第百九十四話 夜の想い出は当人たちの胸の中
今年のエイプリルフール。みんなをあっと言わせようと頑張ってみた結果、新年度早々、盛大に自爆する事案が発生しましたとさ……。
ゼルガから賞品が本物かどうかお試しさせてやるよと投げ渡されたルネの魂。半信半疑ながらも、もしこれが本物なら彼女は元に戻ると、期待している部分もあった。
意気揚々とゼルガが引き上げていった後で、早速というか、渡された魂が本物かどうか試そうという話になった。急いでルネを寝かせている自室へと息の続く限り走る。そして……。
そして、時間はさらさらっと翌日の朝まで流れる。
結果をまず言わせてもらうと、やつの話は本当だった。このタイミングで、嘘を言う理由もないし、考えてみれば当然かもしれないが、相手が相手だ。騙されているという可能性も捨てきれなかっただけに、ルネの意識が本当に戻った時は上ずった悲鳴が思わず漏れてしまった。
恥ずかしいところを見られたのを、何事もなかったように取り繕いつつ、ルネをジッと見つめる。実は罠で突然俺の首を絞めてきたりというような物騒なこともなく、彼女も俺を観察と表現した方が適切なくらいに見つめてきた。
久しぶりにお目にかかる生き生きしたルネの顔を堪能して、紛れもない本物であることを確信する。次いで、喜びが爆発した。彼女も同じだったようで、二人でガッシリと力強く抱き合った。魂だけの状態とはいえ、自分が異常な状態にあったことだけは自覚していたらしく、震えているのが分かった。怖がっているんだと思うと、無性に愛おしくなり、抱きしめる力を強める。呼応するようにルネも強く抱きしめてくる。まるで恋人同士のような熱い一体感が増していく……!
この後で、俺はルネと再会の喜びを噛みしめつつ、楽しいひと時を過ごすことになる訳だが、その具体的な内容をつぶさに公開することは敢えて避けさせてほしい。自分のプライベートを赤裸々に明かすことを自重するのは恥ずかしいし、頑張って細部まで熱く語った末に、「リア充爆ぜろ」とか悪態をつかれたくないし。ただ再会した際に、ルネが俺を見て涙ぐんでいたことにウルッとしたことだけは伝えておきたい。
とにかく世間には未公開の夜が明けた。ゼルガの宣言通りに、朝陽の訪れと共に、ルネの魂は口から離れていった。ここだけは嘘で合ってくれて構わなかったのにと、内心で悪態をついた。魂が抜けたことで、彼女は再び物言わない人形に戻ってしまい、さっきまでの人懐っこさは嘘みたいに消えて、瞳からは熱を感じなくなっていた。
人形を見るのは忍びないが、ゲームにさえ勝てば、また元の彼女が戻って来ると自分を鼓舞し、そそくさと出発の準備を整えた。
「とりあえずゼルガのアホをグーパンでノックアウトすれば、その時点であっさりと勝負がつくかな」
無論、強がりだ。本気でそんな勝ち方が許されると安直なことなど考えていない。だが、気持ちを奮い立たせるという意味では、案外ありかもしれない。
アパートを出た俺はその足で近所のファーストフード店に向かった。移動しつつ、シロたちに連絡を取る。私事でしかない今回のゲームだが、ありがたいことにシロと城ケ崎が手を貸してくれると申し出てきてくれていたのだ。シロは元々こういうバトルが好きだし、城ケ崎も乗りかかった船だからということらしい。
ルネとは水入らずの夜を過ごしたかったので二人には悪いが、昨夜は一旦帰ってもらい、朝に俺の方から連絡を付ける手はずになっていたのだ。
三人でゆったりと深刻な話が出来るように数ある中から人気のないボックス席を選んで座る。運ばれてきた水でのどを潤し、メニューをめくっていると、俺にとっては意外なことだが、城ケ崎の方が先にやってきた。予想ではシロの方が先に来ると思っていた。というのも、シロのことだから、てっきり呼び出すと同時に頭上からドロップキックでも仕掛けてくると警戒していたので拍子抜けしてしまった。
城ケ崎もこちらに気付いたみたいで、真っ直ぐ向かってきた。当たり前のことだが、昨夜別れてからそんなに時間が経っていないので、たいした変化は見られない。いや……、少しばかり……、怖いかな。どうも俺を睨んでいるっぽい。
「よ、よお……」
「……どうも」
恐る恐る挨拶すると、威嚇するような返事が飛んできた。
「昨夜はお楽しみでしたね?」
