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第百五十九話 ディアーズ・ディナーショー

 クリアと二人で心細い進軍を続ける中で、ついに上への階段を発見した。意気揚々と登ろうとするが、壁に気になる文字を発見してしまった。


「マズハ、ジョウガサキトシロ……」


「警告のつもりかねえ。赤いペンキで書かれているのは、血を連想させるためってかい? こりゃまた陳腐な演出だよ」


 本物の血でないことは明らかでも、殺し合いの最中に診せられると、いやが上にも不安を掻き立てられるんだよな。下手な罠よりも嫌味だ。


「ほら見なよ。あたしの睨んだ通り、先の壁にも同じような赤文字が書かれているよ!」


 薄暗いのでもう少し近付かないと何が書かれているのかまでは読み取れないが、クリアの言う通りだ。


 階段を上がりながら、文字に目をやっていると、徐々に鮮明になっていく。


「ツギニ、クロタロウ……」


 おいおい、これって、外れていった順番を書いているのか。ということは、次の落書きには、今後消える予定のやつの名前が書かれているということなのかよ。


 見上げると、階段を上がりきったところに、また新しく赤い文字で落書きがされてあった。


 もし自分の名前が書かれていたら嫌なので、腰が引けていることを全面的に認めて、見ないようにして歩こう。文字とすれ違う際に、クリアが復唱するのだって、こっそり指で即席の耳栓をして聞かないようにした。


「おいおい! 何も書かれている通りに消えることが確定した訳じゃないんだよ? あちらさんの未来予測なんて覆してやればいいんだよ」


「誰もが思いつくお決まりの言葉だが、この面子でそれが可能だと思うか? 俺だって可能性があるのなら、強がっているよ」


 俺の反論には返事をせずに、クリアは廊下に出て、どちらに進もうか考え込んでいる。そういえば、次に敵が出てきたら、真っ先に逃げるんだったな。




 二階は一階に比べて、食堂や遊技場などの大きな部屋が多く、探索して通り過ぎるには好都合のフロアだった。


 この階でもやることは同じ。上に通じる階段を探すだけだ。


 ドアだらけだった一階と違い、探索は捗り、どんどんと先に進んでいった。そして、探索が食堂に及んだところで、妙なものを見つけた。


 食堂の中は無人だった。それにも関わらず、中央の大きなテーブルには、たった今出来上がったばかりと見られる料理のフルコースが所狭しと置かれていた。時間帯的に、誰か食べるとも思わないのに、何故こんなに大量に作ったのかね。作り置きかと思って手を近付けてみると、出来立てのように温かかった。……謎は深まるばかりだ。俺は幻覚でも見せられているのか?


「人はいないのに、料理だけ置かれているか。この光景って、幽霊船マリーセレスト号の都市伝説と酷似しているな。ただでさえ暗くて雰囲気が出ているのに、今にも幽霊が出てきそうで、ブルッとする!」


「マリー……? なんだい、そりゃ? 食べ物の名前じゃなさそうだねえ」


「詳しく説明する気もないが、簡単に言うと、こんな状況に陥った船の話だよ」


「へえ~、そりゃあ面白い船もあったもんだ。今度じっくりと聞かせとくれよ」


 言いながらも、クリアは並んだ料理の中から生ハムをつまんで口に放り込んでいる。よくこんな得体の知れない料理を率先して食べられるなと呆れかえる俺の視線をものともせずに、口をもごもごさせている。


「うん、美味い!」


 俺としては、実は料理が腐っていて、涙目になる展開を希望していたので、誠に残念な反応だったりする。しかし、クリアのやつ、美味しそうに次から次へと料理に手を伸ばしているな。もう片っ端から放り込む勢いじゃないか。見ている内に、俺までよだれが出てきてしまった……。


 せっかくだから、こんな時でもないと口に出来ない物を味わうことにしよう。城で出される料理だから、きっとほっぺが落ちそうになるくらい美味しいんだろうな。不謹慎にもウキウキしながら、フォアグラへと手を伸ばしたところで、クリアから待ったの声がかかる。


「あ、それ、毒が入っているから、食べちゃ駄目だよ。こっちの鴨肉にしておきな」


「どうも……」


 物欲しそうに手を伸ばした姿勢のままで、気まずい空気が流れる。無造作に選んでいるように見えても、しっかり吟味はしていたらしい。それに比べて俺だ。クリアのことを不用心だと馬鹿にしていながら、結局一番警戒が足りないのは俺ではないか。高級品のフォアグラに毒を仕込ませておく辺りに、俺の貧乏人の修正を巧みに利用した気がしてならない。うっかり引っかかってしまったのが、改めて悔やまれる。


 代わりに食べた鴨肉は美味しかったのだが、残念な気持ちのせいで、十分に味を楽しむことは出来なかった。


「話が料理の方に脱線したが、結局、この料理は何のために作られているんだ?」


「さあね。腹ペコの私たちをこの部屋におびき寄せるためじゃないかい?」


 もしそうだとしたら、俺たちは敵の罠に引っかかって身動きが取れない状態ということになるぞ。命にも関わる問題なんだから、適当なことは言わないでくれよ。


 改めて部屋を見渡すと、この食堂……。甲冑に、絵画と、飾り物が異様に多いんだよな。ただ食事をするだけの場所に、この数の展示品は場違いだ。


 中でも俺が注目したのは、壁に飾ってある鹿の剥製の数々だ。鹿の頭部が、こっちを見つめているようで落ち着かない。


 まるで生きているみたいだなと冷や汗を拭おうとしたところで、剥製の目がこちらをぎょろりと見てきたのだ。全身を電撃が流れて、金縛り寸前になってしまう。


「あの剥製……、ずいぶんと活きが良いな……」


「そこはストレートに生きているんだなで良いよ。どうせアルルのやつが失敗作を飾っているんだろ。あの幼女のセンスは絶望的だからねえ」


 アルル……。シャロンに仕えているマッドサイエンティストで、シロの双子の姉か……。


 剥製の群れは気だるそうに首を回しているが、俺たちに興味を持ったようで、なめまわすようにじろじろと見てきた。


 このまま壁から体が出てきて襲い掛かってきたらどうしようと身構えたが、そんなことはなかった。首だけで生かされているようで、鹿たちは窮屈そうに鳴いている。


「アルル。近くに潜んでいるのかな」


「さあね。ただここで会わなくても、シャロンのところに行きつく過程で絶対に会うことになるのは間違いないね。そう考えると、早めに遭遇して対処しておいた方が気が楽なんじゃないかい?」


「対処出来ればの話だがな……」


 剥製と睨めっこしたまま話し込む俺たちの前で、剥製の一つが首をグルグルとあらぬ方向に時計回りでねじり出した。無理な方向に回し続けたため、当然のように首は外れてしまい、床に零れ落ちた。


 何が起こったのかと落ちた剥製を見ていると、まだ意識はあるようで、それは俺たちの方に向かって真っすぐに転がってきたのだった。


たまにフランス料理のフルコースを食べてみたい衝動に駆られます。

でも、最終的に食べるのはラーメンやカレーだったりします。

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