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第百七十四話 主人より先に寝るメイドの鑑

前回までシロや城ケ崎視点で話を進めていましたが、今回からまた主人公視点でいかせていただきます。だいぶ間が空いたので、主人公が誰か忘れられていないことを切に願っています。

 前回、魔王に率いられているメイドさんの大活躍で、最近の最高気温並みに暑苦しい近衛兵のおっさんを撃破することに成功した訳だが、ここで話を主人公である俺サイドに戻させてもらうこととしよう。こちらの都合で誠に申し訳ないが、ほどほどにしておかないと忘れられてしまうからね。ついでに時間も一時間ばかり戻させてもらいましょう。


 さて、シロたちが暗い穴の底で交戦している間、俺とクリアの尾行作戦は大詰めを迎えていた。


 既にゼルガはアルルと別れて、どこかに消えていた。やつの行動は気になるが、脅威が減ってくれるのはありがたかった。一方で気になるのは、去り際のやつの顔だ。今にもよだれが垂れんばかりに、欲望で歪んでいたのだ。あいつがこういう顔をする時は、たいていチャンバラのチャンスが訪れていると相場が決まっている。


 時々スキップするせいで、愉快に揺れるゼルガの背中を見ながら、はぐれてしまったシロたちのことを思いやる。俺は何も出来ないが、無時でいてくれよと……。


 ゼルガがいなくなったことで、ずいぶんと尾行がしやすくなった。あいつはとにかく鼻が利くからな。いつ振り返られるのかと、気が気じゃなかったのだ。それに比べて、アルルは実戦向きではないせいか、こちらの存在が察知される危険が大幅に緩和された。そのためか、彼女との距離を狭めて尾行することが可能になった。


 尾行がずいぶん楽になったので、思わず鼻歌でも吹きそうになってしまいそうな雰囲気が弛緩する中、いよいよ探索は佳境に入った。


 進んでいる内に、内装の様子が明らかに変わった。ここに来るまでもそれなりに金のかかった飾りつけが続いていたのだが、雰囲気が違うのだ。豪華な中に、主の趣味が隠れることなく自己主張している。


 悪趣味な調度品がごろごろお目見えしてきたが、その中でも特に目を引いたのが、一部屋を覆うように敷かれたトラ柄の絨毯だ。というか、本物のトラの皮を使っているようだった。


「気持ち良さそうだね……! 今日は何回シャロン様に踏みつけてもらえたの……?」


 驚いたことに、俺が高級な絨毯に見とれている前で、アルルがその絨毯に話しかけたではないか。声をかけられた絨毯は嬉しそうに唸ると、アルルに向かってじゃれついたではないか。まるでペットが主人に甘えているようだ。


「!?」


「驚くのは自由だけど、声は出すんじゃないよ。あれ、一見すると、絨毯だけど、実はまだ生きているんだよ。アルル自慢の改造生物の一匹さ。何も知らずに、自分を踏んだ馬鹿の喉元を口ちぎるように調教されているんだよ、くわばらくわばら……」


 呆気にとられる俺に、ここに仕えていたことのあるクリアが説明してくれた。というか、そんな恐ろしい罠があるのなら、もっと早くに言ってほしいものだ。


 しかし、説明を聞いてから改めて見直しても、トラの毛皮で作った絨毯にしか見えない。とても生きているとは思えん。何も知らずに踏んでいたら、えらいことになっていたな。


 尚、この絨毯生物だが、直接踏まなければ無害らしく、すぐ横を通っても、鳴き声一つ上げなかった。頼りになるんだか、ならないんだか、何とも分からないペットだったりする。


 さすがに城の主たるシャロンの居住スペースだけあって、侵入者を惑わせる仕掛けは多かった。トラの絨毯以外で、他に印象に残ったのは、ドアに仕掛けられた罠だった。


 絨毯の部屋から二つほど先に進んだところで、アルルは次の部屋に行くために、ドアへと向かっていた。


 ドアのいたるところに宝石がちりばめられていて、無駄に神々しい光を放っている。ノブに至っては、本物の純金ではないか。汚れた手で触ったら、あっという間に指紋が浮き出てしまうことだろう。ドア一つにここまで金をかけるとは、悪趣味でしかない。


