第二十二話 幸せな時間は、唐突に中断されるものなんだよ
いろいろと大変な目に遭ったが、最終的には賞金を獲得することが出来た。一万円札も十六枚となると、結構な厚みを持ってくる。俺の月給よりは、まだ少ないが、臨時収入としては、にやけてしまう金額だ。
最近他人にとられてばかりだったからなあ~。久しぶりの収入を得たみたいで、マジ感激だ。最終目的額の一億円と比べると微々たるものだが、今後に向けて、大きな励みになった。
意気揚々と帰宅すると、ルネが早速出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ……」
「ただ今って……、そこでずっと待っていたのか?」
玄関で正座して出迎えられた。俺はたいした人間じゃないから、そんなお辞儀とかする必要なんてないのにな。
「俺さあ。これからもしばらくの間、夜は今日みたいに出かけるんだよ」
「はい……」
「その間ずっと床に正座して待っていたら、風邪をひくぞ。この時期は冷えるからな。だから、明日からは温かいリビングで待っていてくれ。というか、待ってろ」
最後は命令口調になってしまったが、そうでも言わないと、ルネは聞いてくれないからな。気持ちは嬉しいが、慇懃無礼なところもあるんだよ。
「すいません。あまりこういったのは好きじゃないんですね……」
「いや、そういうのじゃなくてさ。お前の体が心配なんだよ。ルネは俺にとって……」
「ご主人様にとって?」
あ、やべ。つい変なことを口走ってしまった。ここで勢いに任せて、俺の大切な人だとか言ったら、変な目で見られそうだ。最悪、泣かれた日には、俺までショックだし。
「俺の大切なメイドだから。体調に気を付けてほしいんだよ。風邪はひいたら、奉仕に差し支えるからな」
「はい、すいませんでした……」
どうにか無難に切り抜けたな。ルネも、俺の言いたいことを分かってくれたみたいだし、こんなところで良いだろう。
玄関で靴を脱ぐと、鼻歌を歌いながら、リビングで着替えた。ふう……! やっと楽な格好になった。一日が終わったって感じがする。仕事は大嫌いだが、この解放感は最高だ。
「ご主人様、ご機嫌ですね」
「まあな!」
十六万を取った喜びが、ご機嫌が顔にも出てしまっていたようだな。ルネにツッコまれてしまった。だが、気持ち悪いとは思われていないみたいで、一緒に微笑んでくれた。こういう何気ない反応が、また嬉しい。
「料理ですが、冷めてしまっていたので、温め直しました。さあ、お召し上がりください」
あらら……。温め直してくれたのか。食べる気がしなかったから、やんわりと拒否したつもりだったのに、ルネには伝わっていなかったみたいだ。
仕方がない。食わず嫌いを理由に断るのは気が引けるし、観念して食べることにするか。よく考えてみれば、シロも美味しく食べていたし、意外に行けるのかもしれない。何事もチャレンジだ。思い切って、新しい食材に挑んでみるか。
俺が揺れている間に、テーブルには温め直された夕食一式が用意されていた。ルネの手際の良さには、とことん脱帽させられる。
とりあえず異世界の魚を吟味する前に、食べ慣れたご飯と味噌汁から味わう。うん、こっちは美味いな。
ルネが、その調子で魚も食べるように目で促してくる。そんなに急かさなくても、ちゃんと食べるから。さっきまで食べる気がしなかったのは認めるがね。
作ってくれたルネが目の前にいるのだ。おっかなびっくり口に運ぶのは失礼だな。ここは、美味しそうに頬張らなくては!
ルネと見つめ合うように、にっこりと笑顔を作って、初体験の魚をパクリ!
