第十九話 困った時は、私に甘えてもいいんだよ
賞金探しの途中で、ピラニアに似た魚に目をつけられてしまった。それも、一匹ではなく、多数!
こいつらの目を見れば、俺に敵意を持っているのは明らか。それらが一気に、水中から飛び出してきた。狙いは、俺の体で間違いないだろう。
「宇喜多さん。屈んで!!」
背後から間宮が叫んで駆け寄ってきていた。手には、リビングにあったテーブルを掴んでいる。こいつが何をしようとしているのか、瞬間的に分かってしまったので、慌てて身を低くした。
「おらあっああ!!」
俺のすぐ頭上を、テーブルがかすっていく。間宮が、渾身の力で、テーブルを振り下ろしたのだ。
魚たちの獰猛な牙も、分厚い木の板には効果がなく、勢いよく地面に叩きつけられて、そのまま昏倒した。また襲ってきたら、どうしようかとおっかなびっくり凝視していたが、起き上がってくる魚はいなかった。間宮の一撃で、都合よく全滅してくれたらしい。
危険は去った訳だが、心臓の動悸がなかなか落ち着いてくれない。尻もちをついた姿勢で、荒い呼吸を整えるのに必死だった。
「怪我は……、ないっすか?」
「ああ……。お前のおかげでな……」
今のは危なかった。体が硬直して身動きが取れなかったから、間宮が助けてくれなかったら、全身に噛みつかれていたぜ。
やり方がピラニアを連想させるな。一回だけならたいしたことはないが、群がってこられたら怖い。いや、水中から飛び出してくる分、ピラニアより怖いか。
冷や汗をダラダラと流していると、何とも能天気な声がかけられた。
「危ないところだったね。間一髪ってやつかな!? モグモグ……」
モグモグ?
不思議に思って確認すると、シロめ……。魚を美味しそうに咀嚼してやがった。
しかも、生で。
「火を通さなくても平気なんですか?」
城ケ崎も呆れたように呟いている。シロは大丈夫と満面の笑みで宣言していたが、魔王の使いだから大丈夫なところも、少なからずあるように思えた。どちらにせよ、生で食うのは控えさせてもらおう。……いやいや、俺が言いたいのは、そんなことじゃないんだ。
人が大変な目に遭っている時に、美味しそうに舌鼓なんて打ちやがって……。シロにとっては、俺の危機など他人事なんだろうが、それにしたって、少しは心配しろよ……。
仕掛け人のふてぶてしい態度が、怒りを増幅させる。
「おい……、このお友達、俺のことを噛んできたぞ……」
賞金探しに勧誘してきた時、危険はないみたいなことを言っていなかったか? シロが謝ってくるとは思えなかったが、どうしても文句が言いたかったのだ。
「そりゃあ、あんだけ水面でバシャバシャやっていたら、お魚さんだって、驚いて出てくるって。今のはお兄ちゃんが悪いよ!」
こいつ……! どう言い訳をしてくるかと思えば、開き直りやがった。こっちは危うく大怪我を負うところだったっていうのに……。
「お前な……」
思わず荒い口調で言い返しそうになったところを、間宮が間に入って宥めてきた。
「宇喜多さんの言いたいことは分かるっすけど、ここは我慢した方がいいっす。それに、モンスターが参入してきた時点で、こうなることは薄々分かっていたんじゃないんですか?」
「む……」
そりゃあ、危険があるのは予想が出来ていたさ。昼に、城ケ崎と、武器を買い求めに行ったくらいだしな。
仲裁に、城ケ崎も加わってくる。
「そうです。下手に言い争いをして、シロちゃんの機嫌を怒らせる方が怖いですよ」
「賞金探しを止めさせられるからか?」
「いえ。腹いせに、さらに凶悪なモンスターを出現させられたりするでしょうね。そして、今以上にひどい目に遭わされることでしょう」
「なるほど……」
城ケ崎の言う通りかもしれないな。シロは、思考が幼いので、根に持って、必ず憂さ晴らしをしようとしてくるだろう。持っている力が強い分、仕返しがエスカレートするのが怖い。腹に据えかねているものはあるが、ここは大人しく引き下がった方が賢明か。
「こういう面白くない気分は、賞金をとって晴らせばいいんですよ。気を取り直して、鑑定タイムといこうじゃありませんか」
