第十八話 水中は危険がいっぱいなんだよ
今夜の賞金探しは、室内を泳ぐ無数の魚の中から、十六万円分の価値を持つ魚を探し出すというものだった。それをシロの持ってきた天秤の片方に乗せると、もう片方の天秤に十六万円が発生するという仕組みなのだ。
俺は意気揚々と、魚を一匹天秤に載せてみたのだが、出現したのは百円。幸先の悪い結果に、がっくりと肩を落とす。
「落ち込んでいるところを悪いんだけど、さらにショックなことがあるの。この部屋から持ち帰ることに出来るお金は、当たりの十六万円だけ。それ以外のお金は没収することになるのね」
落ち込んでいる俺に、さらなる追撃を加えるように、シロが付け加えてきた。
「ああ、それでいいよ……」
どうせそんなことだろうと思っていたので、異論はない。城ケ崎たちからも、反論は上がらなかった。
「とにかく! 異世界の魚の値打ちなんてサッパリですし、ここは片っ端から叩いていくしかないっすね」
「お魚さんたちには、大迷惑な話ですけどね」
俺が魚を狩るのを見ていて、血が騒いだのか、色めきだしていく。先に当たりをひかれたらたまった物じゃないので、俺も気を取り直して、次の魚に狙いを定めた。
そこから一方的な人間たちの狩猟が開始された。ハッキリ言って、どっちがモンスターなのか分からない展開だ。生きている人間が、一番怖いという学説も、これなら納得せざるを得ないな。
「この魚さんたち、結構避けるのが上手いですね」
「うん! 向こうの人間に鍛えられているからね!」
そりゃあ、食べられる魚が地上を泳いでいたら、思わず狙っちゃうよ。上手くゲット出来れば、夕食のおかず代が浮くからな。
間宮が一番魚を叩くのが上手かった。野球で鍛えているのが、振るうのが上手いのが功を奏したらしい。だが、俺と城ケ崎も負けてはいない。だんだんと魚を叩くコツというものがつかめてきたのだ。
魚を叩いては、次々と天秤に載せていく。そんな単純作業に、しばらく没頭する。肉体労働で疲れはあったが、なかなか心地よいものがあった。
しかし、当たりを引くことはなく、硬貨だけが虚しく積み上がっていくだけだった。たまに千円や、一万円が出る時もあったが、当たりの十六万円以外は、終了後に消滅してしまうのだ。意味はない。
「はあ、はあ……。これだけ倒したのに、どうして当たりが出ないんだよ」
「まだ隠れるところが残っているってことじゃないですかね。とはいっても、水中しか残っていませんが」
横を向くと、硬貨の山がこんもりと出来上がっていた。これが、俺たちの労力の結果だと思うと、ため息が出るな。
「総額だけで見れば、十六万に達していそうですがね」
皮肉な笑みを漏らしたが、あまり面白くなかったので、愛想笑いはしてやらなかった。
水中から上がってきている魚は、あらかた片付いたのに、当たりがない。こうなると、残りは、水中に入って探さねばなるまい。
「困ったな……。水着を持ってきていないぞ」
下着だけになればいいだろ。間宮は体格が良いんだから、恥ずかしがる必要などあるまい。幸いなことに、唯一の女性が来ていないんだから。シロがいるが、やつは女性にカウントする必要はあるまい。
いや、女性の疑いがあるやつは、もう一人いたっけな。俺は、そっと横にいる城ケ崎を盗み見た。案の定ともいうべきか、嫌悪感を露わにしている。その横で、抵抗なく脱ぎ出した間宮と比べると、対照的な光景だな。
「とりあえず下はジーパンだから、上だけ全部脱ぐか……」
間宮は、さすが体育会系というべきか。泳ぎと、自身の肉体に自信があるのか、軽い感じで脱ぎ出した。遅れてはなるまいと、俺も後に続く。
裸を見られて困るようなことはない。後ろで微笑んでいる幼女が、男の裸くらいで取り乱すとも思えん。事実、間宮が服を脱ぎだすのを見ても、表情一つ変える気配がない。
「潜らなきゃいけないですか……」
潜らなきゃいけないから、服を脱いでいるんだろ? 残りの魚は、水中に引っ込んでいるからな。俺たちの前に姿を現さないのなら、こっちから出向くしかないだろう。