しばらく無言で咀嚼する。こんなに噛んだのは久しぶりというくらいに、顎と舌を動かして、味を堪能する。
う~ん。何とも言えない味だ! まずくもないが、美味いともいえない。かといって、味がしない訳でもない。今まで食べた中に、類似した味の魚がおらず、言葉で表現しづらいんだよな。
「あの……。お口に合わなかったですか……?」
「いや、そんなことはないよ。初めて食べる魚だったから、味わっていただけ!」
些細な変化でも、ルネに気付かれてしまう。ここは一気に駆け込むしかないか。幸いなことに食べられない味ではないのが、救いだ。
「ご馳走様……」
立ち食い蕎麦でも食べている時のように、急いでかきこんでしまったが、そこそこは楽しい夕食だったかな。今にして思えば、異世界の食べ物を口にしたのは初めてかもしれない。
今回食べたのはたいしたことなかったが、中には俺が美味しいと思うものもあるのだろうか。異世界がどれくらいの広さなのか分からないが、もしあるのなら、食べてみたいな。もちろんルネと一緒に。
ふとルネの服が目に入った。俺自身の名誉のために断っておくが、いやらしい下心がある訳ではない。この後、ベッドインする頃には下心が出てくるだろうが、現時点ではそんなつもりは毛頭ない。
じゃあ、何が気になったかというと、ルネの着ている服だ。確か昨日も同じ服を着ていたよな。まあ、俺が買い取った時、替えの服なんて持っていなかったから、仕方のないことかもしれない。
だが、いつまでも着替えないままで過ごすことは出来ない。一着しかないと、洗濯もままならないからな。
賞金も手に入ったことだし、ここは奮発してルネに新しい服でも買ってやるか。一億円を支払うために、節約しないといけないが、生活必需品を買うのは許される筈だ。ルネにしたって、ずっとこんな狭い部屋に缶詰めじゃ、息が詰まるだろうからな。
試しに提案してみると、ルネは顔をぱっと明るくして、飛び跳ねて喜んだ。やっぱり窮屈だったんだな。それとも、服を買ってもらえるのが嬉しいのかね。
申し訳ない思いでいると、ルネが感極まって抱きついてきた。バランスを崩して転倒しそうになるがこらえる。彼女の体温が伝わってきて、心も体も温かくなった。
まだこっちの世界を歩いたことはないだろうから、夕方に迎えに来て、どこに何があるのかを説明しながら、服を買おう。そして、帰りに美味しいものでも食べて帰宅。それから賞金探しと洒落込むか。
仕事は、用事が出来たと言って、定時で上がってしまおう。周りから白い目で見られるかもしれないが、可愛いルネのためだ。一日くらい定時で帰っても問題ないだろう。
食事も済んで、風呂も入ると、昨日と同じように、ルネと同じベッドで寝た。
そういえばルネって、パジャマもないんだな。明日買うものがどんどん増えていくな。忘れないように、メモしておいた方が良いかね。
「ご主人様、お休みなさいませ……」
「あ、ああ……!」
心なしか、ルネのハグが、昨日より積極的な気がする。というか、右腕に手を回してきてくれた。自然とルネの柔らかい感触が伝わってくるではないか。服を買ってやると言ったことで、ルネとの距離が縮まったとか? 今までは、ご主人様だから恭しく接していたが、それとは別の感情も芽生えつつあるとか? ルネが今、どんな顔をして俺に抱きついてきているのかが気になるが、やっぱりまだ至近距離で見つめ合うのは恥ずかしいな。俺に、こんなピュアな部分が残っていたなんて!
困ったな。これから寝るところなのに、神経が過敏になってきちゃうじゃないか。ちゃんと眠りにつくことが出来るかな?
鼻の下を伸ばしつつ、夢見心地で夢の世界に旅立とうとする冗談みたいな展開だ。だが、毎晩続いて問題なし。これは快眠間違いなしだ。
だが、そんな幸せな時間は、またも急に打ち切られることになってしまった。気が付くと、また見知らぬ場所にいたのだ。相変わらず廃墟みたいで、今にも崩れそうな内装をしているな。
前回と違って、ちゃんとベッドに寝ていたのだが、埃まみれだったせいで、寝返りを打っただけで咳き込んでしまう。息を整えて、周りを見ると、見覚えのない部屋だった。昨日の法則からすると、俺のアパートとそっくりの別の空間ということだから、部屋を出て移動すれば、俺の部屋と瓜二つの部屋に行くことが出来る。前回はそこで目が覚めたんだっけな。
確かその前に、変なやつに襲われて、散々な目に遭ったんだっけな。あいつも、この建物のどこかにいるんだろうか。そう思うと、憂鬱になってしまい、ため息が漏れてしまう。
というか、この夢って、続くの!?
さっきまでの甘いムードが見事にぶち壊しになり、悪い意味で心臓がドキドキすることになってしまった。
そんな俺の恐怖に拍車をかけるように、例の黒いやつが、俺の寝ている部屋に近寄ってくる足音が聞こえてきた。悪い予感が的中してしまったのだ。もうため息をついている場合じゃない。やつが来る前に、どこかに逃げなければ。




