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第二十三話 お兄ちゃん、最近リア充気味だから、そろそろ痛い目を見ようか

 賞金を無事に勝ち取って、ルネとデートの約束を取り付けて、夢心地で横になったというのに、気が付いたら、また変な空間に迷い込んでしまっていた。しかも、スタート地点が、前回と違う。


 どうせ夢から覚めたら、仕事という冷めた現実が待っているので、陽が昇るまでは、幸せな時間を送らせてほしいというのにね。誰かが、俺にイタズラでも仕掛けてきているのだろうか。


 これがイタズラだとしたら、やった人間に心当たりはあった。シロだ。あいつ、俺が賞金を獲得した時に、めちゃくちゃ悔しそうにしていたからな。腹いせに、俺の安らぎをぶち壊した可能性は大だ。


「とにかくここを出ないと。何者かは知らんが、俺の位置を知っているみたいだ。迷いもせずに、ここに向かっている。モタモタしていたら、部屋に突入されちまう」


 疲労で動きたくない体に鞭打って、ベッドから飛び起きる。立ち上がると、靴を履いていることに気が付いた。おいおい、寝る時は靴を脱いでいた筈だぞ。まるで逃げろと言われているようじゃないか。


「裸足よりはいいがね。これ……、もう外を逃げ回ることが前提になっているよな」


 ここまで準備が良いと、却って不気味に感じてしまうが、前回は隠れようとして、えらい恐怖体験をすることになったからな。見逃してもらったが、もうあんなのはこりごりだ。


窓ガラスに近寄って、地上までの高さを確認すると、かなり高い。落ちたら、原型を留めるのが難しそうだ。


「これ……、下手したら、十階くらいなんじゃないか。おかしいな。俺の住んでいるアパートは五階建てなんだが……」


 部屋の構造は同じなのに、階数は違うのかよ。もし、飛び降りが可能だったら、そのあまま窓枠に手をかけるつもりだったのに。これじゃ、廊下から逃げるしかないじゃないか。いつあの『黒いやつ』と遭遇するかもしれないっていうのに。


 そうしている間にも、だんだん足音が激しくなってきた。こっちにだいぶ接近してきたようだ。


「こんなところでモタモタしている場合じゃないな。早く逃げないと」


 自分に危険が迫っている状態で、自らドアを開けて出ていくというのは、かなりの勇気が必要だったが、立てこもるという選択肢が無意味なことを、前回の経験で身に染みているので、躊躇はしなかった。本音は怖いが、覚悟を決めて、勢いよくドアを開ける。


 思い切りが良かったのが功を奏したのが、廊下に出た時点で、やつと鉢合わせになるということは避けられた。


 後は……、逃げるだけだ。


 いつまで逃げればいいか分からないが、前回もそうだったように、いつの間にかヘアyに戻っていることだろう。




 結果から言うと、逃げ切ることは叶わなかった。外に出ることさえ出来れば、どうにかなると思っていたが、甘かったようだ。


 もう少しでアパートに出られるというところで、警戒心がわずかに緩んでしまった。アパートのエントランスから、出ようとしたところで、追いつかれてしまった。もう脱出できると確信して、外しか見ていなかったのがまずかったらしい。


「は……、あ……!」


 しまった。足を掴まれてしまった……! 見たくはなかったが、反射的に振り返ると、『黒いやつ』が立っていた。思った以上に鵜真っ黒だったね。もう顔の表情も確認出来ないほどに。俺を掴んだことを得意がっているのか、怒っているのかもわからない。そのまま考えていることは不明なまま、俺の体をぐいと持ち上げる。


「お、おい! 止めろ! 何をする気だ!」


 得体のされないやつに、宙ぶらりんにされるのは筆舌に尽くしがたい恐怖だ。これから何をされても、抵抗らしい抵抗が出来ない体勢だから。それはやばいだろ。頼むから、普通に床に下ろしてくれよ!


 願いが通じたのか、『黒いやつ』は、俺を地面に降ろしてくれた。ただし、そっとではなく、思い切り叩きつけたのだ。


「あがっ……!」


 強い衝撃と共に俺は地面へと叩きつけられてしまった。全身に激痛が走る。


 『黒いやつ』は、味を占めたらしく、俺を何度も振り回して、その度に塀や地面に叩きつけた。これがもう、痛いのなんの。


「おい、シロ……。腹いせはもう済んだだろ? 俺はもうボロボロだ。この辺で勘弁しろ……」


 駄目もとで、シロに語りかけてみた。もし、あいつが本当に腹いせでやっているのなら、どこかで、俺が痛めつけられる様子を見ている筈だ。


 だが、何も状況は変化しなかった。この状況を作り出しているのは、あの幼女じゃないのか……?


 じゃあ、何か? 俺は心霊スポットに行った訳でも、幽霊を怒らせるようなことをした訳でもないのに、異世界とは関係ないオカルト的なことにも遭遇しているってことなのか!?


「そ、そんな理不尽な……。俺は、お前らなんかお呼びじゃないっていうのに……」


 思わず恨み言を口にする俺を、『黒いやつ』はもう一度塀に叩きつけた。意識が遠くなりそうになるが、気絶はしない。


「ど、どうしても、俺と絡みたいのなら、金でも用意しやがれ。シロみたいに……」


 賞金も彼女も手に出来ないのに、一方的にこんな目に遭わされるなんて、割に合わない。どうでもう散々な目に遭っているんだ。文句くらいは言わせてもらう。


 俺の言葉が届いたのかどうかは分からないが、『黒いやつ』は、俺を痛めつけるのを止めた。だからといって、解放してくれる訳でもなさそうだ。


 ズルズルと、人をゴミ袋みたいに引きずりながら、道を歩き出した。こんな姿を人に見られたら、大騒ぎになりそうだが、通行人はいない。連れて行きながら、今まで自分のいた建物を見ると、自分の住んでいるアパートを縦に伸ばしたような不自然な形になっていた。


「おい……。俺をどこに連れて行く気だ?」


 返事はない。こいつが声を発したところを一度も見ていないので、特にショックはなかったが、何を企んでいるのか分からないというのは不気味だ。


 前回なら、もうとっくに朝を迎えていた筈なのに、今回は嫌に長いな。ここらで勘弁してもらわないと、マジで体がバラバラになりそうだ。


 痛みで頭がぼんやりしてくる中、ある場所に着いたことに気付いた。


「ここは……、川……?」


 くそ……。夢の中でまで大量の水が出てくるなんて。どこまで水に縁があるんだよ。


 自らの不運に舌打ちしそうになっていると、突然川の中に放り込まれてしまった。水面から顔を出して、呼吸しようとするが、『黒いやつ』が俺を水中に押し戻す。こいつ、俺を溺死させる気か。やつの力は凄まじく、こっちも必死なのに、まるで微動だにしない。


「が、ががが……! 止めろ……! 手を離せ……!」


 もちろん、そんな願いが通る筈もない。『黒いやつ』は、これっぽっちも、力を緩めてくれなかった。


 ああ、苦しい……。これ……、マジで死ぬ……。


 意識が遠のいていく……。死ぬのか、俺は……? 夢の世界で死んだら、一体どうなるんだろうか。現実世界では、心臓麻痺で死ぬことになるのか……?


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