第十六話 俺の住んでいるアパートは、今夜限定でお魚天国
ある日、賞金探しをしている部屋にモンスターが出没するようになってしまった。こいつらに対抗するために、武器として野球のバッドを求めて、スポーツショップへと訪れた。そこで俺は、賞金探しのライバルである間宮を見つけることになる。
相変わらず引き締まった体格に不釣り合いな覇気のない顔をしている。そんなことはどうでもいいのだが、問題は、やつの連れだ。金髪にピアス、おまけにタトゥー。絵に描いたような不良だった。そいつは、バッドを掴むと、教師を殴ったら面白そうだとか言い出した。
「間宮さんの友人、とんでもないことを宣言していますね」
「楽しそうに話すな。あと、こっちの会話が聞こえたら面倒だから、もっと声を低くしろ」
修羅場が大好きなのか、城ケ崎が妙に生き生きとしているのが気になるが、それ以上に間宮たちのことが気にかかった。
金髪の少年は、バッドを握ったままで、間宮を見ている。どういう反応をしてくるのか探っているように見えた。ひょっとしたら、同意してもらえるのを待っているのかもしれない。それに対して、間宮は心底乗り気でない様子だ。
「止めておけよ。暴力沙汰になったら、退学じゃ済まないぞ」
「……」
金髪の少年は、間宮の助言を興味なさそうに聞き流しているようだったが、バッドを持つ手に力を入れたかと思うと、踵を返して殴りかかった。
幸い、寸止めで、バッドが間宮に激突することはなかったが、見ている俺たちの方がヒヤリとしてしまう光景だ。バッドを振り下ろされても、冷や汗一つかいていない間宮は、どれだけ神経が図太いんだよ。
「はっ……! 今更、学校に行ってどうするんだよ? もう授業なんか受ける意味もないのによ」
「授業はつまんないが、学食は美味いじゃないか。購買のおばちゃんは、時々パンをサービスしてくれるし……」
「てめえは腹さえ満たされれば、それでいいんだな。単純で羨ましいぜ……」
間宮の反応が芳しくないのが面白くないのか、つまらなそうにため息をつくと、金髪の少年は、持っていたバッドを元の位置に戻した。案外、本気で暴れるつもりはなかったのかもしれない。
「あ~あ、お前のせいで、白けちまった。俺、もう帰るわ」
両手をポケットに入れて、肩で風を切るような不遜な態度で入り口に向かっていく。すれ違う人は、いずれも絡まれるのを恐れて、素直に道を開けている。
そんな不良オーラ全開の金髪に対して、間宮は怯えることなく、再び声をかけた。
「明日は学校に来いよ! そうしないと留年だぞ」
金髪の少年が足を止めた時には、また殴りかかるのかと冷や冷やしたが、何も言わずに歩くのを再開したので、胸を撫で下ろした。
「物騒な場面に遭遇しちゃいましたね」
「物騒なのは、魔王と幼女だけで十分だよ」
会話を少し聞いただけだが、あの少年の生活が荒れていることは伝わってきた。去っていく後姿を、間宮はしばらく複雑そうな顔で見つめていたが、気を取り直したのか、明るい声を出した。
「もう出てきていいっすよ、お二人さん」
間宮が語りかけているのは、俺たちだろう。息を潜めて目立たないようにしていたつもりなのに、こいつにはお見通しだったか。
「悪いな。盗み聞きするつもりはなかったんだが……」
潜んでいるのがばれているのなら、隠れていても仕方がない。城ケ崎と二人で、覗き見していた非礼を詫びながら出ていく。
「間宮さんって、不良だったんですね」
「ははは、勘弁してください。俺は真面目な学生っすよ。成績はあまり良くないっすけどね」
開口一番、肝が冷えるようなことを口走る城ケ崎。間宮が笑ってくれたからいいものを、もし本当に不良で、突っかかってきたら、どうするつもりだったんだ?
