第百六十八話 手加減してもらえないバトルは、ハードモード
薄暗い落とし穴の底で始まった三つ巴の乱戦は、当初こそ拮抗した戦いが繰り広げられていたが、次第に体力で劣るシロが圧される場面が増えてきた。
「くっくっく! 足を掴んでやったぞ、裏切り者。このまま壁に叩きつけてやる……!」
「くっ……! しまった!」
相手が幼女だから手加減しようという手心は微塵も感じられない。絶対にシロを話すまいと力強く握った手は、シロがばたついても全く緩むことはない。
シロの頭が壁にぶつかりそうになったところで、近衛兵の脳天を黒太郎が強打した。頑丈さが売りの近衛兵も、これには堪らずにシロの足を掴む手を離してしまった。
寸でのところで拘束を逃れたシロは、壁に身体を打ち付けてしまったが、大事には至らなかった。
「もう! 死ぬところだったじゃないかよ!」
お返しに特大の火球を、ちょうど黒太郎の一撃を食らってよろめいている近衛兵にお見舞いする。
クリーンヒットした火球で、鎧が赤く変色する。近衛兵の顔からも、焦げた臭いが鼻を衝いてくる。
「ちょっとグロイことになっちゃったけど、私を本気にさせたおじさんが悪いんだからね!」
「……気にするな。蚊に刺された程度も感じてはおらん。ついでに、この屈辱は、そっくりそのまま貴様に返してやる……」
ジュウウウと皮膚が焼ける音が聞こえてきているというのに、怯む素振りをまるで見せない。タフネスを通り越して、自分の体などどうでもいいと思っているのではないかと心配になってきてしまう。
だが、火傷を負いつつも、悠然と一歩一歩迫ってくる姿は敵には効果絶大らしく、シロに恐怖心を芽生えさせていた。
「火球が……、効かない……!?」
実際には利いている筈なのに、そんな錯覚すら抱いてしまう。攻撃したシロの方が、精神的には劣勢に追い込まれていた。
「へ、へ~んだ! 私の攻撃方法は火球だけじゃないので、全然へっちゃらですよ~だ!」
「ふん! 強がったところで無駄だ! お前の額に冷や汗が光っているぞ!」
シロの強がりはあっさりと見抜かれて、チャンスと見た近衛兵が前に出る。勢いよく振り下ろされた大剣を真っ青な顔でシロが躱す。
「う! ひゃ! ぬおっ!?」
シロに余裕は一切なく、躱すので精いっぱいだった。ただ相手は歴戦の騎士。いずれシロの動きを見切って、自慢の剣で串刺しにする瞬間は近いだろう。三つ巴ということで、黒太郎が茶々を入れてきてくれるおかげで、見切るのに手間取っているようだが、それも時間稼ぎに過ぎない。物陰から見守る城ケ崎の目にも、シロが危ない状況にあるのは明らかだった。
「まずい……。このままじゃシロちゃんが……」
だが、シロの劣勢を覆すために城ケ崎が出来ることはなかった。本心では加勢したいと思っていても、自分では何の足しにもならないことを痛感していた。
「さっきは却下されたけど、やはり逃げるのを勧めるしかない……」
このまま戦いを続行するのは、素人目にも無謀でしかなかった。
もちろんシロは猛反発するだろう。
空を飛べる黒太郎は追ってくるに違いない。だが、近衛兵は撒ける。もしかしたら、体験を投げてくるかもしれないが、それさえ躱してしまえば心配はない。
「でも、待てよ……。シロちゃん、私を持つのが辛そうだったよね。黒太郎の攻撃を躱しながら上がるためには、私は邪魔?」
そうすると、城ケ崎は狭い穴倉の中に、近衛兵のおじさんと二人きりで取り残されることになってしまう。近衛兵にとっては、城ケ崎も、賊の一人なので、躊躇なく殺しに来るだろう。シロに対する接し方を見ていれば、近衛兵にフェミニストの概念がないことは明らかで、泣いて謝ったところであっさりと殺されてしまうに違いない。
