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第百七十五話 次第に賑やかになるお城と心

 異世界に来てから、どれくらいの時間が流れただろうか。そんなに経っていない筈なのに、いろいろなことを経験したせいか、一年はいるような錯覚さえ覚えてしまう。


 何度も命の危機に晒されながらも、前に進んできたのは、全てこの瞬間のためだった。


 そう……、ルネとの再会だ。


「は、ははは……! 辿り着いた……。辿り着いてやったぞ……!」


 再会が近いことは予想していたので、心の準備に怠りはなかったが、実際に目の当たりにすると心臓がドクンと跳ねて狼狽してしまった。つい裏声が漏れてしまい、敵地のど真ん中だというのに、顔がほころんでしまう。


 ようやく訪れた街に待った瞬間に、小躍りしてしまいそうになるが、まだ手放しで喜ぶのは早いと、自分を戒める。


 いや、待て……。罠の可能性もある。落ち着け……!


 ルネが本物かどうかを確かめるために、今すぐにでもここを飛び出していきたいところだが、まだアルルが室内にいる。やつがどこかに行ってくれないことには、お預けを食らったままだ。


「くそ! とっとと他の部屋に行けよ。どうしてこの部屋に限って、立ち止まっているんだよ。ルネのことが嫌いなんだろ? 嫌いな相手の顔を見つめてどうするっていうんだよ!?」


「声、でかいよ……」


 潜んでいるにも関わらず、声が大きくなっていたようで、隣のクリアから窘められてしまった。


「なんか……、誰かからとっとと移動するように促されているような気がするよ……! 言われなくても、もう移動するけど、意地悪して用もないのにこの部屋に留まってやりたい欲求に駆られるね……!」


 こちらの存在はアルルには気付かれていないが、無言の圧力は感じ取ったらしく、全くの勘で、今一番やってほしくないことを察知しやがった。この幼女、馬鹿なのか、出来る子なのか、未だ掴めない。


「まあ、いっか……! 早くシャロン様に会いたいし、この女と二人きりは嫌だし……!」


 追跡者の存在に気付きかけながらも、肝心なところで詰めの甘いアルルは、室内を隈なく探そうともせずに、次の部屋へと移動していってしまった。防犯上問題のある行動だが、命拾いした俺からすれば、グッジョブなことだ。


 邪魔者がいなくなったので、物陰から悠々と顔を出すと、ルネの元へ急いだ。


 目を閉じているルネの顔をジッと見つめて、本物であることを確認すると、すぐに起こしにかかった。一刻も早く、潤んだ瞳で、ご主人様と呼んでほしかったのだ。……いや、決して変な意味などではなくだ。


「おい、ルネ! 俺だ! 起きろ!!」


 ルネの快眠を邪魔するのは本意ではないが、寝ている場合ではない。耳元で話しかけて、体を揺するが、目蓋は閉じたままだ。もう少し強めにいくかと思ったところで、遅れてきたクリアに止められた。


「ていうか、起こすんじゃないよ。目覚めと同時に悲鳴を上げられたらどうするんだい。敵がこの部屋になだれ込むよ!」


「う……」


 早くルネとお話したり、イチャイチャしたりしたい欲求に駆られるが、敵に見つかるのは簡便なので、渋々自重することにした。


「起こすのは、城から出た後だよ。追っ手の心配をせずに済んで、思いっ切り再会の喜びに浸れる場所まで逃げてからさ。ただし、イチャイチャは禁止な!」


「……了解」


 さりげなくイチャイチャすることまで禁止されてしまった。不本意だが、了承せざるを得ない。


 残念がる俺をよそに、クリアは難しい顔で窓の外から外の様子を伺っていた。


「下がだいぶ騒がしくなってきたね。ひょっとしてシロちゃんたちに何かあったのかねえ……」


 道中ではぐれた城ケ崎とシロ。二人のことは心配だが、今はルネの安全を確保しなければ。


 別行動の二人の無事を祈りつつも、逃げる覚悟を決める。クリアも、心配するようなセリフを吐いておきながら、真っ直ぐに脱出することに意義はない様だ。


 下から雄たけびが上がった。だんだん激しくなってきている。あの喧騒の中を、ルネを担いで見つからないように走る訳か……。


 面白い! 向こうも必死に追いかけてくるだろうが、そんなものは振り切ってやる。気合を入れると、ルネをおんぶした。クリアに目配せすると、彼女も無言で頷いた。


 敵が気付くまでどれだけの距離を稼げるかが勝負だな。目を閉じて深呼吸すると、短い精神集中の後に駆け出した。




 ルネを抱えての脱出。一気に城の外まで走り去るつもりだったが、三階まで降りてきたところで小休止が必要な状態になってしまった。


 体がなまっているのは自覚していたが、こんなにも早く息が切れてくるなんて。日ごろの運動不足がもろに出てしまった。自分の持久力のなさが憎い。


「はあ、はあ……。悪い、ちょっと……、休憩………」


「仕方ないねえ。まあ、そのお姫様も、重そうなものを二つぶら下げているから、疲れるのも早くなっちまうのは分かるよ」


 あっという間にばてた俺を、いつもの調子で情けないと罵倒しようとした後で、顔色を変えて慰めてきてくれたクリア。大方、強く責めたら、代わりにルネを持たされるとでも思ったのだろう。


 わずかな休憩を挟んで、すぐに再出発。道は分かっているので、迷うことはなかったが、疲れているせいで長く感じてしまう。


「道が分かっているから、脱出は楽だと踏んでいたが、意外にそうでもないな」


 おまけに兵士と何度も廊下でお見合いしそうになっていた。俺たちを探そうと血眼になっている彼らは、今やどんな悪霊よりも怖かった。


「当り前さ。そう簡単に、賊を逃がしたら、シャロンに何を言われるか分かった物じゃないからね」


「それは分かる……。うわっ!」


 話しながら走っていたら、抱えているルネを壁のでっぱりにぶつけてしまった。実を言うと、さっきから何回かぶつけているのだ。


「ああ、もう! さっきから何べんぶつけているんだい。自分がぶつかるならいざ知らず、救出したお姫様を……。本当、ぼんくらな勇者様だねえ!」


「し、仕方ないだろ! こういうのに慣れていないんだから! って、うおっ!?」


 話している間にまたぶつけてしまった。クリアの俺を見る目がさらに冷たくなる。だんだん言い訳するのもきつくなってきたし……。


「全く……、こんな調子じゃ、お姫様が起きちまうよ……。あ……!」


 頭を抱えて愚痴を連発していたクリアが、俺の後頭部付近を凝視したまま固まった。悪寒が走ったので振り返ってみると、目をパチリと開けたルネとご対面した。


「あ……!」


 やってしまった。起こしてはいけないと肝に銘じていたのに、自分のミスで起こしてしまった。すぐばてる上に、女の子を丁重に運ぶことにも失敗。闘争を開始してからというもの、良いとこなしだな。


「悪い……。起こしちゃったか?」


 再会したばかりの時は散々起こそうとしていたくせに、いざ起きたら、言葉に詰まって思わず謝ってしまった。一部始終を見ていたクリアの冷めた視線が、背中に音もなく突き刺さるのを感じる。


「……」


 個人的には瞳を潤ませて、ご主人様と泣きついてくる展開を期待していたのだが、ルネはきょとんとして黙ったままだった。


最高気温が三十度を下回る日が増えてきました。サブタイトルとかける訳じゃありませんが、暑いのが苦手な私の心は次第に穏やかになりつつあります。

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