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第百七十一話 絶体絶命の中の闇

 劣勢の中でも奮闘していたシロだったが、ついに力尽きて倒れてしまった。城ケ崎が何度呼びかけても、ぐったりと気絶してしまい、反応がない状態だ。


「どうだ。お前の希望は今叩きのめしてやったぞ」


 唖然とする城ケ崎に止めを刺すかのように、近衛兵の満足そうな声が、広いとは言えない穴倉の中に響き渡った。ただでさえへこたれそうになっていた城ケ崎の精神に、この追い討ちは残酷なまでに突き刺さったのだった。


「やれやれ子供を気絶するまで殴ったことを、あそこまでドヤ顔で宣言出来るとはね。仲間とはいえ、悪い意味で尊敬するさ」


 城ケ崎とは対照的に、ミルズは冷めた目で、近衛兵を見つめていた。だが、シャロンからの評価にしか興味を示さない近衛兵は、意気揚々と城ケ崎たちのところへ進軍していく。物理的な意味で、止めを刺すために。


「む?」


 そろそろ槍を振り上げようとしたところで、背後から黒太郎により強襲を受けた。


「ふん! そういえば貴様を忘れていたわ! 黙ってばかりでは、存在感も希薄になるというものだ!」


 存在感が希薄だからといって、直前まで戦っていた相手に後ろを簡単に取られる訳がない。近衛兵のおっさんは、いかつい外見に似合わず、ひょっとしたらドジっ子属性をお持ちなのかもしれない。


「ミルズ! そっちのハエの始末はお前に一任したぞ! わしは先にこいつから潰すこととしよう!」


「勝手に決めないでほしいものだね。それより、シロたちをハエ呼ばわりしたのは、遠回しに私の愛しいペットを馬鹿にしているという解釈で構わないのかね」


 オタク並みに自分の趣味を馬鹿にされることには敏感なミルズが呟いたが、近衛兵は背を向けて、黒太郎との決戦に精を出していた。ため息をつくと、ミルズは改めて城ケ崎と向き合った。


「あの……。さっき見逃すって言っていましたよね。あれ、嘘じゃないですよね」


「嘘ではなかったんだけどね。シャロン様に報告される以上、予定を変更するしかないのさ。君だって上司から仕事を振られたら、本意でなくても首を縦に振るしかない状況があるよね? 同じことさ」


 申し訳程度に決して本意ではないと断りを入れているが、城ケ崎にとってはよろしくない予定変更には違いない。


「そんな……」


 泣きそうな顔で無意味に後ずさりをするが、そこでミルズの顔色が変わった。


「む!?」


 観念した城ケ崎の前で、ミルズが顔をしかめている。せめて一思いにやってくれと悲しい願いを胸に抱いていた城ケ崎も、様子がおかしいことに気付いて、ミルズを見た。


「君、もしやこれを狙っていたのかね」


「狙う? 何を狙うっていうんですか?」


 妙なことを聞いてくると、涙目で問いただす。城ケ崎の脳内はちんぷんかんぷんだが、それをさらにかき乱すように、地鳴りと震動が始まった。


 訳が分からずに周りをきょろきょろとせわしなく見る城ケ崎を見ながら、本当に知らないのだと確信したミルズは額に手を当てて唸った。


「ふむ……。どうやら偶然に過ぎない様だね。だとするなら、相当の強運の持ち主ということになるさ。……私はこういう奇跡の類は信じないタイプなんだがね」


 ミルズの言っていることは分からないのに、地鳴りは大きくなっていく。いやが上にも恐怖心を煽っていくが、その内に怒声まで聞こえてきた。


「誰かが……、近付いてきている……?」


 軍隊のように規律の取れたものではなく、獣を大勢走らせているだけのような、無秩序な足音の群れが、地中を掘りつつこちらに向かってきていた。


「な、何が……、起ころうとしているんです……?」


「君が怯えることはないんじゃないかね。胸に手を当てて考えてみれば、こちらに向かっている連中に心当たりがあるのを思い出す筈さ」


「心当たりって……」


 動揺する城ケ崎に、冷めた声でミルズが語りかける。最初はきょとんとしていたが、やがて城ケ崎はハッと思い出した。だんだん大きくなってくる魔物の声の数々。これはもしや……。


 それから間もなく壁を突き破って、無数の魔物たちが乱入してきた。その先頭に立っていたのは、魔王だった。


「くははははあああ! 敵陣に到着だあああ!!」


 喜びの雄たけびを上げる魔王に呼応するように、配下の魔物たちも時の声を上げた。


「ま……、ま……、魔王様!?」


 魂の抜けたような顔で自分を見る城ケ崎を、面白そうに仰ぎ見ながら、魔王は豪快に大口を開けて笑った。


「ああん!? 何だ、その面はあ! 俺様が現れたんだぞお! もっと嬉しそうにしやがれええ! ……む? よく見ると、頭数が減っているじゃねえかあああ!! いないやつは……、そうか……」


「あの! 宇喜多さん、単にはぐれただけで、死んでいませんから! 勝手に納得して、しゅんとしないでください!」


 早とちりで、人を死んだことにしようとする魔王に、慌てて城ケ崎が訂正を入れた。ナイス、城ケ崎!


「シロはグロッキーかああ! 人間相手に情けねええ! おい! 誰か手当をしてやれえあ!」


 おそらく治癒専門と思われる魔物が軍団の中から抜け出てきて、気絶しているシロの治療はもとより、城ケ崎の手当ても始めた。最初は遠慮していた城ケ崎も、ご厚意に甘えることにしたのだった。


 こんな感じで、騒がしいながらも、再会の一時を愉しんでいる中、近衛兵は憮然とした態度で睨みつけてきていた。


「魔王……。シャロン様に仇なす許し難い存在……。性懲りもなく、また攻めてきたか……」


「ああん!?」


 すかさず睨み返す魔王だったが、近衛兵のことは知らないようだ。思わず「お前、誰だ」と聞いて、魔物たちの爆笑を誘った。もちろん、近衛兵は怒りをさらに増加させた。だが、魔王にとっては暴れさせてくれるのなら、誰でもOKのようで、すぐに嬉々として臨戦態勢に入った。


「その恰好……、シャロンの手下で間違いねえなああ!! 早速立ちふさがってくれるとはご苦労なことだぜええ!!」


 魔王の背後には、優に百を超える腕自慢の魔物が控えている。それを前にしても全く怯まない近衛兵の闘争心には目を見張るものがあるが、いくらなんでもどちらが優勢かは明らかだ。魔物の中からも正気を問う声まで聞こえてくる始末だ。


 だが、そこに割って入ってくる者がいた。魔王軍と近衛兵の間に、それは華麗に上空から舞い降りてきたのだった。


「……ゼルガ!」


「やあ」


 驚きの声を上げるミルズに、再会のあいさつ代わりに、流し目を送るゼルガ。続いて、同じく唖然としている近衛兵に視線を送った。


「たくさんいるね。俺を差し置いて、独り占めしようなんてひどいや」


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