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第百七十八話 緑の息遣い

 炎のせいで、気温がすごいことになっているな。全身から汗が噴き出してくるのは、走り回っているせいだけではあるまい。


 地獄の炎が地表を突き破って出てきたような勢いだ。攻め込まれることも想定して、それなりに強固に造っている筈の城も、火に包まれようとしている。


「火事の時はさっさと建物から避難するために、入り口に向かうのが鉄則じゃありませんでしたっけ~?」


「馬鹿を言うんじゃないよ。入り口付近なんて、戦闘の真っただ中さ。私たち賊は、たちどころに串刺し刑にされて終いだよ」


 口では心配事を呟きつつも、内心では再建不能なまでにもっと崩れてしまえと不謹慎な願いで、内心爆笑する。それで罰が当たったのか、俺の目の前の床がぽっかりと陥没してしまった。


「おわっ!?」


 既に足を下ろし始めていたが、まだ体の重心をかける前だったので、直前で進路を変えて、落下は回避した。


「危ないな……。足を踏み外したら、どうするんだ? もう少し周りへの被害を考慮した上で暴れまわってほしいよ……」


 周りへの被害を考慮するくらいなら、最初から暴れまわったりはしないだろう。我ながらしょうもないツッコみを漏らしつつ、全力疾走は続く。


「むしろ穴に落ちていた方が、魔王たちとさっさと合流出来たりしてね」


「もしマジで提案しているのなら、お前が落ちて確かめてみてもらっていいか? 生憎と俺は両手に花を担いでいて、身が重いんだ」


 意外に的確なツッコみが悔しかったので、反撃に出たが、クリアのやつめ。俺から視線をそらして、白々しくも唇なんか吹いていやがる。この非常時にふざけたやつ。


 魔王連中が派手にやってくれているおかげで、隠れる場所には事欠かないな。上手く隠れすぎて、存在に気付かれないまま、魔王たちに瓦礫ごと滅されないかどうかが心配になるくらいに豊富だ。


 はあ、はあ……。


 潜伏場所という単語が頭に浮かんだ途端に、急に息が上がってきた。ここまで警戒に走ってきたのに、集中の糸が切れたか。


 多少自慢も入るが、結構走った。ちょっとオーバーに申告するのなら、十キロは走った。今の俺なら、オリンピックに出て金メダルを狙うことも出来たね。再度隠れる前に、万全を期すために後ろを振り返って、シャロンがつけてきていないことを確認。よし、誰もいない。シャロンどころか、誰もいない。


 クリアと目配せして、サッと物陰に潜む。


 展開としてベストだったのは、逃げている途中で魔王とばったり再会することだったが、そこまで現実は甘くなかった。残念でならないが、シャロンの手下の中で、腕の立つ猛者と遭遇しなかっただけでも儲けものと満足しておこう。


 物陰に隠れたのと同時に、呼吸以外で動くことを止めた。足音が立つことも構わずに、一心不乱に爆走していたさっきまでとは対照的だ。


 さっきは魔王が侵攻してきたことで、緊張の糸が緩んでしまい、直前までシャロンの接近に気付かないというミスを犯してしまった。なので、今回は基本に戻って、しっかりと息を潜めて、周囲への警戒を怠らずに実施する。


 シャロンからしてみれば、せっかく俺たちを見つけたのに、みすみす捕まえるチャンスを逃したという訳だ。もう油断することは絶対にない。いかにシャロンといえども、もう見つけることは出来やしない。


 そう高を括っていたのだが、まさかの事態は再び起こることになった。


 隠れて間もなくすると、シャロンがふらついた足取りでやってくると、また俺たちから数十メートル離れたところで止まったのだ。


 嘘だろ……。心拍数が跳ね上がって、呼吸が荒くなる。


 見間違いで済ませたかったが、何度見返しても、さっきと同じように、こちらの目と鼻の先できょろきょろとルネを連呼している。


 シャロンが俺たちを見つけているのか、それとも偶然か。密かに考えていたことだが、二度も偶然は起きない。やつが何らかの方法で俺たちの場所を特定してきているのは間違いない。


 もう観念して迎え撃つ……。ありえん! 以前、シャロンから受けた苦痛を忘れたのか? あの窒息プレイを再体験するなど冗談ではない。ネタは不明だが、大体の場所までは特定出来ても、詳細までは掴めないらしい。それならば気が気でないものの、このまま潜伏を続けさせてもらうだけだ。魔物が助けに来てくれるまで、もうどこにも行かない。


「私の可愛いルネちゃん? どこなの~?」


 どこにいるのかと、壊れたレコーダーのように同じセリフを連呼している。不可解なのは、探す素振りを見せないことだ。俺にしてみればありがたいことだが、どうして物陰の隅などを確認しようともしないのか。


「おい……、あんたのズボンのポケットが怪しい動きをしているよ」


「ほえ?」


 消え入りそうな声で、クリアから忠告される。見てみると、確かにうにょうにょと不規則に波打っているではないか。


 シャロンのことだけで手一杯なのに、別のトラブルは勘弁願いたいのにと、心中で愚痴りながらも、手を突っ込んでまさぐってみる。出てきたのは、さっきルネの胸元から引っ張り出したツタだった。


 ポケットに入れた時点では、確かに枯れていた筈だ。なのに、どういうことか持ち直している。だが、カサカサの土気色にしなびた後で、植物が復活する現象など、耳にしたことはない。


 不思議に思って見つめていると、心なしかツタの先端が俺を向いた。というかツタが伸びてきている。どうも俺を目指しているようだ。


 薄気味悪くなってきてしまい、反射的にツタを通路に投げ捨ててしまった。


「ルネちゃん!! 見つけたわぁ~♪」


「!!」


 ツタを捨てたと同時に、同じセリフばかりだったシャロンが、歓喜の声を上げた。見つかったかと観念しかけたが、そうではなかった。


 物陰から確認すると、何を血迷ったのか、投げ捨てたツタに満面の笑みで反応しているシャロンの顔があった。だが、その笑顔はすぐに凍りつく。


「違うわ……。ルネちゃんじゃない……」


 よりによって、ツタとルネを間違えるなんて……。恥ずかしい勘違いに、シャロンもだんだんイライラが募ってきたようだ。


「どコなのぉ……? るネチャん~~」


「?」


 いや、気を悪くしているというよりは、発音が心許なくなってきた……?


同僚から聞いた話なんですが、私の職場。出るらしいです。お化けが……。

誰もいないのに、女性の声を聴いたり、手が出てくるのを見たりした人もいるんですが、残念なことに私はまだ経験していません。このまま働いていたら、いつか遭遇することになるんでしょうか?

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