「何をためらっているんすか? 早くしないと、俺たちが賞金を獲得しちゃうっすよ? あっ、ひょっとして泳げないとか」
「いえ……、泳ぎは問題ないんですが、今夜は冷えているじゃないですか。先日もびしょ濡れになったばかりだし、あまり寒い思いばかりしていると、風邪をひいちゃうと思うんですよ」
あっ……、あからさまに話を濁した。口調こそやんわりだが、絶対に脱がないという強い決意が垣間見える。
「えっ、何でっすか。ここまで来たんなら、最後まで行きましょうよ。すぐに体を温めれば、風なんてへっちゃらっす」
何も知らない間宮が、城ケ崎を促しているが、優れない表情で、曖昧に断ろうとしていた。
もっとも城ケ崎が水に入ろうが入るまいが、俺には関係のないことだがね。むしろ、競争相手が減ってくれた方が助かるくらいだ。間宮が城ケ崎に構っていたおかげで、先に服を脱ぐことに成功した。
「へへへ……。おっ先!」
先手必勝と、真っ先に水中に飛び込む。
まだ目が水に慣れていないが、たくさんの魚が泳いでいるのだけは判別出来た。察するに、水深はかなり深いみたいで、そこが確認出来ない。
一旦水面に出ると、大きく息をした。
「このプール、かなり深いな! 一体水深はどれくらいあるんだ?」
一メートルとか二メートルというレベルじゃない。もし、潜水中に足でも攣ったら、えらいことになるぞ。
三人でシロに注目するが、やつは眉間にしわを寄せて考え込んでいるばかりで、明確な回答をしてこない。まさか把握していないのか?
「溺れたらどうするんだよ……」
「その時は、私が助けてあげるから、大丈夫!」
問題ないと手でピースを作って見せてくるが、水深も把握していないやつの安全宣言など、信用出来ない。どうしよう。俺まで潜るのが怖くなってきたよ。
「ほら。だから言ったでしょ。水中に潜らない方が無難ですよ。安全かどうかも分からないところに、自分から出向くまでもありません。見てください。水中から地上に出てくる魚もいます。当たりの魚が出てくるのを、ここで待ちましょうよ」
確かに、ペースは遅いが、水面から魚が顔を出している。そのまま空中に浮かんできて、優雅に空中遊泳を始めた。
「この魚たちには、水中という縛りはないみたいですね」
魚を一匹叩きながら、ドヤ顔で言うなよ。地上に出てくるといっても、一分に一匹くらいのペースじゃないか。この調子じゃ、当たりが出てくるのはいつになるんだ。
業を煮やした俺はドライバーを水中に突っ込んで、乱暴にかき回した。水面が波打ったが、変化はない。
「宇喜多さん。魚がビックリして、引っ込んじゃうっすよ。止めてください」
そんなことを言われても、俺には、明日も仕事があるんだよ。早く賞金を手にして、ルネの待つ部屋に戻りたいの!
その時、ドライバーに変化があった。何かがぶつかってきている? それも複数……。
反射的にドライバーを引き上げると、青いピラニアのような魚がドライバーにかぶりついていた。
「何だ、これ……?」
魚のグロテスクな顔に、表情を歪めていると、やつの目が俺を捉えた。明らかに敵意を含んでいる。
やばいと思って、叩きつけようとしたが、その前にドライバーから口を離して、代わりに俺へ襲い掛かってきた。
「うっ……!?」
「宇喜多さん?」
こいつ……。俺の右手に噛みついてきやがった。歯がとがっているせいか、痛い。しかも、なかなか根性があるらしく、腕を振り回しているのに、離さない。
「あ~あ、無造作に水中を荒らすから、怒らせちゃった♪」
シロが、何とも場違いなことを言ってやがる。他人事みたいに笑っているのに、腹が立つ。てめえ……、こんなやつがいる水中に、俺たちを入れようとしてやがったのだか。
「宇喜多さん!」
間宮が、水中を指さして叫んでいる。見ると、水中から、こいつと同じ種類の魚たちが、俺に狙いを定めていた。おいおい、まさか……。
悪寒が冷や汗となって背中を伝う。固まる俺に向かって、魚たちは、一斉に飛びかかってきた。キラリと光る歯が、いやが上にも恐怖を掻き立てた。




