第二十四話 答えは身近なところにあるものなんだよ
妙にリアルな夢の世界で、『黒いやつ』に再び襲われることになってしまった。恨みを持たれるようなことはしていない筈なんだかね。向こうは俺に危害を加えたくて仕方がないらしい。
川まで引きずってこられたかと思うと、そのまま水中に押し付けられてしまった。息継ぎのために、顔を出すのも許してくれない。
夢の中なのに、どんどん苦しくなって、このままじゃ死ぬというところで、意識がプツリと途絶えてしまった。
「ご主人様……?」
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。あと、温かい。さっきまでいた水の中とは、正反対の温もりを感じる。
「え……。ルネ……?」
ルネが、俺を心配そうに覗き込んでいた。ここは俺の部屋で、さっきまで俺を掴んでいた『黒いやつ』の姿は見えない。
戻ってきたのか。また唐突だな。
何であんな夢を連続で見るのかと寝返りを打つと、全身が痛む。前回と同じだ。夢の中で痛めたのと、同じ傷を負っている。叩きつけられたところがズキズキと痛んだ。
水中で息が出来なかった苦しみが甦ってきて、つい咳き込んでしまった。ルネが心配そうに顔を近付けてきたので、問題ないと強がる。本当は、体中が痛んで、全然大丈夫じゃないのにね。
「ご主人様! 体のあちこちに、痣が出来ているじゃないですか!」
「う……!」
見つけられてしまったか。ルネには心配をかけたくなかったから、隠しておきたかったんがな。
この痣は寝相が悪かっただけで、心配する必要はないと口にしたところで、喉も痛くなっていることに気付いた。いや、それどころか声も変だ。頭もぼんやりして、鼻水まで……。これは風邪だな。
「全身は痛むし、風邪まで引くし、本当に何なんだよ。昨日寝るまでは、あんなに幸せだったのに……」
一睡しただけで、ここまで状況が悪化するものなのかと、情けない声が漏れてしまう。とりあえず今日は仕事を休まなければいけないな。
「ごめんなさい……!」
「いや、ルネのせいじゃないから、謝らなくていいよ」
自分が一緒に寝たせいで、俺が体調不良になってしまったとでも思っているのだろうか。気遣いは嬉しいが、自分と関係のないことでまで謝るのは、感心しないな。
ティッシュを一枚とって、鼻をかむと、ルネの横から、無神経な笑い声が聞こえてきた。俺を心配するルネと、見事なまでに対照的だ。
「アハハハ! 寝起きと痣と風邪でひどい顔!!」
人が散々な目に遭ったというのに、神経を逆なでするような笑いだな。この声は、シロ……!
「よう……、来ていたのか」
「お兄ちゃん、おはよう!」
ちょうど良かった。シロには問いただしたいことがあったのだ。向こうからやってきて、待機していたのはありがたい。
俺の体調が芳しくないのを気にしたルネが、お粥を作るためにキッチンへと歩いて行ったのを見計らって、シロと話すことにした。
「なあ……、お前に聞きたいことがあるんだが……」
「うん?」
神妙な顔で話し始める俺を、きょとんとした顔で見つめてくるシロ。もし、とぼけているんだとしたら、相当のペテン師だな。
「ふ~ん。やけにボロボロだと思っていたら、そんなことになっていたんだ」
夢の話を聞き終えると、わずかばかり表情を引き締めた。どうやら何も知らない訳ではない様だな。
「単刀直入に聞くぞ。お前が仕組んだことなのか?」
不躾なことを聞いていると自覚はあったが、こいつが犯人に決まっていると思ったので、はっきりと聞かせてもらった。
「う~ん。私は関与していないけど、無関係って訳でもないんだよね」
「何だ、そりゃ。回答になっていないぞ。関係があるのかないのかハッキリしろよ」
要点をぼかされているように聞こえたので、つい語調が荒くなってしまう。シロは、それも楽しんでいるようで、さらに曖昧なことを言ってきた。
「言葉の通りだよ。それに、もっと関係がある人間なら、他にもいるよ」
「何?」
「思い返してみて。妙な夢を見るようになった前後で、お兄ちゃんの周りで変化したことはないかな?」
「変化したこと?」
また回りくどいことを言ってくるものだ。そんなことをしないで、さっさと明確な言葉を聞かせてほしいのに。だが、何かを知っているのは間違いないな。
「……ないな」
頭を捻って考えてみたが、心当たりはなかった。だが、その答えは、シロをひどくガッカリさせてしまったようだ。
「やれやれ。もう答えを言っているようなものなのに、それで分からないなんてね。お兄ちゃんって、結構鈍くさいんだね」
「な、何だと!?」
失礼なことを言われてしまい、思わずムキになって、声を荒げてしまった。
「まあまあ、そんなに怒らずに。私が仕返しをしてやると言ったのは事実だけど、ちゃんと今夜の賞金探しで仕掛けるから」
今夜の賞金探しでやり返してくると、予告してきやがった。それはそれで、嫌な予感がするんだよな。
結局、あやふやに流されただけじゃないか。シロの説明じゃ、全然意味不明だ。もう一度聞き返そうとしていると、ルネがお粥を持って戻ってきた。
「ご主人様、お粥が出来ました」
キッチンに行ってから、そんなに時間が経っていないのに、もう完成とは。相変わらずルネは、仕事が早い。
「おっと! ルネちゃんが戻ってきちゃいましたか。それなら、今の話も、いったん終了だね。二人きりの時に続きを話そう」
「え?」
ルネが来た途端、一方的に話を切りやがった。彼女が同席していたって構わないだろう。続きを促すが、シロは頭を横に振って聞かない。本当に、何なんだよ。
「あの……。お粥が冷めてしまいますので、お早めにお召し上がりください」
「ああ」
本当はお粥どころではないのだが、会話が続かないのなら仕方がない。今は、これを食べて、安静にするか。
ルネの作ったお粥は、梅干しも添えられていて、よだれと食欲を誘発させてくれた。美味しそうだな。それじゃ、早速いただきますか!
