第百九十話 深夜の訪問者
俺たちが魔王の暇つぶしのために余興を行っているアパートの前で、殺人事件が発生した。五人の男女が鋭利な刃物ですっぱりと両断されて殺されたのだ。閑静な住宅街を襲った突然の凶行に、瞬く間に動揺が拡散していった。その後、通報によって現場に駆け付けた警察官も、同様の方法で殺害されたことで、事件は緊迫性を増していった。被害者たちに共通性は見られず、警官も犠牲になっていることから、頭のおかしい通り魔による理由なき犯行という見方がなされた。
ただし前回の話を見ていれば、この事件の犯人は容易に想像がつくだろう。罪なき人々を無慈悲に殺したのは異世界からやってきたゼルガだ。もちろん呼吸をするように自然と人を殺す彼に、罪の意識など微塵もない。実際、鼻歌を吹きながら、俺たちのいる部屋へと向かって、軽快に歩を進めてきていた。
こいつが平和目的でやって来ている訳もなく、ただ物騒な気配がこちらに着実に迫っていることだけを意味していた。
その頃、俺は自分に危機が押し迫っていることなど想像もしておらず、栗山たちが歓喜を上げているのを聴きながら、不機嫌そうにほおぼえをついていた。この部屋、というより空間だが、防音がしっかりし過ぎているせいで、外の世界の騒乱は一切遮断されていたのもいけなかった。俺が外の情報を得ることが出来なかったのだ。当然のことながら、その殺人事件の犯人の足が、俺たちの方に向かってきていることを知る由もない。
「みんな、ご機嫌だねえ!」
「賞金を獲得出来るチャンスが激増したからな。興奮しすぎて、欲望のリミッターがとんでしまったんだろ」
さっきポケットをまさぐっていたら偶然発見したチョコの残りを頬張りながら、シロに舌打ちの混じった返事をした。
シロもあまり面白くない様子で、さっきからスマホのゲームに興じている。盛り上がっているのは、栗山と亜美の二人だけだ。たった二人で賞金を探して駆け回って何が楽しいのか。まあ、本人たちにとっては楽しいだろうよ、賞金さえ手に入ればいいんだからな。ただこの映像を見ている魔王はどうかな……。やつの性格からして、律儀に観るのを止めて、もう居眠りを始めていそうな気がする。
「退屈しのぎも兼ねて質問をするが、賞金探しがあまりにも盛り上がらない場合はどうなるんだ? 明日以降のゲームが中止になったりとかするのか?」
「あり得るね! 魔王様が激昂して、もうこんなつまんない催し物は止めちまえって怒鳴り散らせば、その瞬間にゲーム終了だよ!」
その光景がリアルに想像出来た。というか、現在進行形で怒鳴っていると聞いても驚かない。
そうなると困るので、栗山と亜美には、是非とも頑張って盛り上げてもらいたいところだが、連中の頭の中は札束で一杯だしなあ……。
やれやれと思いつつ、未だに姿を現さない残りの参加者たちのことを考えた。そもそもあいつらが来ていれば、こんなにやきもきした気分になることはなかったのだ。
あいつらは何故来なかったのだろうかと再び考える。他のやつより先に金を見つければ、それが全部自分の物になる。それだけの美味しいイベントだ。俺も参加したことがあるのだが、楽して稼げるとなると、内なる欲望が思ったよりもどす黒く湧き上がってくる。しかも、ギャンブルと違って、損する危険もない。参加しないことが損ではないか。
「俺だったら、残業を無視してでも間に合わせるんだがなあ」
腕を組んで唸った。連中だって、同じの筈だ。少なくとも昨日までのやつらからは、その執念を感じた。
不可解に思いながら、他にすることがなかったこともあり、考え込んでいると、チャイム音が鳴った。
「うん?」
次いで誰かがドアを開ける音が聞こえた。遅れてやってきた参加者だろうか。言うまでもなく、今頃やってきても、ゲームには参加させてあげられないがね。
「盛り上がっていますか? ドアが開いているから、勝手に入っちゃいますけど」
開いたドアから顔を覗かせたのは城ケ崎だった。
「な……、城ケ崎か」
危ない……。もう少しで「何だ、城ケ崎か」と口走ってしまうところを慌てて訂正した。差し入れと思われる食料品の詰まった袋を持っているので、滅多なことを言って機嫌を損ねさせる訳にはいかない。
