第百九十三話 絶対殺害予告
「ねえ、俺とゲームをしようよ。賞品は弾むからさ♪」
異世界からの招かれざる闖入者、ゼルガ。のらりくらりとこちらの追及をかわし続けたやつがようやく口にした訪問の目的。それは俺たちとのゲーム勝負だった。
「断る」
こちらの返答はもちろんノーだ。こんな快楽殺人犯とゲームなんて、破滅的絶望な匂いしかしない。不用意に死神と親交を深めてしまうほど、ゲーム狂ではないのだ。
「ゲームなんぞやらん。賞品も興味ない。これで用が済んだのなら、もう帰れ」
もう一度言ってやった。ハッキリと聞き取れるようにゆっくりと。しかも、なるべく憎しみを込めて。
こいつと楽しくゲームが出来ないことなど分かりきっている。大方、負けた方は死ぬというお決まりのルールが追加されているのだろう。そんな確実に物騒なゲームの申し出など却下するに限る。もしかしたら、申し出を突っぱねたことに対してゼルガが怒って戦闘に発展するかもしれないが、どうせ遅かれ早かれその瞬間は来るのだ。
さて、どう出るよ? 腹を括ってゼルガを睨むと、やつはたいして気を悪くしたふうでもなく、依然にやついていた。
「そう邪慳に扱わないでよ。せめて賞品が何かを聞いてから断っても遅くはないんじゃないかな?」
などと、商品を突っ込んでいると思われるポケットの中を、右手でまさぐっている。結構なサイズなのか、出すのに手間取っているようにも見える。
「ルネちゃんを返してあげようか? 君の大事なルネちゃん。確か魂が抜かれて植物状態だったよね」
「!!!?」
すぐに冷静を装ったが、ゼルガにはバレバレのようで、予想通りの反応を見せてくれてありがとうと言いたげな顔でほくそ笑んでいる。
ルネ……。俺の愛しいメイド。留守中にこいつらに拉致されて、体は取り戻したが、意識は依然戻っていない……。そんな彼女の魂をゲームに勝てば返してくれるというのか……。
「そんな話……、誰が信じるかよ。耳聞こえの良い話をしたって、お前のことなんか信用してやるもんか」
そもそもルネが植物状態になったのは、お前らが魂を抜いたからだろうが……。
腹立たしげにゼルガを睨むと、こちらのそんな反応などお見通しとばかりに、ポケットに突っ込んでいた右手を曝け出した。
「じゃっじゃじゃ~ん♪」
露わになった右手には光り輝く野球ボールより一回り大きいサイズの球体が握られていた。あれがルネの魂?
漫画で出てきそうな形をしているが、正直なところ、魂など見たことがなかったので、あれが本物なのかどうかは俺の頭では判断がつかない。頼みの綱は、こちら側で唯一の異世界人で、こういう道具に詳しそうなシロだけ。
ちらりと彼女を見ると、やつも興味津々の様子で、ゼルガの右手と睨めっこしていた。
「ふむ!!」
球体を凝視しながらもやけに自信満々に声を上げた。だが、肝心のハッキリとしたことは分かっていない様子。異世界関連はお前だけが頼りだというのに……。期待が徒労に変わり、俺は肩を落とした。
「はっはっは! どうやら動揺しているのが隠せていないよ。面白いくらいに顔に出ているねえ♪」
「うるさい、黙れ」
醜態を見られてしまい、怒り気味で抗議する。元々、こいつにペースを乱されていたが、ルネの魂がお目見えしてから、その傾向が加速している。
「と、とにかく! こんな得体の知れないもののために、命を張ったゲームなんかやれない。やっぱり帰れ!」
「……試せばいい」
「な、何だと!?」
もし本当にルネの魂だったらどうしようという気持ちを押し殺しながらも、断腸の思いで拒否しようとしたら、思わぬセリフが聞こえてきた。
「いきなりこんなものを見せつけられても、混乱しちゃうでしょ。予測済みなんだから。そういうことならね……」
ポイっと球体を投げてよこしたではないか。まだゼルガの話を完全に信じた訳ではないが、万が一ということも頭をよぎり、つい冷や汗をかきながらオーバーリアクションで球体をキャッチしてしまう。というか、慌ててとろうとしたせいで、一回落としかけてしまった。落としても割れたりしないよな、これ?