「という訳で、いただきます!」
「えっ?」
「お、おい……!」
俺の手に渡る筈だったお粥を、何故かシロが受け取った。そして、遠慮することもなく、口に流し込み始めた。
「なっ、何をしやがる! それは俺のお粥だぞ!」
「へっへ~ん! 早い者勝ちですよ~だ!」
お粥で声を荒げるのはいかがなものかと思ったが、シロにはいろいろとフラストレーションがたまっていたので、つい爆発させてしまった。
「ふ~! 美味しかった~!」
「こ、の……、食いしん坊が!」
ほぼ一気飲みでお粥は、シロの胃袋へと消えていってしまった。唖然とする俺に、ルネが新しいお粥を作ってくると言って、またキッチンに向かってしまった。俺は横取りされたことを根に持って、シロをずっと睨んだ。
「ルネちゃんは、全身全霊でお兄ちゃんに尽くしているね。そして、お兄ちゃんもルネちゃんのことを気に入っている。二人の関係は良好といえるね!」
「お前に言われることじゃない」
朝っぱらから恥ずかしくなるようなことを言うな。ただでさえ、調子が悪いのに、よりいっそうおかしくなるじゃないか。
「こうなると、ますます夢のことは話しにくくなるな」
「は!? あの夢と、どんな関係があるんだよ。完全に別物だろ!」
シロの説明は本当に分からない。自分で勝手に納得しているようなところがイラつく。
「そんなにカリカリしなくても、いずれ分かるよ。ま、分かったところで、手を打とうとは思わないだろうけどね。お兄ちゃん、女性のためなら、火の中にでも喜んで突っ込んでいきそうなタイプだもんね♪」
「勝手に話を締めくくらないでくれる? ちゃんと説明してくれるまで、しつこく聞き続けるよ?」
眉間に浮かぶ青筋が顕著になってきた。本格的に起こりそうになっていると、困った顔でルネが戻ってきた。
「あの……、すいません……。もう、お米が……」
「……残り少なかったからな」
さっきのお粥で、米が尽きてしまったらしい。体調は悪いが、買ってこないとな。
「あらら。ちゃんと買い置きをしておかないと、駄目なんだよ!」
「全部お前のせいだろ。いい加減に出ていけ……」
他人事みたいに言われたので、厳しめにツッコんでやった。
「なくなった物は仕方がない。病院の帰りにでも買ってこようか」
「そんな……! 買い出しには、私が行ってきます。ご主人様は、家でゆっくりと休まれてください」
そうしたいのは山々だがね。薬の買い置きも切らしちゃっているんだよ。シロも行ってくると言っていたが、何を買ってくるかが知れたものではないため、冷たく断ってやった。
ただ俺一人だと荷物を持つのがしんどそうだ。もう一人いた方が心強いか。
「そういえば、ルネはまだ外に出たことがないよな。これを機に、外出してみるか」
試しに言ってみると、喜びで顔をいっぱいにして、嬉しがった。犬なら、しっぽが振り切れんばかりに振っているところだろう。ルネは、外の世界に、興味津々な様子だ。そんなに見て面白いようなものがないのが、何か申し訳ない。
ルネからお礼を言われる横で、シロが面白くなさそうに、頬を膨らませていた。
「ぶ~! 私だけ置いてけぼりにする気だね。いいよ! そっちがその気なら、私だって意地になってついていくんだもん!」
え? そんなに外に行きたいの? お前なら、一人でも出歩けるから、勝手に行けばいいじゃん!
くそ……! シロを本気にさせてしまった。こいつに付いてこられると、トラブルの匂いしかないっていうのに。
しかし、本人はすっかり行くつもりのようで、もはや何を言っても、聞く耳は持たないだろう。
やれやれ。早くも、トラブルを抱えた気分だ。え~と……、保険証はどこにやったっけ。いや、それよりも、会社に欠勤する旨を連絡しないと。




