、詳しくはないですが、違います。おそらくシロちゃんが、独自のアレンジを加えているのでしょう」


 みんなの視線を浴びたシロが、得意げに、ピースマークを突き出している。まるで工作の時間に作った粘土細工を、親に褒めてもらった子供みたいな、邪気のない笑顔だ。


「別に本物と違っていても、良くないっすか? 観光で来た訳じゃないんですから」


「そうね」


「賞金が手に入れば、問題なし」


 花より団子という点では、四人の意見は一致しているようだな。いつの間にやら、どいつもこいつも戦闘モードに入っていやがる。


「え~。では、今晩の賞金探しのルール説明に移ります。このどこかに、本日の賞金が隠されています。それを見つけて、真っ先に私のところに持ち帰った人が、本日の賞金獲得者となります。以上!」


「短い説明ねえ……」


「先に持ち帰った者が賞金を獲得出来るということは、先に見つけられても、横取りすればいいってことですかね」


 横取りOKとは、殺伐としたルールだな。むしろ、賞金を見つけてからが、勝負かもしれないな。


「争いって感じで、シンプルでいいじゃないの。私、そういうの好きよ!」


 拳を鳴らしながら、藤乃が不敵に呟く。そして、言うが早いか、閉まっているふすまの一つを、藤乃が勢いよく開けた。何が潜んでいるのか分からないというのに、ずいぶん思い切りのいいことだ。


 何が出てくるのかと、一瞬たじろいでしまったが、ふすまの先に広がっていたのは、同じように四方をふすまで囲まれた座敷だった。


「ふん! 期待させておいて、何もなしとはやってくれるじゃない! こうなったら、何か出てくるまで、開けまくってやるわ」


 何もないことに胸を撫で下ろしてもいいところなのに、逆に闘争心に火をつけてしまった。藤乃って、肝が据わっているんだな。


 藤乃につなげとばかりに、城ケ崎もふすまをどんどん開け放っていく。


「お兄ちゃんも、早くしなよ。賞金を先にとられちゃうよ?」


 シロがにやにや笑いながら急かしてくる。そういえば、昨日のお返しをするとか言っていたな。上等だよ。そういうことなら、受けて立とうじゃないか。二人に遅れたが、俺も探索を開始した。


「ふすまを開いていっても、何もない座敷が続いているだけじゃないか。いきなりモンスターが奇襲を仕掛けてくるとか、勘弁だぞ」


 出発したは良いものの、先行する二人の勢い良さが羨ましくなってしまう。何というか、ふすまを開けたら、例の『黒いやつ』が立っていそうな気がして、不安でならない。いっそ罠でも出てきてくれた方が、よっぽど安心出来るよ。


「あっ!!」


 向こうで藤乃が何かを見つけたらしく、叫び声をあげた。不安の絶頂にあった俺は、思わずビクリと体を震わせてしまった。


 別行動をとっていた四人が、藤乃の元に一旦集合する。そこには、座敷の真ん中に、人が入れそうな大きさの、竹で出来た箱が置かれていた。


「これは……、衣装箱か? 竹で出来ているなんて変わっているな」


「つづらね」


「つづらですね。舌切り雀に出てきたアレですね」


「あ、知っているわ。欲張って大きいつづらを選んじゃうと、えらい目に遭うのよね」


 何か俺だけ馬鹿扱いされたみたいで、気分が悪いな。つづらなんて正式名称で、呼ばなくてもいいだろ。でかい箱で十分じゃないか……。


「お! でかい箱があるっすね。中身は何すか?」


 意気消沈していると、後から来た間宮が、つづらのことをでかい箱と呼んでくれた。


「そうだよな。でかい箱だよな!」


「? ええ、それがどうかしたっすか?」


 嬉しくなってしまい、つい間宮の手を握ってしまった。事情をよく知らないので、不思議そうに見られてしまったが、そんなことはいい。引っ越し初日に、爆乳の彼女がいることを知って以来、密かに毛嫌いしていたのが、一気に解消されたよ。こいつ、良いやつだ。


 俺のやり取りに呆れたのか、その間に藤乃と城ケ崎は、つづらを開ける。中は……、空っぽだった。


「何にも入っていないわね」


「はい。仕掛けがある訳でもないみたいです。外れですね」


 つづらの中身がないと分かった途端、また開けていないふすまを開ける作業に没頭する二人。お前ら……、行動力があり過ぎだ。特に藤乃。本当に風邪をひいているのか? 病人の動きじゃないぞ?


「ははは! 二人ともすげえ!」


 間宮も、だんだん熱が入ってきたようだ。もういてもたってもいられないと、ふすまを開けだした。


 あ~あ、どうしてみんなこうバンバン進めるのかね。もうちょっと慎重に進んでも良いと思うんだがね。


 軽くため息をつきながら、残っていたふすまを何気なく開けた。どうせまた何もない座敷が広がっているんだろうと決めつけて。


 だが、そういう時に限って、変化というものは訪れるのだ。


「あ……」


 ふすまに手をかけたまま、俺は固まってしまった。


「? どうかしたんすか、宇喜多さん」


 まだ距離が開いていなかったこともあり、俺の声を聴きつけた間宮が近寄ってきた。そして、俺と同じ唖然とした声を上げた。


「あ……」


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