第百九十八話 己が程度を知る
電子レンジが壊れました。動かそうとすると変な臭いが漂ってくるんです。叩いても、優しく撫でても、元に戻ることはありませんでした。結局粗大ごみで捨てたんですが、イカリングをお供に食べる「さ〇うのごは〇」が早速恋しいです。新しいのを買わなきゃ。
「うっ!」
にわか雨のような勢いで降りかかる攻撃を避けきれずに、ついに一太刀を浴びてしまった。すぐにシロが火球で追っ払ってくれたが、礼もそこそこに斬られた箇所へすぐに目がいく。
傷は……、ひどくない。ひとまずホッとする。ただ出血がひどい。それはそれでよろしくないんだがね。今でこそ勢いよく流れているが、すぐに治まる。治まってくれる筈だ。だから大丈夫だと自分を鼓舞する。
刹那の一瞬を思い出す。目前に刃が迫っているのを確認した時、正直殺されたかと思った。だが、まだ生きているし、無理さえしなければ走り回ることも出来る。まだ終わっていない。
やや恨みがましい気分でゼルガを睨むと、絶好の機会を逃したというのにたいして悔しそうにしていない。相変わらず腹立たしくなるニンマリスマイルを崩していない。直観的に悟った。こいつめ。少しでも自分が愉しい時間を長引かせるために、敢えて急所を外して刀剣を振るっているな。ハッキリした。どうりで俺みたいな戦闘の素人がどうにか避けていられる訳だ。
「心配いらないよ。まだ殺さないから」
「心配はしていない。憂鬱なだけだ……」
ハッキリしたばかりのことをわざわざ伝えてきた。本当に心配してほしくないのなら、そんな物騒な忠告はいらない。癪に障る演出だけには手を抜かないのな。
「シロ……、俺はこの期に及んでもあいつらを生き埋めにして、逃げることばかり考えているよ。この状況は心臓に悪い」
「ん~~、でも、それは厳しいよ! 一度失敗しているからね! いくら鶏頭のゼルガでも、警戒しているに決まっているから!」
そりゃそうだろうな。駄目元で呟いてみただけだから期待はしていなかったが、やはりそうなってしまうか。
ゼルガのお供の熊。あいつの巨体を上手いタイミングで壁に叩きつければ、どうにかなると思うんだがねえ……。あいつ、頭はあまり良くないだろうから、誘導出来ると思うんだがなあ……。俺も結構未練がましい。
「!?」
何気なく熊を見ていたら、こちらの視線に気付いたのか、首をスムーズにスライドして目を合ってしまった。俺なりにそっと見たつもりだったんだが、目ざとい。でかい図体に似合わず、意外に神経質なのかね。俺が因縁をつけたとでも受け取ったのか、それとも密かに馬鹿にしたのがばれたのか、とにかく視線が合ってから、こっちに向かって猛烈に突進を始めるまでが速かった。
危なかった。本当に紙一重の差だった。避けるのにわずかでも躊躇していたら、今頃俺はぺちゃんこになって、体から内臓とかが飛び出ていたかもしれない。
気のせいかもしれないが、体当たりを食らわせる際に、というか体当たりが不発になった際に、舌打ちをされた気がした。俺には獣の気持ちなど分からず、表情を見ても何を考えているかは読めないが、とりあえず舌打ちを返しておいた。やはり気のせいかもしれないが、熊がムッとしたような気がした。……みんな気のせいかもしれない。
「宇喜多さん……」
一人で勝手に納得している俺にか細い声が聞こえてきた。見ると、城ケ崎が目で救いを求めてきている。熊から突進された際に、左足を傷めてしまったらしい。足が妙な曲がり方をしているのが服の上からでも分かった。攻撃されたのは俺だというのに、巻き添えを食らってしまったのか。何と運が悪い……。
「一人、戦闘不能になったねえ♪」
心底愉しそうにゼルガがほくそ笑んでいる。ひとしきり笑った後で、俺は時間をかけて動けなくしていくから心配するなと付け加えてきた。やつなりの心のこもった嫌がらせとして受け取らせてもらおう。
亜美を担ぎながら行動しているので、ただでさえ体力に余裕がないのに、これで城ケ崎も追加で担ぐことになった訳だ。仕方がないことだし、弱音も吐けない。攻撃はシロに任せきりだから、仲間を庇うことくらいは俺がしなければならないのだ。
これで俺まで動けなくなるようなことにでもなったら、それこそ詰みか……。などと縁起でもない想像が頭をよぎってしまう。
「絶対に倒れちゃ駄目だよ、お兄ちゃん! 死んでも駄目だからね!!」
「いや、死んだら困るから」
シロからも釘を刺されてしまった。様々な方面から心配されているね、俺も。頑張ってみると苦笑いしてみるが、自分で死亡フラグを立てている気もしていたりする。ともあれ死ぬのは全力で嫌なので、持てる限りの力と無い知恵を振り絞って、必死に逃げ回る。
ただ戦闘が続いていく中で明らかに小柄なシロではなく、俺の方が狙われている……!