「試しに使ってみると良い。俺が嘘をついていないことがハッキリと分かるから」
「……良いのかよ。賞品だったんじゃないのか?」
まだゲームをすることを了承していないのに、賞品だけ渡してくれるとは。もしこれが本当にルネの魂なら、あいつは結構な間抜けということになる。
「あ、今、俺のことを間抜けだって思ったでしょ」
「……」
思考を読み取ったのか、ドンピシャでツッコんできた。そんなことはないと言ってやろうかとも思ったが、気にした素振りも見せずに話を続けてきた。
「残念だが、俺は間抜けじゃない。その球体にはちょっとした魔法をかけていてね。明日の正午に、俺の手元に自動的に戻って来るようになっている。ずっと自分の元にしておきたいのなら、俺とのゲームに勝つしかないのさ」
本物かどうか試した上で、ゲームに挑むか決めさせるとはね。たいした自信だ。
「……一応、ルールだけでも聞いておいてやるよ」
最初は耳を傾ける気もなかったのにな。どんどんゼルガのペースに乗せられていっている。とはいえ、俺もルネには戻ってきてほしい。さっきまで難色を示していた俺の顔色が変わっていくのに興奮しながら、ゼルガは口元を上気させて語りだした。
「……さっき紙の束を大事そうに抱えながら、アホ面で出ていった女がいたじゃん。それを……、殺す!」
「!!」
「こんな感じで……!」
ゼルガの持つ刀が振り下ろされ、刀身が煌めいたかと思うと、栗山の死体を無慈悲な一閃が駆け抜けた。既に首と胴体が別れていた栗山の死体が、さらに分断される。
「明日の朝、今渡したメイドの魂が俺の手元に戻ってきたタイミングで、勝負開始だ。俺は女を殺すために追跡を開始して、君たちはそれを妨害する。制限時間は丸一日で、明後日の同じ時間になっても女が生きていたら君たちの勝ち。その時はメイドの魂は潔く返そう」
「……鬼ごっこみたいなルールだな」
この場合、殺人鬼ごっこと呼んだ方が適切なのかね。ルールはシンプルだが、中身はとことん物騒でブラックだ。
「聞くまでもないことだと思うが、一応聞いておく。俺たちが亜美を守り切って、ゲームに勝ったとして、その後で彼女をどうする?」
「殺す❤ 一度斬るって決めた相手は、どうしても斬らないと収まらない性分なんだ。止めたければ、俺を再起不能にするしかない」
屈託のない笑顔でキッパリと言われた。どっちにしろ殺すんじゃないか。やっぱり聞くまでもなかった。
「見逃したんじゃなかったんだな……」
話が出来過ぎているとは思っていたんだよな。成る程ね、こういう理由が存在した訳だ。タダで賞金を渡すなんて、太っ腹なことをすると腑に落ちなかったんだよ。だが、これで納得。
「あ、言っておくけど、これは強制じゃないよ。嫌なら彼女を見殺しにしてしまって構わない。心配するなって。君たちより俺の方が強いことは関係者から見れば明らかだ。誰も君たちのことを薄情と罵ったりはしないから……」
「……」
「じゃあ、そういうことだから! 俺は明日に備えて、もう帰るね。君たちが妨害に来てくれる瞬間を心待ちにしているよ~!」
あんなに帰れと言っても居座っていたくせに、用件を伝えた途端、あっさりと踵を返した。高らかに笑いつつ、やつが悠然と部屋を後にしていく。その堂々とした様には、かなりイラッと感じさせるものがあり、後ろから蹴りを入れてやりたい誘惑に駆られる。
「宇喜多さん……」
「……お兄ちゃん!」
ゼルガの去った後、城ケ崎とシロが俺を見てくる。二人とも、どうするつもりなのか不安げだ。当の俺はルネの魂をジッと見つめていた。
これが本物なら、ルネは目を醒ます……!
明朝のゲームのことより、そっちの方が脳内を占めていた。あ、そういや、負けた場合のことも聞いてなかった。
次話を投稿するのと年度が新しくなるの、どっちが早いかな~~?




