第百六十四話 永遠の穴
今回はシロたちの視点からのお話になります。
次回以降もシロ視点は続きます。
俺とクリアが命がけの尾行をしている頃、底の見えない穴の下で、シロと城ケ崎は格闘していた。とはいっても、踏んばっているのは、主にシロだったりする。城ケ崎が落下する前に、上手くキャッチして、後は落下地点まで戻るだけだったが、そこで手間取っていた。
「ふん……、ぬう……!」
「シロちゃん、大丈夫?」
「だ、駄目……! 重い……!」
「……重い?」
城ケ崎も年頃の女子だ。シロに悪気はないのだろうが、重い発言には、表情が強張ってしまうのだ。
「お、おかしいな! 以前、お兄ちゃんを掴んだ時は、なんなく飛べたのに……!」
「ど、どうしてだろうね……。魔法で重力が強くなっているのかな……」
シロの言葉が胸に突き刺さり、城ケ崎の精神がノックアウト寸前になっている。落ち込み気味の彼女の精神と同じように、シロが必死に翼をはばたかせるにも関わらずに、高度は徐々に下がっていた。
「さ、作戦変更! こ、このまま地下まで降りることにするよ!」
「昇るのは無理なんだ……」
シロが高く飛べないのは疲れているからであって、決して自分が重い訳ではないと、城ケ崎はどこかに休める場所がないかを探した。というより、シロの疲れ方は激しく、地下に降り立つ前に力尽きる危険もあり得たのだ。
「あれ?」
休憩出来そうな場所は見つからなかったが、壁のでっぱりに偶然引っかかっている幼女は発見した。
「むむむ! あそこで引っかかっているのは!」
「ミルズちゃんだっけ?」
気絶しているのか、身動き一つしない。だが、怪我は負っていなかったし、死んでいるようでもなかった。
「そうか! ミルズもさっきの衝撃で一緒に落ちていたのか! てっきりお兄ちゃんたちと一緒かと思っていたよ!」
実を言うと、俺もミルズはシロたちと同行していたと思っていた。決して忘れていた訳ではないので、そこのところはお間違えなく。
「ふむ!」
素っ気ないもので、シロは一瞥すると、また必死に上に向かって飛び出した。てっきり助けるものと思っていた城ケ崎は少々面喰ってしまった。
「助けないの?」
「ちっちっちっ! 甘いよ、お姉ちゃん! 昔は同じ釜の飯を奪い合った仲だけど、今は敵同士! 助け合うことはないのだよ!」
「それ、ちょっと冷たくないかな……」
「良いんだよ、助けても! でも、その場合は、お姉ちゃんを代わりに手放すことになるけどね! お姉ちゃん一人でこの体たらくなのに、さらにお一人様追加する余裕があると思っているの?」
「……思っていないです」
こんなところで降ろされたら堪らないので、城ケ崎はすごすごと反論を引っ込めた。城に命の手綱を握られている以上、あまり強く言えない立場なのだ。
城ケ崎を黙らせて意気揚々と、この場を後にしようとしたシロだったが、ふと思いついたようにポケットをまさぐった。中から、絆創膏が何枚か入った箱が出てきた。
「あっ、そうだ! 助けてあげられないけど、代わりにこれをプレゼント!」
絆創膏の入った箱が、シロの手から勢いよく放られる。剛速球という呼べるスピードで……。コントロールは良いようで、カスッという音を立てて、ミルズの頭にジャストミートした。
「さて! 傷薬も渡したことだし、心置きなく降下を続けるよ!」
「シロちゃんって……、見た目に寄らず容赦がないよね」
ミルズを気の毒そうに見ながら、城ケ崎が呟いた。今の一件で疲労感がいくぶんか吹き飛んだのか、多少元気になったシロが翼を力強くはばたかせた。
ミルズと別れて、だいぶ時間が経った。かなりの深さまで下がった筈だが、未だに底が見えてこない。元気を取り戻したシロも、これには参ったようだ。
「お、おかしいな……! 私ね、ここに前、住んでいたことがあるんだけど、ここまで地下は深くなかったよ!」
「ということは……、何かの罠が仕掛けられているのかな……?」
城ケ崎が考え込んでいると、落下する速度が速まった。だんだんシロの力が尽きかけているのだ。
「軽いピンチだよ……!」
「や、やっぱり休める場所を探そうか……」
「まあ、いざとなればお姉ちゃんを見捨てればいいだけだから、そんなに焦ってはいないけど……」
「私が焦るから! 頑張って、シロちゃ~ん!」
こんなところで手放されたら堪らないと、半ばパニックになって、城ケ崎は手足をばたつかせた。暴れられると困ると宥めるシロと、空中でくんずほぐれつの格闘が始まってしまった。
「あっ……!」
空中で暴れた拍子に、城ケ崎のポケットからスマホが滑り落ちてしまった。手を伸ばすも、スマホは昏い闇の底に落下していった。
「落ちちゃった!」
「落ちちゃったね……」
揉みあいを中断して、二人仲良く落ちていったスマホを凝視していたが、いつまで経っても床と激突した音が聞こえてこないことに、不安を募らせる。
「ここ……、深すぎない? ひょっとして底がないの?」
ここは異世界。本来なら絶対にありえないことも、魔法で簡単に再現出来てしまう場所。落とし穴の底を消し去るということも、十分可能に思えた。
本当に底がないのかと恐怖の結論が下されそうになっていた時、驚いたことに、二人の頭上から、スマホが落下してきたのだ。
上手くキャッチして、不思議そうに確認する城ケ崎。穴が開くほどに確認したが、彼女の物で間違いない様だ。
城ケ崎は何を思ったのか、自分の手に戻ってきたばかりのスマホをもう一度下に投げ捨てた。しばらく待っていると、またスマホは何故か頭上から落ちてきたのだった。この不可解な現象を二度も目にしたことで、城ケ崎は一つの結論を導き出していた。
「ねえ、ここって……、無限ループになっているんじゃないのかな?」