無尽蔵に動き回る戦闘の天才であるシロよりも、女子二人担いでいる上にドジでノロマな俺を狙うのがセオリーってことか? それはなかなか……、賢い選択だ。俺とシロの実力差を考慮すれば、悔しいがそういう結論になってしまうか。心配するくらいなら、ちょっと手加減してほしい。
優先的に攻撃されるせいで俺の体力は効率よく削られていっていた。シロなら、こうはいくまい。
はあ……、しんどい……。
命がかかっている訳だから、疲れたと言って足を止めるようなことは出来ない。それまで通り必死に女性二人を抱えて逃げ回るだけだ。だが、疲労は確実に動きの俊敏さから精彩を奪っていく。動きが鈍くなっていくと、徐々に弱気になってくる。弱気になると、徐々に諦めが生じてくる。悪循環だ。そして、その先に待っているのはゲームオーバー。すなわち死だ。
思考を絶望がじわじわと侵食していく。思わずため息が漏れる。抗えない。ゼルガはそれを見逃さない。
「そら♪」
余計にニッコリすると、ギブアップなんぞさせんとばかりに、俺に向かって何かを放り投げてきた。
爆弾かと思って地面に叩きつけそうになってしまったが、見覚えのある眩く輝いるこの球体はルネの魂!
「そいつを取り返すために頑張っているんだろ? それなら諦めちゃ駄目だよ。ガ、ン、バ♪」
励ましているつもりなのか? ルネの魂まで持ち出して、俺にやる気を出させるつもりかよ。そんなことをするんだったら、ついでに見逃せというのだ、アホの殺人狂! ……だが、成り行きとはいえ、ルネの魂が戻ってきたのは嬉しい。
「お兄ちゃん!!」
「はっ!」
単純な俺に制裁を加えようとでもいうのだろうか、もう何度目になるか分からない突進を熊が仕掛けてきていた。
また避けようとしたが……、近い。ルネのことを考えていたせいだ。集中の低下が、そのまま危機を招いた形だ。
これは今から動いても間に合わない。攻撃が直撃する……!
咄嗟に判断すると、担いでいた亜美と城ケ崎を放り投げた。直に熊の攻撃をもろに食らった。一応無駄な足掻きとして避ける真似事だけはしてみたが、良い音がした。ただ幸いなことに頭蓋骨が割れたり、肉がえぐれたりということはなさそうだ。
「宇喜多さん!!」
「お兄ちゃん!!」
悲鳴のような声が響く。大丈夫だと返してやりたいが、残念ながらそんな余裕は今の一撃で根こそぎ持っていかれてしまっていた。
「ぐ……、あっ……!?」
やべ、世界がぐらついているよ。足元だってふらついている。立っていられない。城ケ崎の声は聞こえるが、フィルターがかかったみたいにハッキリしない。まるでテレビ画面の中から語りかけられているようだ。
ルネの魂が戻ってきて、気が緩んだ一瞬をつかれてしまった。なんとも単純なミスに情けなさ過ぎて笑えてくる。間もなく意識がなくなることも分かっていた。伊達にここ数か月の間に何度も失神KOされていない。
「お兄ちゃんをよくも!!」
怒れるシロの放った火球が熊にヒットする。燃えやすい体だったからか、瞬く間に火が燃え広がり、雄たけびと共に火だるまになった。もう助かるまい。これで向こうはゼルガだけか……。
だが、俺の意識も限界を迎えていた。視界がぼやけて、ブラックアウトが手招きしている。
俺まで倒れたらまずいって、散々言われたばかりじゃねえか……。
我ながらフラグ回収が速すぎるぜ……。
こっちの意識がなくなるのを待っていたかのように、手元でルネの魂が光り出していたが、気絶した俺に確認することなど出来る訳もない。
DVDレコーダーも壊れました。「ジョジョの〇妙な冒〇」の予約録画に三連続で失敗した後で動かなくなりました。粗大ゴミに出そうと電話したら、同じ女性が出たので、もしかしたら「またこいつか」と思われているかも。




