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第百七十三話 メイドさんのスペシャルフルコース

 これまで俺たちを苦しめてきた近衛兵のおっさんが、魔王と共にやってきたうら若きメイドさんによって、ブッ飛ばされてしまっていた。魔王軍ともなると、一介のメイドさんといえども、強大な戦闘力を持つことになるものなのだろうか。


 だが、近衛兵も黙ってはいない。戦闘のプロでもある彼にとって、本来非戦闘要員である筈のメイドに後れを取ることなどあってはならないのだ。すぐさま体制を整えると、メイドさんへのリベンジを胸に突っ込んできた。


「向かってくるのなら、私ではなく、別の魔物に対して行ってほしいものですね。私には、怪我人の治療という大義があるのですから」


「抜かせえっ!」


「全く……。いきなり攻撃してきたり、正当防衛で反撃したら激昂してきたりと、やりたい放題ですね。あら? 注意して見たら、あなたもボロボロじゃないですか。手当をしてあげましょうか?」


 近衛兵が負っている傷には、メイドさんが付けた傷も含まれているのだが、そこには敢えて触れないのが、彼女流。もちろんこの優しさが、近衛兵の怒りをさらに増長させたのは言うまでもない。


「敵に情けをかける気か!? 私はそこまで落ちぶれた覚えはないぞ!!」


「違います。情けをかけているのではなく、一人のメイドとして心配をしているだけで……!」


 攻撃の速度は増したが、メイドさんは尚も一発も食らわずに躱し続けている。その光景に唖然としながらも、城ケ崎がツッコみを入れる。


「あの人に対して、優しい言葉をかける必要はないと思いますよ。どうせ聞き流すに決まっているんですから。そもそも敵なんですよ!」


「メイドの習性です。困った人を見過ごせないという一種の職業病です!」


 敵なんだから一思いにやってしまえという城ケ崎の願いも虚しく、メイドさんのドヤ顔でかき消されてしまった。


「……そんなものですか」


 人として立派なことだとは思うが、情けをかけられた形になった近衛兵は、侮辱されたと早合点して、大いにいきり立っているのが現状だったりする。しかも、それは時間の経過と共に悪化していた。


「おのれ! おのれ! おのれぇぇ~~!! どいつもこいつも私のことを馬鹿にしやがってえぇぇぇえええ!!」


「お止め下さい。あなたの腕は認めますが、そんな大ぶりでは私にヒットさせることは敵いませんよ?」


「くっ、くそっ!」


 メイドさんがその気になればいつでも倒せる状態で避けられまくっていることに、近衛兵の屈辱はついに限界へと達した。攻撃の手を止めて、持っている斧を両手に持ち、何かを念じ始めた。


「お祈り……?」


 信心の欠片もなさそうな近衛兵が祈ったところで奇跡など望むべくもないが、特殊効果は発動されるようだ。元々巨大だった近衛兵愛用の斧が、魔法でもかけられたように膨張し出したのだ。


「くくくくくく! まさかこの能力を使うことになるとはな! シャロン様より賜った、この斧には特別な力があってな。私の意のままに巨大化させることが可能なのだ」


 インパクトはあるが、この能力。斧が巨大化するにつれて、重さの方も増加していくらしい。斧を持つ手がプルプルと震えている。いくら攻撃力が増したとはいえ、こんな状態で、まともに振るうことなど出来るのだろうか。


