第百八十八話 荒れていく見世物小屋
異世界から戻ってきて、早くも二か月が経過しようとしていた。俺は希望通り、シロの助手として、魔王を満足させるために賞金探しゲームを運営するために奔走している。おチビさんがリーダーで、大人の男がサポート役として付き従うという珍妙なコンビにも、最初こそ戸惑ったが直に馴染んだ。
毎晩ゲームに参加するだけで大金が手に入る。見繕った人間に声をかけていくと、最初は半信半疑だった連中も、実際に金が獲得出来ると知ると、途端に目の色を変えた。中には、丁寧語を話し出すやつまでいた。人間がいかに金に弱い生き物かということを、虚しくなってしまうほど痛感する毎日だ。
まあ、いろいろ苦労しているようなことをいったが、魔王の手下として、元気にやっている。
さて。これまで参加する側だった賞金探しゲーム。運営する側に回ると、目にする光景が自然と違ってくるね。
嫌でも目にすることになるのが、参加者たちの欲に目がくらんだ顔だ。賞金の額が加算されていくにつれて、阿鼻叫喚の様相を深くしている。正視に堪えないが、当人たちにとっては金を掴むことが最重要事項なので、女性の参加者すら一切隠そうとしない。欲望に忠実といえるが、このままだと、乱闘に発展するのも時間の問題だろう。
「おい! 今わざとぶつかって来ただろ! 謝れよ!!」
「うるせえよ! そんなところにぼさっと突っ立っているのが悪いんだろうが!!」
熱くなった参加者同士の怒声が響き渡る。賞金額が上がっていくにつれて、だんだん恒例になりつつある。
ちなみに舞台は、またも閑静な住宅地の中に建つアパートの一室を借りきって行われている。時間は俺の時と同じく深夜。ヒートアップしていくと、住人からの苦情が怖くなってくる。警察がきたら、とりあえず全力で引き上げると決めている。
「ふっふっふ! 良い感じで盛り上がっているねえ~! 魔王様、今頃、この光景を水晶玉越しにご覧になって、にんまりしているよ~!」
「あのサディストにはさぞかしお気に入りの光景だろうよ……」
ため息の収まらない俺と対照的にシロは期待した展開にご満悦の様子。感覚的には格闘技の試合を見て興奮するようなものか。俺には理解出来ない世界の話だがな。
ていうか、俺が参加者として駆けずり回っていた時も、同じようなことを考えていたんだろうな。立場が違うと、いろいろと見えてくる裏側があるよ。あまり面白いものじゃないな。
「お兄ちゃん、ほい!」
「? これ、チョコバーか」
ゲームの展開とかどうでも良すぎて、死んだ目でゲームの様子を眺める俺に、シロがお菓子を差し出してきた。食っていいのかと聞くと、シロは勢いよく首を縦に振った。俺を元気づけようとしてくれているのか? こいつから差し入れなんて珍しいと驚いていると、私の気持ちだと言われた。
「私もね、考えたのさ! 報酬はないと断言したけど、タダ働きで健気に頑張るお兄ちゃんの姿を見ていると、私の良心が突き刺さるように痛むんだよ!」
だからチョコバーなのか。気持ちは嬉しいんだが、同じくらいにガッカリ感もある。向こうから聞こえてくる参加者たちの欲望にまみれた声が、やけに白々しく聞こえた。
もらったチョコバーをかじりながら、やっぱり報酬の方もねだっておいた方が良かったかなとボランティアで良いと言った自分を悔やんだ。賞金探しゲームの手伝いがたいへんだということもあったし、昼間は普通に仕事をしている身なのだ。明日だって、早起きして仕事にいかなければならない。疲労は日増しに溜まっていき、過労で倒れる日も近いかもしれない。
ゲームももう少しかかりそうだし、転寝でもしようかと考えていると、参加者の女性が一人近寄ってきた。
確か亜美って名前だっけ? 上目づかいで寄ってくるところを見ると、色仕掛けで賞金の場所を聞き出そうという魂胆かな。
俺の推理は見事に的中した。亜美は衣服をずらして、見えそうで見えない微妙なラインを作り、俺ににじり寄ってきた。そういうのは止めてほしい。城ケ崎が拗ねるからだ。あ、言ってなかったが、あいつも時々ゲームの手伝いに来るのだ。何気なく職場でボランティアのことを話したら、私もやるとか言い出したのだ。今日は来ていないが、あいつの考えることはどうも分からん。