さっき撃墜したピラニアそっくりの魚を、一匹だけつまんで、天秤に乗せようとしていた。こんな食べるところもなく、おまけに可愛げもない魚が、十六万円とは到底思えないが、物は試しといいたいんだろう。
チャリーン……。
金属音と共に、十円玉が出現した。こいつの価値は十円ってことね。俺からしてみれば、一円でも高いと思うのだが、こんなものか。
このピラニアみたいなやつは、危険なだけで、煮ても焼いても食えないやつってことね。マジで、障害にしかならない存在か……。そんなものがうようよと水中にいると思うと、気が滅入るな。
「でも、食べると、スナック菓子みたいで、結構いけるよ。カルシウム摂取には良いかもね!」
落胆する俺の横で、シロがピラニア風の魚をバリボリと食べていた。骨を噛み砕く音が頻繁にすることから、やはり肉より骨の方が多いんだな、こいつ。
「どうする? こんなのがいると知った以上、水中に入ることは出来ないぞ」
「ええ。今にして思えば、鎧も買い込んでおくんでしたよ」
「いや、駄目だろ。隙間から入られたら、サンドバックじゃ済まないぞ」
だいたい攻撃を防げたところで、鎧の重さがネックになって、一度潜ったら、浮上出来ないだろ。
「じゃあ、地上で、さっきの宇喜多さんみたいに滅茶苦茶やって、中にいる獰猛なやつを全部誘い出してここで叩きのめす。その後で、改めて水中探索っていうのはどうっすか?」
「止めとくよ。それで全部叩きのめせるか分かんないし、本当に大挙して押し寄せてこられたら、絶対に押し負けるから」
「……お手上げですかね」
三人仲良く沈黙してしまう。認めたくはないが、そういうことになってしまう。シロだけが能天気に頑張れと励ます声が、虚しく室内に木霊した。
そんな状況を打破するように、城ケ崎がぼそりと呟いた。
「これ……、観ていて面白いんですかね」
「え?」
「はい?」
「む!」
城ケ崎が呟いた一言に、みんなが反応する。城ケ崎は、しめたという顔で続ける。
「だって、そうでしょ? 普通は、僕たちみたいなか弱い存在でも、ゲームをクリア出来るように、救済措置を設けるものですよ。ゲームを盛り上げるために。このままいったら、ここでだんまりした後、流れ解散で終了じゃないですか。まあ、それでもいいんですけど、面白みがないっていうか……。魔王様は退屈で寝ちゃうんじゃないかな~?」
「!!」
シロの表情がにわかに険しくなっていく。この賞金探しの目的は、魔王の退屈をしのぐことだ。だから、このままの展開は、非常によろしくないのだ。
「た、確かに。このままだと魔王様がご立腹だよ!」
あんなに涼しい顔をしていたのが嘘のように、滝のような汗を流している。魔王を怒らせるのが、よほど怖いらしい。案外、魔王に説教されている自分を想像して、冷や汗を流しているのかもしれない。
「し、仕方がないな。私も鬼じゃないから、お兄ちゃんたちが賞金を見つけられるように、特別に手助けをしてあげるよ。ね、念のために言っておくけど、魔王様のためにやることなんだから。決して、お兄ちゃんたちのためにやるんじゃないんだからね!」
いやいや、そんなツンデレ風に言われても……。心配しなくても、俺たちのために行動してくれないことは知っているから。
ツンデレって、あまり心臓がときめかないものなんだなと思っていると、シロが目を閉じて、何かを念じだした。それに合わせて、どこかの部屋で、ガタゴトと音がする。急ごしらえで、何かの用意をしているようだ。
質問しても無視される雰囲気だったし、成り行きに任せて、黙っていることにした。やがて音が静まる頃に、シロも目を開けた。
「ふ、ふふふ……! 増やしてあげたよ」
「増やしたって何を? 部屋の数か?」
「違うよ。お兄ちゃんたちが現状を打破出来るスイッチだよ。それを押せば、賞金探しがグッと楽になるよ。救済措置ってことだね!」
「……便利だな」
城ケ崎が横でガッツポーズしていた。自分の意のままに、シロを誘導してやったのが気持ちいいらしいね。
今、判明したことだが、シロって……。ひょっとしたら、ちょろいのかもしれない。