 そんな豪華絢爛なドアを無視するかのように、目もくれることなく、ドアの横の壁に手を当てた。何をしているのかと思っていた次の瞬間、壁が右方向にスライドしていくではないか。ずいぶんと手の込んだ出入り口を造るものだ。


 しかしそうなると、あの無駄に大きなドアの意味は……? ただの飾りにしては、いくらなんでも、金をかけ過ぎている。


 腑に落ちないながらも、アルルが開けっ放しにしているドアを取って次の部屋に移ると、クリアがネタばらししてくれた。


「今通り過ぎたドアだけど、何も考えないでノブを回していたら、やばかったね」


「やっぱりか」


 何らかの罠が仕掛けられていたことまでは察していたが、クリアの詳しい説明によると、ノブを回すと塩酸が勢いよく噴射する仕掛けになっていたとのこと。


「いつも似たようなことをしているんだ。同種の考えることくらい、手に取るようにお見通しさ!」


 一目見ただけで、薬品まで見抜くとは。というか、あれを設置したのが、お前だってオチはないよな?


 その後も、一見すると何の変哲もないような場所に仕掛けられている数々の罠をアルルのおかげで引っかかることなく進む。というか、シャロンの居住スペースが無駄に広い! いつになったら、主の姿を拝めるんだよ。


 なかなかゴールに辿り着かないことに対して、じれったく思う部分もあるが、尾行を選択して大正解。さっきのトラ革といい、単独で侵入していたら、今頃罠に引っかかって、城中を追い掛け回されることになっていただろう。


 哀れなのは、無意識の内に、部屋に仕掛けられた無数の罠をばらしつつ、奥へと案内してくれるアルルだ。俺たちにとってはたいへんありがたい話だが、この子はもう少し周りを見る目を養った方が良いね。


「……どうもさっきから取り返しのつかないことをやらかしている気がするよ」


 さすがに俺たちの視線を察知し出したのか、独り言をぼやくアルル。だが、全てはもう遅いのだ。


「ふむ……! あと、三つほど部屋を過ぎれば、シャロン様の寝室か……! そろそろ足音に注意しないと……!」


 そうか、もう少しでシャロンとご対面出来るのか。心の中で密かに思っていてくれるだけでも良いことを、わざわざ口にしてくれてありがとうね。


 騒々しいせいで主人であるシャロンを起こしては、後が大変なのか、足音に細心の注意を払って移動するアルル。この期に及んでも、自分の背後には注意を払わないところから、彼女の詰めの甘さが窺い知れる。


 アルルが次の部屋へと足を踏み入れる。俺たちも後を追って入ろうとするが、彼女が入り口で一時停止したため、一旦ストップ。


 もうシャロンは目と鼻の先なのに、何を立ち止まっているのかと不思議に思っていると、面白くなさそうに室内に置かれたベッドを睨んでいた。どうやらベッドで寝息を立てている何者かのことが気に食わない様子。


「……そういえば、こいつもいたんだっけね……! どうでも良い存在過ぎて、忘れていたよ……! 寝てばかりなのに、シャロン様に気に入られて……、腹立つ……!」


 ベッドで寝ている人物のことがよっぽど羨ましいらしく、頬をぷっくりと膨らませて、不満を漏らしている。


 アルルが愚痴をこぼしている姿を、子供を見守る保護者のような気分でニヤつきつつも鑑賞していたが、ふと視線をずらした俺の興味は彼女が睨んでいるベッドの人物に釘付けとなった。


 ルネ……!!


 ずっと探していた俺の天使が、そこにいた。


執筆しつつ頭に浮かんだこと。宇喜多がルネを助けるために異世界に来たという設定を、読者のみなさんは、ちゃんと覚えていてくれただろうか。……激しく不安。

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