「ね・え❤ 今日の賞金を隠したのはあなたなんでしょ? どこに隠したの? お・し・え・て❤」
遠回しに言ってくるかと思えば、ストレートに聞いてきたな。亜美も、俺が自分の糸に気付いて警戒しているのを察しているのかも。もちろん聞かれたからといって、素直に教える馬鹿ではない。知らないと素っ気なく突っぱねる。だが、彼女は諦めずに食い下がってきた。
「とぼけたって無駄よ。賞金を隠しているのはあなただって、シロちゃんに教えてもらったのよ。チョコバー三本で。今、あなたの手にあるやつよ!」
「!!」
即座にシロを睨むと、慌てた様子で視線を逸らしやがった。やつの口元にはチョコの食べ残しがあるのをしっかりと確認した。お子様が……。甘いお菓子に釣られて、機密情報を流しやがって。ということは、俺の手に握られているこのチョコバーも、元はこの女のわいろか。
亜美の色仕掛けを駆使したおねだりは激しさを増したが、公正な立場にいる人間として、最後まで欲望に屈することなく、自我を保ち続けてやる。
「見つけたぜ!」
その時、野太い声が上がった。駆けつけてみると、参加者の一人が札束を手にして、高らかに宣言していた。今夜の勝者はあいつのようだな。亜美が横で忌々しそうに舌打ちをしている。だが、俺の目は別の人間に向いていた。勝者となった男の足元で、顔を抑えてうずくまるもう一人の参加者。おそらく殴られたのだろう。一線を越えてしまったという気がした。他の参加者が徐々に戻ってきたが、どいつもこいつも表情が険しい。次はどんな手を使ってでも金を獲得してやるという狂気も感じた。
「ルール変更?」
翌日、今夜の賞金稼ぎゲームが開始される前のわずかな時間を見計らって、俺はシロに提案を持ち掛けていた。
「変更というか、付け足しだよ。純粋にゲームを楽しんでもらうために、今後は暴力に対してペナルティを付けるべきだと思うんだよ」
今日から賞金の額は百万を超す。そろそろストッパーを設けておかないと、際限なく血みどろの争いが繰り広げられることになってしまう。
「お兄ちゃんの懸念はもっともだけどさ! 難しい相談だよ! だって、魔王様はそうなることを強く希望しているんだからっ!」
「……」
魔王ならそうだろうな。きっと目を細くして喜んでいるに決まっている。俺が反対したところで耳を傾けてくれる訳がない。
「心配せんでも、不味いと思ったら、私がいるからね! お兄ちゃんは限界だと思ったら、目と耳を閉じて、物陰で小さくなっててOKだよ!」
「……それはそれでよろしくないな」
一応、成人男性なので、その選択肢はプライドが許してくれない。
「あら、参加者を差し置いて、何やら良くない相談をしているの? ルール変更? 良いわねえ。それじゃあ、残りの賞金が私の懐に転がり込むような変更をお願いするわ」
関係のない亜美まで顔を突っ込んできた。お前には聞いていないから、しゃしゃり出てきてほしくないんだが、彼女は興味津々という顔をしている。
「ルール変更……。良いじゃないか……」
また余計なやつが顔を突っ込んできた。俺はシロと二人きりで静かに密談をしたいというのに。……ん? こいつは……。
話に加わってきた青年の顔をまじまじと見る。こいつは確か昨日賞金争いの終盤で、勝者となった中年の男に殴られて、顔を抑えてうずくまっていたやつじゃないか。
「いっそ人を殺してもOKってことにしちゃおうよ。大々的にさ。あんたたち、こっちの権力者や、異世界の魔王と繋がっているんだろ。それくらい簡単に出来るんだろ?」
簡単に出来るんだろだと? 漫画やアニメの見過ぎだ。人の命をおもちゃみたいに扱う趣味はない。ましてや、そんな血に飢えた目をしているやつに許可を出せる訳がない。亜美を見ると、やれやれという顔をしている。やらねえよ。シロはシロで面白くなってきたという顔で愉しそうだし、この場でまともなのは俺だけか。
なあ、魔王よ……。あんたはきっとこの光景を水晶玉越しに観戦して、ワクワクしているんだろうな。




