第二十一話 十六万円には、もう一捻りが必要なんだよ
スイッチを押したことで、またプールから水が抜けていく。これでまたプール内部の魚たちを捕まえることが出来るようになった。
またシロが水かさを増やす前に、一匹でも多く取ろうと、プールの底に向かって飛び降りた。
俺が取る魚はもう決めていたので、そいつの元に走り寄った。水中なら俊敏に逃げ回るそいつも、地上では跳ねるのがやっと。捕獲するのは、全然ではなかった。
「へへへ……、一丁上がり」
捕獲したら、早速天秤に、こいつの値打ちを鑑定してもらおうか。シロの反応から察するに、十六万円で決まったようなものだがね。
「宇喜多さん!」
遅れて城ケ崎も駆けつけてきた。俺と目が合うと、にっこりとほほ笑んだ。俺が賞金を独り占めするつもりなことに、まだ気付いていないのだろうか。
「魚……、お持ちしましょうか?」
ああ、この魚。意外に重いから、持ってくれると助かるよ。って、馬鹿! 渡す訳がないだろ。
「ここで渡したが最後。そのまま天秤に載せて、当たりだったら、出現した十六万円を、そのまま懐にしまう気だろ」
「ちえ!」
俺が指摘すると、城ケ崎は舌を出して、意地の悪そうな笑みを漏らした。ついでに差し出していた手も引っ込めた。
わざとらしい舌打ちをしやがって……。油断も隙もないやつ……。こうなったら、意地でも渡してやらん。
「さっきまで協力し合っていたのに、賞金は独り占めですか~? ここはみんなで山分けするか、焼き肉を食べに行くのがセオリーだと思いますよ」
城ケ崎の言っていることは正しいと思うが、これは勝負だ。厳しいことを言うようだが、最後に笑うのは一人だけなのだ。
俺の意思が、城ケ崎にも伝わったのか、やつも臨戦態勢に入る。
「そうですか。なら、僕も、力づくで宇喜多さんから魚を奪わせてもらいましょうかね……」
「何が山分けだよ。今のお前、すごく楽しそうにしていることに自分で気付かないのか?案外、奪い合うのが好きだったりしてな」
「……そうかもしれませんね。それは、宇喜多さんにも言えることですが」
間宮が、他の魚を捕獲している横で、俺と城ケ崎の熱戦が幕を開けた。
俺の手から、魚を奪おうとする城ケ崎の追及を必死に避けて、天秤に元へと猛ダッシュ。
頑張りが功を奏して、奪われることなく、魚を天秤に載せることに成功した。
「よお~し。出て来い、十六万円!!」
感極まって、思わず叫んでしまった。横では、城ケ崎が本気で悔しがっているし、夜中だということも忘れて、熱くなっているな。
だが、天秤に出現した金は、俺の予想を大きく裏切るものだった。というのも、百万円の束が五個現れたからだ。いくらなんでも、十六万円にしては、多過ぎる。
「ご、五百万……! これも外れなのか? 四百八十四万円を返すから、当たり判定にはならないのか?」
シロに訴えるが、無情にも判定は、外れとなってしまった。その結果に、俺は肩を落とし、城ケ崎はガッツポーズをして喜んだ。
賞金にカウントされないのが、マジで悔やまれる。悔しくて夢に出てきそうなくらいだ。
「……残念だったね」
シロが、俺の肩にポンと手を置いて、慰めてくれた。うう……、性格の悪い幼女だと思っていたが、お前にも優しい心はあったんだな。ありがとう……。
「これが外れなら、どうして俺たちがこいつを捕まえようとした時に動揺したんだよ……」
「それはね……」
「僕たちを欺くためのカモフラージュだったんですよ! 当たりが他にいる以上、いつまでも落ち込んでいるのは得策とはいえませんね!」
シロの回答を遮って、城ケ崎が答えた。俺の失敗をあざ笑っているようにも見えるのが、腹立たしい。城ケ崎は、そのまま別の魚の捕獲に向かっていってしまった。
「という訳だから、お兄ちゃんも気持ちを切り替えて頑張ってね!」
