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第百八十話 捕食の時間

 長いこと、上手に隠れていたのに、ガチョウくんのせいで水の泡になってしまった。俺たちが隠れているところだけを崩すという、いらない演出に涙が出そうだ。


「助けに来たぜ、兄弟……」


「どうも……」


 じゃあ、早速助けてくれよ。もう一回シャロンの視界から消してくれるだけで満足だから。


「おい……、いざとなったら、このガチョウを囮にして逃げるよ、お兄ちゃん……」


 クリアがガチョウくんに聞こえないように小声で外道なことを耳打ちしてきた。こいつなりに、ガチョウくんがシャロンに勝てないと見切りをつけたらしい。いざとなったら、この薄情な女を盾にしようと密かに思い、同調を装って首を縦に振った。ていうか、人をお兄ちゃん呼ばわりするな。お前から言われると、背筋がカチ~ンと凍りそうなくらいに寒くなるんだよ。


 などと考えている間に、ガチョウくんは立ち上がって、再度シャロンに突撃した。そして、再び元の位置に飛ばされてきた。この流れ、地味に急だったりする。


「む!?」


 気が付くと、クリアの姿がない。あの女……、タイミングを見計らって、自分一人だけとんずらしやがったな。ガチョウくんと一緒に、俺とルネまで囮にするとは、どこまで薄情な女なんだ。


「うふふふうう~。調子が良いわあぁ~。きっとルネちゃんを見つけたからね~!」


 何だ、その理屈は。しかも、感動のあまり、よだれをダラダラと垂れ流している始末だ。お上品な王女様としては、わざとらしくても涙ぐんでおくべきだと思うが、相手が相手だしな。


「追いつめられているな」


 妙に冷静な言葉が、自然に出てきた。今、出てきてほしいのは、対抗策の方だというのに。


「落ち着け、兄弟。あの女の目当ては、あくまでお前の腕の中の眠り姫だ。そいつを離せば……」


「アホかっ!」


 何のために、俺がここまで必死こいてやってきたと思ってんだ。ガチョウくんも、人を蹴落とすことに容赦しないタイプ!? こんなやつを一時でも助っ人として期待した俺が馬鹿だったよ。ていうか、こいつも他人を盾にするのに躊躇しないタイプか!


 短い時間の間に、縦続けに汚い部分を見せつけられたことで、こうなったら俺が一念発起するしかないという結論を抱かせた。


「この変態女が! 俺のルネに……、触るんじゃねえ!!」


 目と鼻の先までにじり寄ってきていたシャロンを思い切って蹴とばした。ここまで逃走一本で頑張ってきた俺にしては、ずいぶん大胆な行動に出たものと我ながら感心する。


「おほっ、良い蹴り!」


 ガチョウくんから、歓声が沸き上がる。俺はルネから褒められないと嬉しくないがね。だが、ルネのことで頭がいっぱいのシャロンは、蹴られた際に転倒し、尻を強打したのに堪えていない様子だ。


「うふふふ、ルネちゃん❤」


 相変わらずシャロンは、ルネに釘付けの様子。俺の蹴りを食らって尚、視線をずらさないとは。てっきり睨まれて掴みかかってくると覚悟していたが予想と違うなと思っていたら、待望通りとでもいうか思い切り睨まれた。ひとしきりルネを感慨深げに眺めた後で、憎悪に染め直した瞳で俺を射るように睨んできたのだ。


「そう……。やはりあなたがルネちゃんを連れ去っていたのね……。本当に悪い子だわ。手痛いお仕置きが必要のようね」


「そのセリフ……、どう考えても、俺の方が吐くべきセリフだよな……」


 自分のことを善人とは思っていないが、悪人に悪人みたいな言われ方をされるのは心外だ。


「ふふふ~ん! ただのネズミのくせに、お痛が過ぎるわよぉ? 隠れるしか能がないのに、私からルネちゃんを奪おうなんて、ルネちゃんが生きている間、片時も許さないのだからあぁ!」


「ネズミはお前だろうがああ!!」


 このメンヘラめ! 頭がきたから、もう一度蹴ってやると前に出たが、さすがに奇跡は二度も起きず、今度は返り討ちに遭って吹き飛ばされた。だが、ルネは離さない。しっかりと抱きかかえている。一緒に飛ばされることになるので、彼女には迷惑だろうが、シャロンの魔の手から守るためには仕方がない。俺は試合で負けても、勝負では勝つ男なのだ!


「……あらあ、今気付いたけど、私のお城、かなりボーボーと燃えているじゃない。体を温めてくれる火は嫌いじゃないけど、屋根がなくなるのは嫌あねえ」


 夢の国のジェットコースター三個分くらいの巨大植物を発生させると、瞬く間に城を包ませた。次の瞬間、あんなに勢いよく燃えていた火が、一気に鎮められてしまった。どんな理屈だよ。相変わらず無駄にスケールのでかい技を繰り出してくれる。


「あらまあ。消化のついでにこんなおまけまでくっ付いてきたわあ♪」


「……」


「クリア……」


 逃げた筈のクリアが巨大植物に右足を掴まれて、逆さ吊りの体勢で再登場した。鎮火だけでなく、ネズミの捕獲まで同時にこなすとは、巨体に似合わず有能なことで。とりあえず捕らわれのクリアは注意して見なければ。でないと、見たくもないスカートの中を目にすることになる。


 まあ、とにかくクリアが囮を務めている間に逃げるか。俺を囮にしようとしたんだから、これでおあいこ。文句もあるまい。


「ああああああ!! 宇喜多、さては私を囮にして逃げる気だな!? 白状者ぉ~! それでも男か~~!」


 あるのかよ……。自分のしたことは物の見事に棚上げしているし、たいした図太さだ。ちなみにこの間、ガチョウくんは十回くらい突撃して、その度に派手に吹き飛ばされている。回数が多いので、そろそろ数えるのも億劫になってきた。


「うわ~~ん! こんなところで終わるなんてごめんだよ。玉の輿に乗って、夫を馬車馬のようにこき使って、贅沢三昧に余生を過ごす夢だって、まだ叶えていないんだよぉ~~!!」


 そんな特権階級且つ独身男性に迷惑な夢は、お前の命と共に爆ぜ散らせてしまえ。


「そうねぇえ……」


「へ?」


「あなた……、今まで歯牙にもかけてこなかったけど、改めて見返すと、結構私好みねええ」


「ひっ……!」


 相手は同性だが、玉の輿に乗れそうなのに、クリアは悲鳴を上げた。いろんな意味で身の危険を感じたとみた。パニックに陥って、私なんか食べても美味しくないとお決まりの文句で命乞いするが、シャロンの頬は上気しっ放しだ。


「美味しくないとか、不味いとか……、それは実際に食してから判断を下すことよお? 塾猫ちゃん❤」


「せ、せめて、そこは子猫ちゃんで……! って、宇喜多あああああ!!!!」


 クリアが涙目で俺を凝視してきた。助けてくれと懇願しているのだろう。俺を見捨てておいて、ずいぶんなやつだと思うが、そういうことを恥とも思わない女であることはとっくに理解している。


「あ……」


 クリアが本当に食べられてしまった。いや、シャロンにではなく、やつが呼び出した巨大植物に。飲み込まれたと表現した方が的確かね。


Am〇z〇nから届いた荷物を確認していたら、商品の数が合わない。

不手際かと思っていたら、段ボールが二重底になっていて、そこに残りの荷物が。ヒヤリとする演出をしてくれる……。

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