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第百九十五話 異世界式デリバリー

「お、戻ってきたね♪」


 俺にお試しとして預けていたルネの魂が、開いている窓からふわふわと入り込み、ゼルガの右手にぴったりと収まった。


「ねえねえ。どんな愉しいことをしてきたのさ? 是非とも教えてほしいところだけど、今の君には口がないからね。あ~あ、君が不快そうに顔をしかめているのを存分にからかってやりたかったのに……。残念だよ」


 無粋な上に腹の立つことをぬけぬけと吐いている。どんなに爽やかな朝も、こいつと過ごしたら、たちまちの内に台無しになってしまう。


「彼がもう一度君を取り戻したいと思ったら、俺の提案したゲームに勝つしかない。でも、心配ない。彼のことだ。きっと君のために、勇敢に勝負を挑んでくるよ」


 ルネの魂に向かって、うんうんと独りで納得している。それに飽きたのか、魂をポケットに放り込んだ。足元では亜美が幸せそうな顔で寝息を立てている。ここは彼女が独り暮らししているマンションの一室。どうしてそんなところにこいつがいるのかというと、先手必勝で彼女を殺そうと堂々と侵入していたのだ。無論、無法行為だが、こいつにこっちの世界での法律など意味を成さないし、意味を成したところで殺人狂のこいつが聞き入れる筈もない。


 ちなみに完全防備を謳っていたマンションのセキュリティーの数々は、ゼルガの刀剣の華麗なる捌きによって、無数の鉄くずとして無残に床を覆っていた。もしかしたら警備会社のスタッフが以上を察知して向かっているかもしれないが、頼りにはならないだろう。


「さてと! 賞品も戻ってきたことだし、俺もゲームを始めるとしますかね。彼がまだ迷っている最中なら、たいへんお気の毒なことなんだけど、もうこちらはチェックメイト寸前だったりするんだよね」


 期待を込めて耳を澄ますが、階下から駆けあがってくる音は聞こえてこない。ゼルガの見立てでは、今頃は亜美の救出に駆け付けた俺たちとのバトルが開始されている算段だったのだ。しかし、ゼルガの耳に聞こえてくるのは、朝の静寂と小鳥のさえずる音のみ。


「ふむ……」


 ゼルガにとって好ましくない平和な空気にいささか拍子抜けしたが、とりあえず殺しておこうと気を取り直して、愛刀を高く掲げた。


 早く助けに来ないと俺の勝ちが決まってしまうぞと思いながらも、勢いよく刀剣を振り下ろす。きれいな軌道を描きながら、何者にも邪魔をされることなく、亜美の首を両断してしまった。


「……」


 言うまでもないことだが、首と胴体が離れれば、普通の人間なら即死だ。亜美が死んでしまうと、その時点でゼルガの勝ちが決まってしまい、俺はルネの魂を取り戻すことが出来なくなってしまう。それを避けるために死に物狂いで向かってくるはずだと踏んでいたゼルガは困惑していた。


「まさか……、本当に来ないのか……!?」


 絶対に来ると確信していただけに、この肩透かしな展開は、ゼルガの度肝を抜いた。ぼんやりと転がった首を見つめる。当たり前のことだが、ぴくりとも動かない。


「……うん?」


 退屈しのぎに、せめて首を一回蹴っておこうかと考えていた矢先、切断面から血が思ったより出ていないことに気が付いたのだった。


「これは……」

 

「リアルドールじゃないか」


 聞き慣れない単語を口にすると、転がっている首をゴキリと踏みつぶした。赤黒いグチャグチャの中に目玉や歯が混じってグロさが増している。血がドロリと垂れ出してきているが、やはり少なめな気がしないでもない。


 目の前のこれが、死体ではないことをゼルガは確信していた。先ほどまでの困惑していた顔はどこへやら、すっかりといつもの腹立たしさを喚起させる厭味ったらしいにやけた表情を取り戻していた。