「……怖いよ」
城ケ崎の射抜くような視線が突き刺さる。あまりに鋭くて、今ので衣服がすっぱり切れていたとしても、すんなり納得するね。
やはり城ケ崎は気分がよろしくないらしい。俺が何かしたのかと思ったが、直感的にルネと二人きりで夜を明かしたことが原因なんだと察した。そんな気に入らないのなら、昨夜の時点でハッキリと文句を言えというのだ。
「断っておくが、公序良俗に反するような行為はしていないからな。裁判で証言したっていい」
「でも、やることはやったんですよね。一部の人から爆ぜろって言われるようなことはしたんですよね?」
「ノーコメントだ!」
半ば強制的に質問を突っぱねたら、さらに面白くなさそうな顔で睨んでくる始末だ。どうしてこいつは人の恥部を根掘り葉掘り聞きだそうとしてくるんだ。警察の取り調べじゃあるまいし! というか、ノーコメント宣言はまずかったかな……。
城ケ崎の追及は尚も続く。
「おまけに、やけにボロボロじゃないですか。服の隙間から見えている生傷が痛々しいですよ」
「ああ、ちょっと激しい展開が待ち受けていて……」
「変態」
「おい、変態ってなんだ? もう一度言わせてもらうが、俺は世間的にまずいことは一切していないからな!? 聞こえているんだろ、返事をしろよ!」
「それで、件のメイド……、ルネさんは?」
「また眠りについたよ。今はベッドでぐっすりおねんねさ。……すぐに起こしてやるがな」
「……そしたら永久にいちゃつく訳ですか。お熱いことで」
極め付けとばかりに盛大な舌打ちをされた。ここ数分の間に、城ケ崎の性格が急激に悪くなっている。これ、俺のせいなの?
とりあえず二人ともアイスコーヒーだけを注文した。本当は朝食代わりにフライドポテトも注文するつもりだったが、険悪な空気のせいで食欲が失せてしまっていた。何も知らないやつが見たら、倦怠期のカップルの別れ話に間違われてしまうだろう。
そんな中、険悪な空気をぶち壊す、良い意味でのムードブレイカーことシロがやたら大きな足音を立てて入店してきた。賑やかなちびっ子の来店に、他の客たちの視線も釘付けになる。
「待たせたね、皆の衆!!」
ドタドタと、客たちの視線を巻き込んで席に着くと、こともあろうに俺の分のアイスコーヒーを掴み、そのまま一気に飲み干してしまった。空になったグラスを見て唖然とする俺をよそに、「ふぃー!」と満足そうに口元を拭っている姿には、ほんの少し忌々しい感情を覚えた。
「シロちゃん。おはよう」
「おっす、おっす!!」
俺の時とは対照的な明るい挨拶でシロを出迎える。
「お前が最後だぞ。お祭り好きのくせに珍しい。寄り道でもしてきたのかよ」
面白くないのを八つ当たりするように、シロに辛辣な言葉を向ける。やつは意に介した様子もなく、それどころか嬉しそうに顔を輝かせている。どうやら寄り道というセリフがキーワードだったらしい。
「ふっふっふ! よくぞ聞いてくれたね、お兄ちゃん! そうだよ。私は寄り道をしてきたんだよ!!」
瞳をキラリと光らせて、シロが俺を凝視してきた。聞くまでもなく、何か細工をしてきたらしいことが分かった。やかましいのはいつものことだが、異世界がらみになると頼りになるところもいつものことだ。
同時刻、都内のアパートの一室にゼルガはいた。女性専門のアパートらしく、室内もこじんまりとした中に、女性らしさが充満している。具体的に言えば、ここは亜美の自室。
「時間にして後一分で、ゲーム開始だ。彼らはちゃんと乗ってきてくれたかな?」
愛刀の手入れをしながら、スタートの時間を嬉々として待つ。俺がゲームを放棄するなどありえないと確信している顔だ。やつの作戦は容易。スタートと同時に、ターゲットである亜美を殺すつもりだ。自分から持ち込んできておいて、なんとも味気ない作戦だが、ゼルガは俺たちが妨害に来るものだと思い込んでいた。
「気持ち良さそうだね。こういうの、能天気っていうんだっけ?」
ゼルガが見下ろしている先には、幸せそうに寝息を立てている亜美の姿。自分に危険が迫っていることなど知らない顔をしている。そんな彼女に、悲痛な宣告を突き立てようと、刀剣が振り上げられた。
「じゃあ、いきなりチェックメイトといこうか。それが嫌なら……、とっとと邪魔しに来なよ!!」




