第百六十五話 仲間とのありがたくない再会の例
穴に落ちてからだいぶ経っているのに、未だに下が見えてこない。底なしではないかとうんざりし始めた頃、スマホが落ちたのを手掛かりにして、城ケ崎はある仮説を立てたのだった。
「無限ループ?」
「そう、無限ループ。ある地点まで落下すると、少し前まで魔力で戻されちゃう仕様になっているんだと思う。そのせいで、罠にはまった者は、床に激突して死ぬことも出来ずに、一生落下し続けることになるんだ。あっ、罠にはまった者の中には、私たちも含まれるんだけどね」
もしシロが助けに来てくれなかった場合、おそらく城ケ崎は半永久的に落下し続ける精神的負荷に耐え切れずに、おかしくなっていたことだろう。シロに改めて感謝するとともに、背筋が震えるのを城ケ崎は感じていた。
「ほおおお~~!」
息を飲んでいる城ケ崎をよそに、それは良いことを聞いたと目を丸くして驚きと喜びを同時に表現するシロ。その表情の中に、一抹の不安を感じた城ケ崎は、慌てて付け加える。
「だからって、私を話しても大丈夫だとは思わないでね。永遠に落下を続ける体験なんて御免なんだから」
「……はぁ~い!」
残念そうに呟くシロを見て、さっき抱いた感謝の念も霞んでしまいそうなほどに、城ケ崎は再び背筋が震えた。
とにかく降下しても終わりがない以上、意地でも上まで飛行して戻らなければならなくなった。すぐに愚図をこねるシロを叱咤して、上まで飛んでもらわねばならない。自分で出来ることがないというのが、この上なくもどかしい。城ケ崎はこれから行わなければならないことを考えて、ため息を漏らした。
『泣きっ面に蜂』とでもいうのか、さらに事態の悪化に拍車をかけるような脅威が、頭上から降ってきた。
シロと城ケ崎の横を、何か大きな生物が二つ、取っ組み合いながら落ちていった。
「……」
「……」
シロと城ケ崎は、黙ったままでお互いの顔を見合わせた。揉みあっている二人の内の一人には見覚えがあったからだ。
「今の……、黒太郎じゃん!!」
俺の元を離れた黒太郎は、まだ近衛兵のおっさんとバトルを続けていた。そして、何かの拍子に、シロたちの落ちていた穴に転落してしまったのだ。
こんなところで思わぬ再会だが、シロたちの顔に歓喜はなかった。
「落ちていったね!」
「そうだね。でも、私の目論見が正しければ、直に上から落ちてくるはずだよ」
城ケ崎の予想は当たった。たいして時間も空けずに、黒太郎たちがまた落ちてきたからだ。向こうは取っ組み合いに夢中なのか、シロたちには気付いていない様だが、仮に手を振ってきていても、こちらは無視した可能性が大きい。
「む? 唯一の攻撃手段の黒太郎がここにいるっていうことは、お兄ちゃんたちは今、丸腰ってことなのかな?」
「みたいだね」
硬い表情で城ケ崎が俺の身を案じた。敵の本拠地の真ん中で丸腰。いかに危険なことかは想像に難くなかった。
心配してもらえるのはありがたいが、城ケ崎だって、シロがいなくなれば、一気に無力化してしまうことに変わりはない。一部の者に依存する傾向が強いのが、俺たちのパーティの弱点で、そのせいで度々死の脅威に晒される羽目になっているのだ。
この穴を急いで出なければいけない理由の増えたシロは、残り少ない体力を振り絞って、上に向かって飛び始める。そんなシロに、城ケ崎は内心でエールを送った。ちなみに黒太郎はナチュラルにスルーする方向で話は動いていた。
だが、スルーを許すほど、黒太郎は甘くなかった。というより、なかなか倒せない近衛兵のしぶとさに、イライラが頂点に達したのかもしれない。
シロたちの向かう先。そこを黒太郎の巨大化した手がかすめていった。
「おおおお!!!!」
黒太郎の手が壁をえぐっていき、破片がシロたちに降り注ぐ。
「わ、わわわ! 黒太郎の馬鹿! 辺り構わず攻撃するな! 私たちに当たるだろ!」
シロの叫びが聞こえないのか、それとも無視しているのか、黒太郎の破壊は続いた。
「シロちゃん! 黒太郎は、あの騎士を倒そうとしていて、巻き添えを食らったんだ! 故意に私たちを狙った訳じゃない!」
「そんなことは関係ないよ!」
キレた黒太郎の攻撃は凄まじく、余波を受けた壁が、どんどん崩落していく。さて、思い出してほしい。この空間は無限ループの中だ。そこでコンクリートの破片を勢いよく落としていったらどうなるだろうか?
答えは一つだ。コンクリートの硬い雨が降り続く恐怖の光景が完成する。残り少ない力で穴を出ようとしているシロにとっては、かなりの妨害となるのは言うまでもない。
「ぐぐぐぐぐ……! 止めろ~!」
黒太郎に叫ぶが、近衛兵を倒すことに夢中なやつの耳には届いておらず、壁の被害も続いた。
「止めろって言っているんだよ!!」
コンクリートの破片がシロの頭にぶつかる。だんだんシロの怒りのボルテージも上がっていく。
「駄目だ、シロちゃん! 聞こえていないよ。コンクリートを避けながら上がっていくしかない!」
「それじゃ、私の気持ちが……、収まらないんだよおお!!」
体力に余裕がないというのに、コンクリートの腹いせに、黒太郎へ火球をお見舞いするシロ。
無防備な背中に火球がクリーンヒットして、黒太郎の黒い背中が、真っ赤に灼けた。
「……!」
ここまでお互いの存在をスルーしてきたが、攻撃に関しては別らしく、黒太郎が城を睨むように振り返った。そして、翼を巨大化させると、シロと城ケ崎を思い切りはたいたのだった。
満身創痍の状態のため、シロに攻撃を避ける余裕はなく、力なく宙を舞う羽目になってしまった。
「うわっ!」
「キャア!」
「う、腕を上げたね……、黒太郎……!」
「そんなことを言っている場合じゃ……、うわあああぁぁあ!!」
二人は壁にかなり勢いよく叩きつけられた。衝撃でコンクリートが大人三人分の大きさで破損するほどの威力だった。




