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第百八十三話 きれいなバラにある棘は、何者に突き刺さるのか

 クリアの捨て身の攻撃によって、シャロンの自慢の巨大植物を始末することに成功した。この勢いで、シャロン本体も倒してしまいたいところだったが、俺は骨折と打撲のオンパレードのため、まともに動くことも出来ない状態だった。俺の異常にクリアはすぐに気付いて、眉間にしわを寄せつつも目を伏せながら声をかけてきた。


「おっと! あんた、ちょっと見ない間に、かなり痛めつけられているじゃないかい。もう足がナメクジみたいになっているよ」


「言うな……」


 意識すると痛みが倍増するから考えないようにしているというのに、思い出させるな……!


「……立つことも難しそうだね」


「自力じゃ逃げられそうにもないな」


 もういっそ気絶でもしてくれた方が楽だ。例えその後、目が覚めることがなかったとしてもだ。


「まあ、いいや。あんた、もうグロッキーみたいだし、選手交代だよ。こっからはあたしに任せてもらおうかい」


「お前だってグロッキーだろ」


 気が遠くなりそうなので、選手として使い物にならないのは自分でも認めるが、クリアだって立つのもやっとという状態ではないか。植物の中というものも、あまり快適な環境ではなかったらしい。よくこれで立候補したと感心する。


「あたしは速攻が得意だからね。さっさと決めさせてもらうよ!」


 ドヤ顔で指を鳴らすと、それが合図だったのか、しなびた植物の体のあちこちが、マグマのようにボコボコと唸りだした。そのまま餅のように膨らんでいくのを眺めながら、クリアが小声で「やっちまいな」と口ずさんでいた。


「あらぁ!?」


 膨らんだ部分が破裂したかと思うと、液体が飛び出して、それらが全てシャロンに向かって飛び散った。


「……!」


 シャロンは華麗に後ろへ飛んだが、スカートの液がかかった部分が、ジュウと気味の良い音と共に溶けている。飛び散ったのは、酸の強い液体のようだな。


「ふ、ふふふぅ……。まあた毒かしらぁ? あなたって、それしか出来ないものねえぇ!」


「植物の中にいた時に仕込んでおいたのさ。あたしは抜け目がないからね。それより、顔色が悪いよ? さすがのあんたも、この攻撃は苦手かい?」


 シャロンから返答はない。俺もクリアも、イエスという意味で受け取った。


「……どんどん行くよ」


 再度クリアが指を鳴らす。すると、さっきよりも勢いよく、酸がシャロン目がけて、飛んでいく。この液体、不思議なことにこちら側には一滴たりとも、飛んでこないのだ。全て、狙い澄ましたようにシャロンへ飛んでいく。もし、狙ってやっているのだとしたら、クリアの技術には目を見張るものがあるな。


「あらあらぁ……。お気に入りのドレスがどんどん焼けていくわぁ……。悔しいけど、避けるのは無理みたいねぇ……」


 ため息をつくと、シャロンも指を鳴らした。主人からの指令で、既に枯れている筈の植物は、最期の力を振り絞るように地中へと消えていった。


「あらら……」


「うふふふぅ。私の手で、可愛い植物を始末させた代償は重いわよぉ。たぁっぷりと償ってもらうからねぇ」


 攻撃が不発に終わり、残念そうなクリアと対照的に、シャロンが再び不敵に微笑む。そして、これまた再度指を鳴らした。彼女の呼びかけに応じて、城壁を伝って、巨大な黄色いバラがいくつも姿を現した。


 というか、さっきから何度指が鳴らされた? もう指の鳴らしあいで勝敗を決する気じゃないかと錯覚してしまいそうになるよ。


「その肉ったらしい顔を、バラの棘でズタズタにしてあげるわぁ……」


「なっ!? このあたしの美しい顔と肌をズタズタにするですってえ~!!」


「……お前のどこに、美しいパーツがあるんだよ」


 愚痴はともかく、ただでさえグチャグチャになっている俺の体を切り裂かれたら、中身がゼリーの如くドロリと流れ出してきそうで嫌。


 気が付くと、クリアが俺の方をちらちらと盗み見してきている。あ、こいつ、俺のことを盾にする気だと、何となく分かってしまった。


「なあ、宇喜多……」


「俺のことを盾にする気だろ? 絶対に嫌だからな」


「ギクリ」


 図星かよ。本当にこいつ、ろくなことを考えないな。


「あ、ほら。あんただって、あたしのきれいな体が傷物になっちまうのは嫌だろ?」


「いや、きれいじゃないから。それ、ただの自惚れだから」


「ムキ~!! 女性に対して、失礼な口を利くね。もう怒った! 絶対に人間の盾にしてやるんだからねっ!」


「わ~、やめろ~~!!」


 俺とクリアがみっともなく口論をしている横で、シャロンがバラたちに飛びかかるように指示を出していた。


「喧嘩している場合じゃないわよぉ。あ、でもぉ、あの世でだったら、好きなだけイチャイチャしても大丈夫ねぇ」


「ふっざけんな! 誰がこいつとイチャイチャなんかするか! おい、俺を盾にするなああ!!」


 バラの棘が、幾重にも俺とクリアを取り囲んだ。


「人間の盾なんて、無意味よぉ。一緒に縛ってあげるんだからぁん。でも、安心なさい。ルネちゃんだけは、無傷でコレクションに戻してあげるからぁ」


「あ、ははは! 良かったな、宇喜多。ルネちゃんは無事保護されるってよ」


「嬉しくねえよ。俺も生き残りてえよ!!」


 俺の絶叫を愉しむように、棘が急速に狭まってくる。俺の目には、バラの棘がチェーンソーに見えるよ……。




 カッ……!!




 万事休すかと思われた時、空から火球が降り注いできた。それら一つ一つが黄色いバラにクリーンヒットしていく。花の部分が本体だったらしく、狭まってきていた棘は、ピタリと静止した。突然の火球の雨に、俺はもちろん、クリアもシャロンでさえも呆然としている。


「……ヒュー」


 壮大な火柱を立てて燃えているバラの群れを、呆けたように見つめる。


「今の火球……、偶然の産物じゃないよな」


「まさか! いくら異世界といったって、雨の代わりに火球が降ることなんて、ありゃしないさ」


「ふふん! どうやら時間をかけ過ぎたようねぇん」


 だんだん状況がつかめてきた。俺の知り合いに、火球の使い手がいる。そいつが来たという判断で良いんだよな?


「そこまでだよ!!」


 気合のこもった声と共に、シロが降ってきた。いや、シロだけじゃない! 屈強なオークが二体と、メイドさんと、城ケ崎も一緒だった。


「お兄ちゃん、助けに来たよ! まだ生きているね!!」


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