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第百七十七話 フクロウの瞳が映すオレンジ

 今まで厄介な存在だった城の兵士たちを、攻め込んできた魔王とその手下たちが駆逐してくれている。


 人間が悲鳴を上げて逃げ回り、魔物が蹂躙していく様を目にして、安堵するというのも妙な感覚だが、脅威がなくなっていっているのは事実だった。


 自分は何もしなくても、隠れてジッとしているだけで事が済んでいく。主人公にはなれないが、勇者に憧れる歳でもないので、思うことはない。もうモブでもいいので、このまま俺とルネが無事なままで終わってほしいというのが、俺の全身全霊の願いなのだ。


 窓の外を見ると、城に隣接するように建てられた樹にフクロウが止まっているのが見えた。俺が見る前からこちらを見ていたのか、俺と目が合った。チャーミングでつぶらな瞳をしていやがる。


 俺は鳥とコミュニケーションなんか取れない。向こうは無表情にしか見えないが、少なくとも俺のメイドと違って瞳から生命力を感じた。


 しばらく見つめ合っていると、フクロウの止まっていた樹が炎上した。自然に発火したとも思えないから、何者かの故意によるものだろう。フクロウは焼け落ちる樹から間一髪飛び立つと、そのままどこかへと飛び去ってしまった。


「ひどいことをするな……」


 悲鳴と震動が下から聞こえてくるだけだったのが、ついに火の手まで視認出来るようになってきた。この調子だと、もしかしたら城に火がつけられているのかもしれない。落城もいよいよ現実味を帯びてきたか。


「心なしか揺れも激しくなってきたな」


「人々の絶叫もね」


 よく考えたら城が炎に包まれたら、俺たちも絶叫することになるんだよな。む? 魔物の雄たけびがよりいっそう鮮明に聞こえるようになった。


「いよいよ場内になだれ込んできたね。自分の目で確認しなくても、喧騒と震動で分かるから、ありがたいよ」


 耳をそばだてなくても、悲鳴は押し売りのように聞こえてくる。悲鳴を上げているのは、兵士ではなさそうだ。この城には、非戦闘員も多いのだから、突然戦場になれば、悲鳴の一つも上げたくなるか。


 せめてルネも怖がるくらいの反応は見せてくれてもいいんだがね。決して怖がらせて楽しませるような趣味はないが、今は望んでしまう。


「ルネちゃんのことが心配なのかい? 心配するなって、魔王んとこで診療を受ければ、すぐに元通りさ。なんたって、あそこにはあらゆる方面のエキスパートが集っているんだからね」


「診療かあ……」


 そういえば診療ってどうするんだろう。魔王軍で医療に従事しているやつといったら……。


 頭に浮かんだのは、鶏頭のやぶ医者だ。あいつにルネを預けるのか……。味方の筈なのに、シャロンに拉致される以上に嫌なものがあるな。魔王軍は規模も大きいから、あいつ以外でも医者はいると思うから、そっちに頼むことは出来ないかねえ。どうも診療を受けさせる方が不安だ。


 当初の予定では、ルネを涙ながらの救出で奪還した後は、感動のエンディングに突入する筈だったのに、思わぬ延長戦を宣告された気分だ。展開次第では、またここに戻って来ることになる危険だって考えられるんだよな。


 つくづく不憫な子だよ。悪いことをしていないのに、シャロンみたいな悪女に見初められたばっかりに、こんな目に遭わされるんだからな。


 同情の眼差しでルネをしばし見つめる。


「ん?」


 ふと目をやると、ルネの胸元から植物のツタが顔を出しているのに気付いた。どうしようかしばし考えた末に引き抜くことにした。


 自慢ではないが俺も良い歳をした大人なので、女性との経験は人並みにはある。今更女性の体を触ったくらいで鼻血を出すほど純情でもない。


 面識もない女性にいきなりやったらセクハラ決定だが、相手は俺の可愛いメイド。免罪符のように脳内で連呼しながら、且つクリアの視線に細心の注意を払いつつ、ルネの胸元に手を突っ込んだ。


 言葉で表現出来ない柔らかな至福の電流が全身を駆け巡る中、ツタを引き抜く。


 ツタを繁々と見つめると、もうカサカサに乾いているのに、先端が弱々しく動いていた。


 その先端だが、俺の方を向いたと思うと、背伸びするようなしぐさをした後、ピクリとも動かなくなった。植物の息の根が止まったんだと、なんとなく分かった。


「人が目を離している隙に、何を欲情しているんだい? というか、手に持っているそれは何だい?」


 いつの間にか俺の様子を伺っていたクリアが身を乗り出して聞いてくる。自分の行動が見られていたことで恥ずかしくなり赤面したが、ツタのことを話した。


「お前さ。これのことは知らないか。ただの植物とは思えないんだが」


「あたしは毒専門だよ。植物の種類なんて知らないけど、シャロンの物で間違いなさそうだねえ」


 そんなことは知っている。俺が聞きたいのは、シャロンがこのツタを使っているところを見たことがないかということだ。ひょっとすると、ルネが呆けた状態なのと関係があるかもしれないではないか。


 何かの手掛かりになると思い、すっかり生気をなくしているツタは捨てずにポケットに入れた。決してルネの胸元に詰まっていたから、記念にしようという邪念は含まれていない。


「私の可愛いルネちゃん? どこなの~?」


 普通にビクッと体が反応してしまった。いきなり数十メートルの近距離から、シャロンの声がしてきたからだ。


 そっと顔を出して確認すると、シャロンがこっちに向かって歩いてくるところだった。


 シャロン!? くそ! いくらツタに気を取られていたからって、こんなに接近されるまで気が付かないなんて……!


 幸いまだ俺たちには気付いていないのか、あちこちをきょろきょろと見渡しながら、ルネがどこにいるのか探しているくせに、俺たちの前でピタリと止まって、動かなくなった。


「私の可愛いルネちゃん? どこなの~?」


 悪ふざけだろうか。俺たちが隠れていることを知っているくせに、まだきょろきょろと見渡しながら、ルネはどこを繰り返している。


 新手の嫌がらせだろうか。シャロンの登場で、何かしら変化がみられるかと思われたルネも、相変わらず呆けたまま。一体何がどうなっているやら。


「ねえ、ひょっとして本気で気付いていないんじゃないのかい?」


「それなら、この場所を離れない理由はどう説明するんだ?」


 クリアとひそひそと小声で言い争っていると、窓の枠にフクロウが一羽止まった。さっき焼け落ちる樹から飛び去ったやつが戻ってきたのだ。


「あ、フクロウ……」


 首を動かすのを止めて、シャロンがフクロウを凝視する。


 直観的に今がチャンスだと踏んだ俺はルネを背負うと、クリアに逃げるぞと目配せした。したのだが、あのしっかり者め……。ちゃっかり一足先に走り出してやがった……。


 全速力で走りながらも、何度か振り返って、シャロンが追ってこないか確認した。やつは窓の外をぼんやりと見つめたまま微動だにしない。やはり俺たちに気付いてなかったのではないかと思ってしまいそうなほどに無防備な姿だ。


最近、ファーストフードのハンバーガーにはまっています。特に期間限定ものに弱いみたいです。

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