「シロちゃんも心配だけど、自分の身の安全も確保したい。とはいっても、両立するのは厳しいか……」
ここで、じゃあ自分の身を犠牲にしようと簡単に言えるものではない。相手が好きな異性だったら可能かもしれないが、城ケ崎も自分の命は人並みに惜しかった。
そうこうもたついている間にも、着々とシロは追いつめられていた。結局、何も出来ないまま、シロは命を落としてしまい、残された城ケ崎も死ぬことになるのか。
すっかり手詰まりになってしまい、へたりと座り込む。こうなってはシロの頑張りに期待するしかない。城ケ崎が熱視線を送る先では、ちょうどシロが、黒太郎によって吹き飛ばされたところだった。
「また飛ばされたね。シロは体も小さいし、頭には何も詰まっていないから、さぞかし軽いんだろうさ」
頭上から幼女の声がしたので見上げると、城ケ崎の真上に当たる位置に、成人男性サイズの大きさのハエに乗ったミルズが、三者三様で暴れまくっている様子を、今にも欠伸を漏らしそうな目で観察していた。城ケ崎の視線に気付くと、挨拶はしないものの、くすりと笑いかけてきた。
「ミルズちゃん!」
「やれやれ……。騒がしいと覗いてみれば、派手にやってくれているね。自分の城を破壊されて、シャロン様はさぞかしご立腹だろうさ」
「体力はだいぶ回復したみたいですね」
「休んだおかげで、また昆虫を呼べるだけの体力が戻ったのさ。自分の生まれ育った国に戻ってきたのも幸いしたのかね。心なしか体力の戻りが早い気さえするのさ!」
あんな壁にめり込んだ状態で体力が回復できる者なのかは疑問だが、ミルズの顔には確かに生気がみなぎっていた。城ケ崎の他人行儀な丁寧語にも、さらっと対応している。
てっきり三つ巴の争いに乱入するつもりなのかとも思ったが、ミルズに戦う気はない様だ。むしろ、一心不乱に戦い続けているシロたちを小馬鹿にしているくらいだった。
「ああ、それからね。これ、シロに返しておいてほしいのさ。本当は直接渡すべきなんだろうが、何やらお取込み中のようだからね」
ミルズから投げ渡されたのは、絆創膏だった。彼女が気を失っている時に、シロが投げ渡したものだ。
「どうせシロは、手ひどくやられることになるだろうから、絆創膏が大活躍することになるだろうさ! 涙は拭えないが、傷口を塞ぐにはもってこいだろうね。おっと、言い過ぎたさ」
嫌いな人物の劣勢が愉快らしく、口元をニヤつかせると、回れ右をして飛び去ろうとした。そうはさせじと、城ケ崎が慌てて呼び止める。
「ど、どこに行くんですか!」
「どこって、上に決まっているさ。あと、私のことを、気安くミルズちゃんなんて、呼ばないでもらいたいね。君たちとは仲間じゃないんだからさ」
「な、仲間じゃない!? あっ、そうでしたたね。それなら、この瞬間から仲間になりませんか……」
「ならないね!」
きっぱりと否定されてしまった。流れに任せて、仕方ないなと加勢してくれないかと駄目もとで挑戦してみた結果、案の定玉砕してしまった。だが、城ケ崎は引き下がらない。なんといっても、自分の命がかかっているのだ。
「私たちを……、助けてもらえませんか?」
私事ですが、健康診断を一週間後に控えています。
前回よりも、どうしても体重を減らしたいので、食事量を大幅に減らすという
ベタなやり方を実行中です。二日前からは断食もしてやろうかなとか考えています。
ただし、連日暑い日が続いていますので、水分補給だけは制限をつけてはいけないということで、炭酸飲料をがぶがぶ飲んでいたら、同僚から意味がないとツッコまれました。




