第百六十九話 加勢への条件
黒太郎と近衛兵を同時に相手しているシロは、奮闘しているものの、レベルが違うのか、かなり旗色が危うくなっていた。劣勢を覆すべく、城ケ崎が下したのは、敵であるミルズへの助力を請うことだった。
「君たちを……、助ける……?」
城ケ崎から提示されたお願いを、苦虫でも噛み潰したかのような顔で、ミルズが反芻する。
「え、ええ! 見てください。あなたの昔の仲間のシロちゃんが、ピンチですよ。ここで助けて、わだかまりを解消するというのはどうでしょうか。ついでに私も助かります」
仏頂面全開のミルズを説き伏せようと、精いっぱいの笑顔で勧誘を行う城ケ崎。気持ちはきっと当たって砕けろに違いない。
「……」
「……」
城ケ崎をジッと見つめて真意を探っているような難しい顔で睨んでいたが、考えるのに飽きたのか返事もせずに、ミルズは上空に去ろうとした。もちろん、城ケ崎に呼び止められる。
「ああっ、待ってください! 無言で去るとかナシです。せめて返事くらいはしてくださいよ」
すがりつかんばかりの慌てようで、ミルズに食い下がる。彼女も放っておけばいいのに、ため息をついて振り返った。
「……君もしつこいね」
「そりゃ……、命がかかっていますからね。必死にもなりますよ……」
「必死になるのは理解出来るが、徒労だということを理解してほしいね。シロと手を組んで、敵を撃破する方法を、頭を捻って考える方が賢明さ」
「だから……、それが出来そうにないから、こんなにお願いしているんじゃないですか……」
話し合いは平行線を辿っていて、まとまる気配がなかった。このままだと、最終的にミルズが会話を放棄して飛び去る未来を避けられない。
「やれやれだね。こんなところで油を売っていないで、一刻も早く、シャロン様の元へ戻りたいというのにさ。私もお人よしだね」
ミルズの口から漏れた、シャロンの名前を聞いて、城ケ崎の顔が引きつる。
「シャロン様、シャロン様って……。あいつのことが、そんなに大事なんですか? 仕えていても、良いことがあるようには思えませんが」
「む?」
「あの人……、あなたのことなんて、何とも思っていないですよ。いずれは仲間の一人のように、使い捨てにされるでしょうね」
アロナのことを引き合いに出して、ミルズの動揺を狙う。だが、彼女の表情に変化はない。何だ、そんなことかと、面倒くさそうに視線をずらしただけだった。
「何かと思えばそんなことかね。忠告されるまでもなく、とっくに知っているさ。おや、信じられないという顔をしているね」
「当然じゃないですか。それじゃあ、あなたは殺されることを承知で、シャロンに仕えているというんですか?」
「少し訂正がいるね。私だって、素直に殺されるのは勘弁さ。でも、シャロン様にお仕えするのは、居心地が良い場合も多いんでね。だから、いつか殺されそうになるその時まで、仕えることにしているのさ」
ミルズなりの忠誠の仕方は、城ケ崎を大いに混乱させた。ツッコみたいところは多いのに、上手く言葉に出来ないのだ。
「そういう顔で、私を見ないでほしいね。自分でも、危険な遊びをしているという自覚はあるさ。でも、この世界でも、私の趣味を理解してくれる者は少なくてね」
そう言うと、ミルズは、自分が乗っている巨大なハエに、愛おしそうに頬ずりをした。本人は、犬や猫と同じように愛情を注いでいるつもりなのだろうが、見ている城ケ崎は引いていた。
「やはり気持ち悪いかね」
自分の趣味とペットを馬鹿にされたと感じたのか、わずかに敵意を讃えた目で、ミルズが城ケ崎を睨んだ。
「私が生まれた村の連中も同じだったさ。同じ命の筈なのに、私が犬や猫と同じように、昆虫たちを愛撫するのを気味悪がっていたね」
面白くない過去を、平坦な声で語るミルズ。そりゃハエみたいな害虫まで溺愛していたら、ろくな目に遭わないだろうと、城ケ崎を内心で納得しながら耳を傾けていた。
「その中で、あの方だけは、私の趣味に理解を示してくれたのさ。誰にも理解されなかった趣味をね」
ミルズの考え方はオタクを思わせた。理解者が周囲に乏しい分、興味を示してくれた相手には、親近感を持ってしまう。それが、ミルズのシャロンへの忠誠心の原点になったのだろう。
「こんなに可愛いのに、不可解なことさ。……ねえ、もう一度チャンスをやろうか」
「え……?」
「私はね。自慢の昆虫たちを好意的に思う人間には優しいのさ。今ここで君がそれを証明してくれたら、手助けの件、考えてやらないこともないね」
「具体的には?」
半分諦めていた城ケ崎にとっては、ミルズの提案は降って湧いた巧妙だった。だが、気になるのは、どんな条件を出されるかだった。
「なあに、そんなに構えなくても大丈夫さ。今私がしたように、可愛いハエと気持ちよく頬ずりしてくれればいいだけだね」
「……」
反射的に、視線をミルズから巨大ハエへと落とした。今からこいつと……。城ケ崎が、嫌悪感が表情に出ないようにするのに、かなり神経を使ったのは言うまでもない。
だが、我慢しなければならないのは、これからだ。
「ちょっとザラザラしているかもしれないけど、そこが愛おしいのさ。さっき嫌な顔をしたことは水に流すから、一度体感してみてほしいね」
城ケ崎の心の準備を待たずに、巨大ハエが接近してきていた。城ケ崎の背中は、冷たい汗が滝のように流れていて、既に体は硬直して、軽い金縛りを起こしていた。
シロと自分の命のために、ここからは笑顔で耐えなければいけない。えずくなんてもってのほか……。
「ひい、ひい……」
「どうした!? 動きが緩慢になってきているぞ! もうギブアップか?」
「う、うるさいな! 勝負は……、これからだよ! ……って、プギャッ!!」
だんだんとシロが吹き飛ばされる回数が増えてきた。声からは覇気が明らかに失われている。
自分は戦闘に参加出来ないのだから、せめてサポートくらいはせねばと、無理やり作った笑顔で、城ケ崎は決意した。
次に投稿出来るのはいつか、だんだん自分でも分からなくなってきました。
調子が良ければ、明日に出来るかもしれません……。