「ていうか、追わなくていいのか? お前の友達、教師を殴るとか言っていたが……」
「ああ、それは大丈夫っす。口は悪いけど、本当にやるようなやつじゃないし」
友人を信頼しているのは伝わってくるが、あの恰好じゃな。付き合いの長いやつからすれば、意外に良いやつなんだろうがね。初対面の人間にとっては、目を合わせるのも怖いんだよ。
「あれでも昔は真面目に汗を流していたんですよ。野球一筋っていうんすかね」
間宮の話が嘘だとは思わないが、さっきの風貌を見る限り、当時の面影は残っていなかったな。
「今はいろいろあって、自暴自棄になっちゃっていますけどね」
俺の視線に気付いたのか、間宮が困ったように笑いながら、説明を付け加えた。いろいろの内容は人それぞれだろうが、反抗期というやつだな。放っておけば、自然に治るものなので、俺はあまり気にはしなかった。
「それで? お二人はここには何を買いに?」
「ええ。ちょっとでっかいゴキブリさん達をなぐり殺すために、野球のバッドを買いに来たんですよ」
さっきの金髪少年と同レベルの物騒なことをさらっと口走る城ケ崎。店員に聞かれたら、店から追い出されるだろ。お前は少し発言を自重しろ。
「あの毛むくじゃらの黒いブラブラね。確かに、武器があれば、スムーズに倒せるっすね」
何だよ、毛むくじゃらの黒いブラブラって。例の部屋に出現したモンスターのことを話しているんだろうが、ちょっと可愛く聞こえるじゃないか。でかいゴキブリにも見えるっていうし、遭遇していない俺には、話についていけない。こっちは別の『黒い何か』に襲われて生きた心地がしなかったというのに。
「武装することに関しては、賛成なんすけどね……」
気さくに話していた顔を、ちょっと困ったように歪ませて、、眉間にしわを寄せながら、間宮が切り出す。
「武器にするんなら、野球と関係のないものをお願い出来ないっすかね。元野球少年としては、複雑なものがあるんすよ」
間宮の言うことはもっともだ。俺と城ケ崎は互いに顔を見合わせると、その売り場を離れることを苦笑いで約束した。
結局、バッドの代わりに、ゴルフのドライバーを購入した。値は張ったが、コンペで鍛えてあるので、扱いには自信があった。ゴルフの好きな人で、気分を害した方がいらっしゃいましたら、すみません。
その日の夜、意気揚々とアパートに帰宅すると、信じられないものが漂っていた。いや、泳ぎ回っていると表現した方が正しいのかもしれない。
大小様々な魚が、空中を優雅に泳いでいる。大きいものでは、二メートルを超えるようなものまでいた。色鮮やかだが、見たことのない魚ばかりだ。幸い、無関係の住人達には目撃されていないようで、アパート内は平和な空気が流れていた。
「また……、面白いことになっているな」
こいつらの生態は一切不明だが、状況は掴めた。というより、この状況を仕組んだ犯人と、その動機に見当がついた。おそらく俺と非常に関係が深いことだろう。
「ルネが心配だ。まず自室へ急ごう」
開けたら、中で食べられていましたなんてことはないと思うが、万が一ということもある。
自室に入るなり、ルネが「ご主人様ぁ!」と涙ぐみながら、抱きついてきた。彼女のマシュマロボディの柔らかい感触が、業務で疲れた体に染みる。
「あっ! 鼻の下を伸ばして、デレデレしている! お兄ちゃんったら、やらしいんだ!」
リビングの方から邪気のない声が木霊する。シロがふてぶてしくも、夕飯を頬張っていたのだ。しかも、使っているのは、俺が愛用しているお椀と箸だった。勝手に人の部屋に上り込むことに対して、今更とやかく言うつもりはないが、せめて客用を使え。
「今、ご主人様の分もご用意しますね。今晩のおかずは、お魚さんです」
「魚……」
そんな気がしたよ。シロがご飯のおかずにかぶりついているのもお魚だからね。
いつもなら、何の魚か聞くところだが、心当たりがあるので質問するのを躊躇してしまう。ためらう俺に、シロがアパートの廊下を漂っていた魚だと、聞いてもいないのに説明してくれた。言葉に詰まりながらも、もう魚は買わなくていいなと、かろうじて皮肉を返す。
「何言ってんの? この魚は、今夜の賞金探しのために用意したんだよ。食べるんなら、反対はしないけどね♪」
ああ、そうか。こいつらが今宵の対戦相手って訳ね。これだけの数がいると、素手で戦うのは骨が折れそうだ。ドライバーを買ってきたのは、正解だったようだと、昼間買ったばかりの細長い金属をそっとさすった。
お魚といえば、某有名選手が帰国会見で好物と語っていたノドグロ。
あれって、どんな味なんでしょうかね。食べてみたいんですけど、
たまに売っているのを見かけると、これが高い!
どっかで安売りしていませんかねえ~。