「む……。何か言いかけましたね。まあ、構いませんけど。これ、差し入れです。お腹空いているでしょ?」
表情を曇らせながらも、差し入れをテーブルの上に並べ始める。その中に手作りのクッキーも含まれていて、一つ一つに「LOVE」の文字があったが、特にコメントもせずにとっとと食べてしまおう。
「あれ? 今夜はやけに静かですね。争う声の数が少ないようですが……」
聞こえてくる声がやけに少ないことを不振がった城ケ崎が質問してきたので、大多数が何故かまだ来ていない旨を教えてやった。
「……珍しいこともあるものですね。あんなにお金にがめつい人たちが来ないなんて」
「そういう日もあるんだろ。このまま黙ってリタイヤするようなら、金に困って良そうなやつを、また探してくるだけだ。幸いというか、そういうやつは普通に街を歩いているだけでも、どんどん見つかるからな」
我ながら殺伐としたことを言っていると思うが、去る者は追わず。どんな事情があるかは知らないが、来る気がなくなったのなら、それまでと割り切るのみだ。
「そういえばここに来る時に、外がやたら騒がしかったんですよ。パトカーも何台も来ていましたね」
「何かの事件か……」
城ケ崎からの忠告を他人事のように聞き流す。冷たいかもしれないが、仮に事件があったとしても、俺たちには関係ないことなのだ。ニュースで凶悪事件の報道を観るのと同じような感覚で片付けようとしていた。開けっ放しにしていたドアの鍵も、さっき城ケ崎が入ってきた時に閉めている。万が一その事件の犯人や警察が来ても、居留守を使えば済む。俺には関係のない話だ。とは思ったものの、妙な不安も湧きあがってきていた。
ドンドン!! ドンドン!!
「うん!?」
物騒な話題で話している時のノックだったので、思わずビクリとしてしまった。また誰かがドアを開けようとしている。
「警察……、でしょうか?」
「こんな時間に集金もないだろ。もしくはちょっと物騒な方かな」
とりあえず無視しよう。遅れてきた参加者だとしても、ゲームの最中は施錠していると言えば通るだろう。
ドンドン!! ドンドン!!
ドンドン!! ドンドン!!
ドンドン!! ドンドン!!
まるで俺たちがここにいることを確信しているかのように、ノックは鳴り止まなかった。さっさと開けろとの意思表示なのだろうか、だんだんドアを叩く音が強くなっている気すらした。
「……」
「しつこいですね。ずっとノックを続けていますよ。私たちが開けるまで止めない気なんでしょうか」
「それなら、こっちは諦めるまで居留守を続けるだけだ。誰にもゲームの邪魔はさせん……」
意地になって我慢比べをしようとした時だった。ドアが外側から吹き飛ばされた。
そのまま壁まで飛んで、轟音と共に激突した。衝撃で壁が崩れ落ちたのは言うまでもない。
「おいおい、最近の警察は荒いな。鍵がかかっているからって、ドアを破壊するのはやり過ぎだろ……」
「いやいや……、どう考えても警察じゃないですよ。むしろテロリスト……」
「ふっふっふ! おまわりさん以上に招かれざる者がご来店だね!」
大穴の開いた壁と、ぽっかりと口を開けた入り口を交互に見ながら、冷静を保とうとしたが、やはり駄目だった。心臓の鼓動がぐんぐん早くなっていく。さっきまで警察だったら面倒だなと思っていたのが、今では警察だったらどんなに良かっただろうと思っている。こんな真似をしてくるのは、間違いなく思考回路が飛んだやつだ。顔を見るまでもなく、ろくな奴じゃないことが断定出来た。
三人とも臨戦態勢で構えていると、破壊の主が顔を覗かせた。ゼルガだった。
「……お前、死んでいなかったのかよ」
前回の戦いで死んでくれていることを熱望していたのに、五体満足のピンピンした状態で再登場しやがった。というか、一方的にお宅訪問してきやがった。
「あれあれ~? その顔はどうしたのかな。感動の再会だよ。もっと嬉しそうな顔をしようよ」
心外そうな顔で唇をすぼめているが、お前との再会など、誰が喜ぶものか。お前が俺たちにしたことをちょっとでも思い出してみろというのだ。




