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第百八十六話 置き去りの心

 シャロンの死をきっかけに戦いは、急速に収束に向かっていった。一方の大将が死んだので、これ以上の戦いは無意味という空気が、種族を問わずにウィルスのように場内を感染していく。


 名のある兵士たちはまだ残っていたらしいが、主であるシャロンを失ったことで戦意消失してしまっていた。ただ純粋に戦闘を愉しみたいだけの魔王軍にとっては、木偶の坊と化した彼らに用はなく、魔王の命令を待たずに、一匹、また一匹と勝手に城を去っていった。人を殺したショックの残っていた俺は、駄目押しの虐殺が行われなかったことに、密かに安堵した。


 俺がシャロンを討ったことは、早くも魔物たちの知るところになっていたらしく、何匹かは去り際に肩を叩いたり、ガッツポーズを送ったりしてくれたが、俺の気持ちは晴れなかった。


 やがて俺も、シロやメイドさんに連れられて、魔王城へと空間移動した。城に帰ると、先に戻っていた城ケ崎と再会した。散々ひどい目に遭わされた俺と違って、彼女は見た感じ、怪我をしていないようなので安心したよ。これでルネも異状なしだったら、言うことなしなんだがな。


 ため息交じりにルネを医務室のベッドまで運ぶと、身軽になるかと思いきや、逆に身体がドッと重くなった。気が付かない内に、肉体的にも精神的にも、疲労がピークに達していたらしく、それから間もなく、意識がフェードアウトしていった。




 三日の間、死んだように眠りについた。夢は見なかったが、真っ暗な水の中に沈んでいくような感触だけは、ずっと感じ続けていた。


 起きると、軽い頭痛がした。気分が悪いのも相変わらずだったが、意識を失う前に比べれば、だいぶマシになった。


 俺が寝ている間に変わったことは特になかった。あるとすれば、クリアの姿がなかったことくらいか。目的が済んだとばかりに、もう城を後にしてしまっていた。


 別れの挨拶もなく行ってしまうとは、素っ気ない気もするが、彼女らしかった。もし、縁があったら、また会うこともあるだろう。


 寝ている脇に、俺の分と思われる食事が用意されていたが、食べる気は起きなかった。俺は再度横になると、誘われるように深い眠りの世界へと舞い戻った。


 俺が本格的に活動を再開したのは、さらに丸一日寝込んだ翌日の昼間になってからだった。メイドさんの治療のおかげで、少々激しく動いても、痛みを感じない程度まで傷は癒えていた。歩くのに不自由がなくなったため、俺は同じく寝たきりになっているルネを見舞った。


 ルネはベッドで寝ていた。というより、寝ている姿勢で機能を停止しているという表現の方がしっくりくるかな。寝息があまりにもかすかなため、息をしているのかさえ不安になり、彼女の唇付近まで耳を近付けたほどだった。


「……心配ないか」


 弱々しいながらも、しっかりと呼吸していることを確認した上で、ルネに目線を合わせるように屈みこむ。


 魂が抜かれたというメイドさんの話を思い出す。呼吸というのは、魂がなくても肉体が勝手に行うものなのだろうか。鼻とかつまんだら、眉間にしわを寄せて嫌そうな顔になったりするんだろうか。


「ん?」


 試しにイタズラでもしてみようかと冗談で考えていると、ルネの横で、ベッドが不自然に盛り上がっているのが分かった。めくってみると、シロが出てきた。


「何をしているんだ、お前は」


「お昼寝だよ!」


 そんなことは見れば分かる。俺が聞きたいのは、どうして人のベッドに潜り込んでいたのかということだ。


「育ちざかりだからね! 私は寝ることも仕事の内なのさ! 『寝る子は育つ』だよ!」


 ルネの豊満な胸をボンボンと揺らしている。成る程、底を枕にして寝ると気持ちが良いから、夜這いまがいのことをしたと。


「そう言うお兄ちゃんがここに何をしに来たのかは、敢えて聞かないでおいてあげるよ!」


 私は理解があるみたいな得意顔でにんまりしているシロを見ると、やたら腹が立つな。少なくともこいつが俺のことをいやらしい意味で誤解しているのは間違いない。


「俺の名誉のために断っておくが、決して寝ているルネに何かしようというつもりはないぞ。純粋に心配だから、様子を見に来ただけのことだ」


「ふっふっふ! 必死にならなくても、私は何でもお見通しだから、心配しなくていいって!」


 まだにやけているところを見ると、シロの誤解は解けていないようだ。力ずくでも身の潔白を証明したいところだが、だんだん不毛に思えてきたので、もう好きに考えさせておくことにした。


「なあ、話は変わるが、ルネの魂って、まだシャロンの城にあるのか?」


「消滅していなければね! 身体の方は無事だから、魂さえあれば、すぐに元通りだよ!」


 つまり万が一にも魂が消滅していれば、ルネの意識が戻ることは二度とないということか。不安を掻き立ててくれる。


 本音を言うと、すぐにでもシャロンの城にもう一度殴りこんで、ルネの魂を奪還してやりたい。


 だが、それは俺の力では敵わないことだ。いくら主を失って意気消沈しているとは言っても、俺が独りで手に負える連中ではない。そもそも俺は、人間の分際でシャロンを殺した憎い裏切り者なのだ。捕まったら、どういう拷問が待っているか、想像しただけでもおぞましい。


 聞けば、魔王はもうあの国を攻める気はないらしく、向こうも後継者探しでゴタゴタしているので仇討どころではないだろう。このまま待っていても、魔王軍が再びあの国へ乗り込む展開は期待出来ない。そうなると、頼みの綱は……。


「おっと! もうこんな時間だ! 仕事に戻らないと! お昼寝タイムは終了だよ!」


 口を開こうとした矢先に、シロが立ち上がって、回転ジャンプをしながらベッドから着地した。こいつも暇じゃないのか。


「仕事って?」


「敵がいなくなって、また魔王様が暇になっちゃったからね! お兄ちゃんも参加した宝探しを再開するんだよ!」


 あの賞金を血眼になって探すゲームね。欲に駆られて駆けずり回った日々が、もうずいぶんと昔のように思えるよ。


「そういう訳だから! じゃあの! 二人きりになるからって、ルネに変なことをしちゃメッだよっ!」


「やらねえよ」


 シロは元気に部屋を飛び出していった。頼みの綱も、忙しそうにしているな。


「なあ、どうすれば、お前を助けてあげられるのかな」


 椅子に力なく腰掛けると、眠ったままのルネを見つめながら、返ってこない質問をした。案の定、誰からの返事もない。独り途方に暮れた。


最近あった怖い話

 スマホに見慣れない番号からの着信が。このところ、迷惑電話が多いので、それかと思って放っておいた。後日、職場の上司からのものだったと判明する……。

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