「そういうことか……。やっぱり君は俺を退屈にさせてくれないんだね」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「リアルドール?」


 聞いたことのない単語に、俺は顔をしかめた。


 ここは人里離れた山奥の私有地の敷地内にある、とある金持ち所有の非公式の施設だ。今回のゲームのために、お願いして急きょ貸してもらっているのだ。地下がやたら深く造られている建物で、地下五十階くらいまであった。爆弾の実験でも出来そうな施設だが、こともあろうに階段で一段一段降りていた。


「そっ! 無性に他人を殴りたい人や、独りの夜が寂しい人用に開発された、異世界特製のハイパーなお人形さんだよ!」


「昨夜、一度見せてもらったんですが、本当に精巧な作りでした。偽物と気付くのは至難の業です」


 大人のおもちゃで似たようなものがあった気がする。友人や家族に見られたら恥ずかしいどころじゃ済まないものだったと思うが、そっちの話は特にする必要もないので黙っておくか。


 また、城ケ崎がリアルドールに興味を示した俺を蔑んだ目で睨んで来たらどうしようかと内心で構えていたのだが、予想に反して、彼女の視線が俺に向くことはなかった。もてない男としての反応がないことに密かに安堵した。


 俺は感心したというよりは、呆れてため息をついた。どこの世界でも、人形を大切にしない大人は多いようだ。その内、祟られても知らないぞ。


 ちなみに本物の亜美は、俺の背中で幸せそうな寝息をたて続けていた。自分が殺されそうになっているというのに呑気なものだとは思わない。途中で騒がれても面倒だから、薬と魔法の力を両方使って、睡眠を継続させているのだ。


「しっかしいつまで続くんだ、この階段は。エレベーターはないのかよ」


 比較的小柄な女性とはいえ、人を背負ったままでバランスを崩さないように、延々と降り続けるのはかなり神経と体力を擦り減らす作業なのだ。実を言うと、さっきから額に結構な脂汗が浮き出ていたりした。


「お兄ちゃん! エレベーターなんかあったら、ゼルガがあっという間に追いついてきちゃうでしょ!!」


 楽をしたいという我が儘を窘められてしまったが、それは徒歩で階段を下りても同じことでは?


「……ゲームが開始したのに、まだ警報が鳴っていないということは、ゼルガの馬鹿は上手いこと、騙されてくれたという解釈で良いのかね」


 言ってから思ったが、この姿勢で警報なんて鳴り響いた日には、びっくりして担いでいる亜美もろとも、階段を転げ落ちていくだろうな。


「作戦を提案した人間としてなんですけど、よくこんな大がかりな設備を一晩で用意出来ましたね」


 もし亜美を連れてくる途中でゼルガと遭遇してしまっていたら、最悪、バトルに突入する危険もあった。それを嫌な顔もせずに、さらっと実行に移して、且つ成功してしまうシロには脱帽する。


「ふっふっふ! もうすぐ到着するよ~? 私が腕によりをかけて、時々休憩を挟みながら完成させた要塞が~~!!」


 欠伸を漏らしているところを見るに、相当頑張って造ったようだな。そこの出来に、ゲームの勝敗がかかっている訳だから、嫌でも期待してしまう。


 俺はやがてやって来るだろう瞬間を想像して、身震いしてしまう。その瞬間とは何かって? 決まっている。ゼルガの馬鹿を迎え撃つ瞬間だ。


 どんなに息を潜めて隠れようとも、俺たちがここに潜伏していることを突き止めて、どうせ来るんだろ? 散々おもてなしして、ルネの魂だけ置いて、お帰り願おうか。


職場の後輩と、最近五分とか二分とか、ショートショートサイズのアニメが増えていることで盛り上がる。そうでなくても同じような内容の作品ばかり増えているというのに、アニメの未来はどうなるんだと、二人で憂いあった。好きなアニメの種類が合わないことの多い後輩との意見の一致が意外にうれしかった。いや、それだけの話なんですけどね。

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