気になったことがある。シロの表情が、妙に明るいのだ。まるで俺が重大なミスをしたことに安堵しているようだ。俺には分かるぞ。お前が何かを隠していることは。……あ、ひょっとして。
「なあ、つかぬ事を聞くんだが、一度金に変わった魚を、また元に戻すことは可能なのか?」
「え? そんなことをしてどうするの?」
魚に戻したところで所詮は外れ。一見すると、意味がないように思えるが、俺にとっては、非常に重要なのだ。
「出来なくは……、ないよ。でも、そんなことをしている暇があるのなら、他の魚を……」
「出来るなら、この五百万円を魚に戻してくれ!」
俺の申し出を聞いて、シロがまた冷や汗をかきだした。本当に、こいつは隠すのが下手くそだな。おかげで、助かった訳だがね。
渋るシロを説き伏せて、五百枚の諭吉を、グロテスクな魚に戻す。何をしているんだと、後からきた城ケ崎と間宮も、首を捻っている。
「まあ、見てろって!」
俺はナイフを取り出すと、その魚に何か所か切れ込みを入れた。そして、再度天秤に載せて鑑定を実施する。出現したのは、五十万円。価値が下落しているが、まだ十六万円には届かない。
「シロ。また頼むよ」
「う、うう……!」
「宇喜多さん。まさか……」
「ああ、そうだよ。このまま魚を傷めていって、十六万円まで価値を落としてやろうとしているのさ」
十円や百円の魚を、十六万円まで価値を上げることは絶望的だが、その逆は理論上可能だ。うっかり痛めつけて、十六万円未満にしてしまうのが怖いが、成功すれば、一気に勝利だ。
シロも観念したのか、もう抵抗することもなく、俺の要求に従って、金を魚に戻す作業を行ってくれた。
こうして再び元に戻った哀れな名も知らない魚もどきを見て、勘が働いた。そういえば、こいつって、顔がかなり膨らんでいるよな。触ってみると、中に空気が詰まっているみたいで、風船みたいな構造になっていたのだ。
「……ごめんな」
ひどいことをしているのは分かるが、賞金のためだ。許してくれ。魚もどきに誤ってから、頭を割ってみると、風船のようにしぼんでしまった。
「ああ……」
同時に、シロからもため息が漏れた。これが最後の仕上げだったようで、天秤に載せると、目当ての十六万円が出現した。
「こ、こんなやり方が通るんですか? 他にいるんですよね、十六万円の辺りの魚が!」
城ケ崎が抗議するが、シロは悔しそうに俯いているだけ。これが正解ってことだ。
「はっはっは! 今度こそ十六万円をゲットだ。爪が甘いよ、シロ~!」
いつも良いようにあしらわれているシロに、騙し合いで勝利しての賞金獲得なので、喜びも倍増だ。隠したと思っていた俺に出し抜かれたことにより、シロは悔しさを抑えきれずに、とうとう叫んでしまった。
「ちょっと推理が当たったからって、調子に乗っちゃ駄目だよ、お兄ちゃん。明日はもっと難しいのを用意してやるんだから。特にお兄ちゃんを、狙い撃ちにするからね!!」
「はあ!?」
おいおい! 特定のプレイヤーを故意に狙い撃ちにするなんて、反則じゃないか。お前は主催者なんだから、もっと公平に企画しろよ!
シロは、反論の代わりにあっかんべーをすると、一目散に走り去ってしまった。
「嫌われちゃったっすね」
「賞金を獲得したから、へそを曲げるなんて、どういう主催者だよ。くそ~……。こうなったら、明日も賞金を獲得してやるんだからな」
そして、明日は涙目にさせてやるんだから、覚悟しておけ……。
「明日どころか、この先ずっと賞金を譲る気なんてないくせに……」
吐き捨てるように城ケ崎が呟く。シロほどではないが、こいつも負けたことが悔しいらしい。
最初に比べて、賞金を盗られた時のリアクションが変わってきているな。だんだん競争も激しいものになってきている。額が増えているのだから、仕方がない。次は三十二万円か。シロの妨害がなくても、さらなる激戦になるのは、必至だな。