 城ケ崎の不安をよそに、やけに自信満々の近衛兵が、攻撃を再開する。


「くたばれ、小娘えぇぇえぇぇ!!」


 威勢は良いが、斧を振りにくくなった分、明らかに不利になった……。そんな大方の予想を覆す珍事が発生した。


「!!!!」


 巨大な斧を振り回したせいで、強烈な風が発生しているのだ。分かりやすく表現するなら、巨大な団扇を連想すると良いだろう。


 斧による連続攻撃は何の問題もなく避けていたメイドさんも、巨大化した小野の巻き起こす風までは避けきれず、華奢な体は巻き上げられて、壁に叩きつけられてしまった。


「メイドさんのフットワークをもってしても、あの風は避けられないか……」


 シロを抱えて、上手く躱した城ケ崎が呟くが、近衛兵の次なるターゲットは、彼女だった。


「何を他人事のように呟いている? お前も、これから暴力的飛行を楽しむことになるのだぞ?」


「あっ……!」


 目前にそびえ立つ近衛兵の巨体を前に、城ケ崎は目を丸くした。だが、それはやつへの恐怖のためではない。やつの後ろにそびえ立つ、さらなる脅威に対してだ。


「魔王」


「何だと!?」


 ゼルガと交戦中の魔王の名が叫ばれたことに驚き、背後を振り返ろうとする近衛兵。だが、それより先に、魔王の巨大な口が、やつを丸呑みにしてしまった。


「バクン!!」


「うわ、食べちゃった……!」


 蛇が卵を丸呑みにする動画を見たことがあるが、的とはいえ人がリアルに呑み込まれるのを見るのは心臓に悪いものがあった。


 何事もなければ、魔王の胃で近衛兵が消化されて戦闘終了だが、火事場の馬鹿力で復帰に成功した。まだ活きが良かったかと残念そうな魔王。飲み込まれた時とは別の意味でグロテスクな光景にテンションの下がる城ケ崎。


「仕方ねえなああ!! 逃げられないようにボコッた後で再チャレンジするかああ!!」


 近衛兵はフラフラだというのに、情けのないセリフを吐いている辺りは、さすが魔王。潰す時には容赦がない。


「お待ちくださいませ」


「ん?」


 飛ばされた際に負ったと思われる傷口を拭いながら、メイドさんが近付いてきていた。笑顔にも声色にも変化はないが、こめかみにああ筋が浮いているのが、城ケ崎は気になった。


「魔王様、私が思うに、この食材は少々大き過ぎると思われます。ただいま私めが、丁度いい大きさにカットさせていただきます」


「ああ、頼むぜええ!!」


 食材というのは近衛兵のことだろう。敵にすら情けをかけたさっきまでとはえらい違いだ。その上、カット。何とも気になる言葉を、メイドさんは口にしたが、手にしている解体用の巨大な包丁を見れば、疑問は解決した。あと、メイドさんが小声で、「さっきのお返しもしたいですしね」と呟いたのは、気のせいで済ませることにしよう。


「うあああああああ!!!!!!」


 その後、繰り広げられる凄惨な光景を、城ケ崎が目を逸らして、耳を塞いで、情報をシャットダウンして震える。頭の中では、シロを手当てした時の慈母のようなメイドさんの微笑みがエンドレス再生中だ。


 やがて物騒な音がしなくなったかと思うと、代わりに、何かを皿に盛りつける音がヌチャヌチャと響いた。向こうでは、激しい戦闘が継続中だというのに、やけに鮮明に聞こえるのだ。


「さあ、魔王様。召し上がれ❤」


 ストレスや怒りといった負の感情を、全て発散してスッキリしたような晴れやかな声で、魔王へと食材の盛られた皿を献上するメイドさん。どこから皿を出したのかという、根本的な疑問はさておいて、澱みのない明るい声は城ケ崎の恐怖を誘った。


 待ってましたとばかりに、皿に乗った食糧に貪りつく魔王。丸呑みしているのか、咀嚼音は一切してこない。


「おおおおお!? こりゃいいやあぁぁ! 断然呑み込みやすくなったあああ!! よくやってくれたああ!!」


「お褒めにあずかり光栄ですわ」


「食べやすくなったのは、食材が動かなくなるからだと思いますよ……。ウブ!!」


 食事を美味しく摂る魔王の横で、城ケ崎は込み上げてくるものを手で抑えながら、しばらく生肉は食べられそうにないと確信していた。


 もう一つ脳裏に刻みこまれたのは、魔王軍には、決して怒らせてはならない天使がいるということだった。


そろそろ主人公に話を戻さないと……。

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