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第百五十八話 引き剥がされた自信

暑くなってきたが、まだまだ扇風機で頑張る……。

 城ケ崎がゼルガの開けた穴に落下していき、それを追って、シロも地下へと消えていった。俺とクリアは穴から身を乗り出して、二人の安否の確認に努めたが、声はどんどんか細くなっていき、ついには聞こえなくなってしまった。悲鳴や絶叫の代わりに、底から吹き上げてくる風が、頬を撫でていく。


「君の自慢のペット……。黒太郎って名前だっけ? こいつも真っ黒だけど、その穴の先もまた真っ暗闇だよねえ。俺が思うに、黒太郎の黒は、ただ絵の具で塗りつぶしたのと変わらない陳腐なレベルなのに対して、穴の先に広がる黒は、いろんなものを呑み込むブラックホール……。絶対的な冷徹さを感じないか?」


 俺に返答を求めているらしいが、ハッキリ言って、返す言葉もない。黙ったまま、ゼルガをじっくりと睨む。やつは気圧された振りをしながら後ずさりをして、怯える演技を愉しんでいた。


「おっと! そう怖い顔をするなよ。言っただろ? 俺は、一旦撤退するって。だから、君との対戦はひとまずお預けなんだ」


「……分かったと、お前の華麗なる退散を見逃すと思っているのか? 次に来た時は、厄介なことになると分かっているのに、見逃すと思っているのか?」


 城ケ崎たちを危険な目に遭わされて腹が立っているというのもあるが、分かりきった脅威は未然に防止しなくてはいけない……。


 だが、ゼルガはにじり寄っていく黒太郎の顔を、さも楽しそうに一瞥して、舌なめずりまでしている。


「許すしかないさ。だって、ほら……」


 くすりと噴き出すゼルガの指差す先には、屈強な鎧騎士が立っていた。こちらに敵意をむき出しにしていることから、敵なのは間違いなかった。


「彼、シャロンの近衛兵の一人なんだ。実力は折り紙つきさ。君も俺を含めた二人を同時に相手にするのはきついだろ?」


 言い終わる頃にはゼルガの姿は、夜の闇に消えていた。一方的に現れて、楽しんで、勝手に消えていく……。とことん自己中心的なやつめ。俺の歯ぎしりを、鎧の軋む音がかき消す。近衛兵が既に、俺とクリアを始末するために動き出していた。


 この場に残されたのは、俺とクリアに黒太郎。そして、こっちに大股で歩み寄ってきている近衛兵のおっさんか……。


「なあ、お前の催眠ガスって、厄介なやつには効かない仕様になっているのか? どうしても効いてほしいやつに限って、ピンピンしている気がするんだが……」


「そんな器用なミスはあたしにゃ、出来ないって。でも、あいつが眠らない理由なら、知っているよ」


「へえ、眠れない体質とか?」


 冗談で聞いてみたら、クリアは大真面目に首を縦に振った。これには、正解した俺の方がドキリとしてしまった。


「あいつは代々王家に仕えている家系の出身でね。王族の人柄とか度外視で忠誠を誓っているっていう、あたしには理解不能なやつなんだよ。それでな、二十四時間常にシャロンの危険を守れるように、魔法で眠くならない体にしているのさ。疲労回復も魔法で行っていて、まるでロボットだよ」


 そういうことは侵入前に教えてほしいな。催眠ガスは行き届いたけど、例外もいるってね。


 他にも例外がいるのなら、今の内に教えてほしいと思いつつ、黒太郎をけしかけるが、やつの怪力パンチをあっさりと受け止めてしまった。


「こいつ……、魔力で補正がかかっているよ。黒太郎と同じく、自分の意思で身体能力を上げることが出来るタイプだ。現時点での力では、黒太郎よりも上のようだね。ほら、見な! 黒太郎の巨体がこっちに向かって放り投げられているじゃないか」


「冷静に解説している暇があったら、逃げろ!」


 思いっきり逃げ遅れているクリアを抱き上げて、一目散に走り出す。近衛兵は、鎧が重たいらしく、追ってきてはいるが、俺より圧倒的に遅い。倒すのは骨が折れるが、逃げるのは簡単だった。


 余裕の逃走だと、のろまの近衛兵を振り返ると、黒太郎を掴んでいるではないか。俺の右腕に黒太郎を戻そうとしても、それを上回る力で掴まれているのか、上手くいかない。


「やっこさん……。あたしたちを黒太郎を引き剥がす作戦に出たね。丸腰にして、仲間が戦いやすいように足掻いているよ……」


「ふ、ふざけんな! 黒太郎を失ったら……、俺たち……」


 いつ敵に襲われるか分からない状況下で、最強にして唯一の盾であり、矛である黒太郎は絶対に欠かせない存在だ。


 だが、取り戻すためには近衛兵のところに戻らなくてはならない。だが、戻った先に待っているのは、返り討ちという恐怖の未来だ。


 口惜しいが、黒太郎は置いていかなければ……。


 近衛兵は最初からこれが目当てだったと言わんばかりにほくそ笑んでいる。言葉こそ発しないが、俺たちに対して、くたばれと内心で唾を吐いてきていることだけは、ビンビンに伝わって来るよ。


 止めとばかりに、警笛が吹き鳴らされる。静寂に包まれていた場内に、けたたましい音が鳴り響く。せっかく眠らせた人間が、どんどん起きていってしまう……。秒刻みで状況が悪化していた。




 シロや城ケ崎どころか、黒太郎まで失って、すっかり意気消沈した俺は、焦りと不安のせいで冷や汗を流しながら、先を急いでいた。もっともちゃんと先に進んでいるという実感はない。もしかしたら、さっきの近衛兵のところに必死こいて、戻っているという悲しい可能性すらあった。


「はあ……、一回エンカウントしただけで全滅するのに、前に進むのって、恐ろしく精神を削るもんだな。もういっそとっとと全滅して楽になりたいとすら思ってきてしまうぜ……」


「情けないねえ。大の男が、女子みたいな声を出すんじゃないよ。いざとなったら、自分の拳で戦えばいいじゃないかい!」


 クリアが握り拳を向けて、俺を叱咤激励するが、徒手空拳で戦えないことは俺自身が一番よく理解している。クリアも理解している上で、声を荒げていたりする。


「念のために言っておくけど、あたしに期待するんじゃないよ。なんていったって……」


「散々勢いよくのたまって、締めの言葉がそれかよ。心配するな。誰も当てにしていないから。素手での喧嘩なら、子供にも負ける程度なんだろ。ドヤ顔で説明してくれなくても、以前に聞いたから」


 俺とクリアが力を合わせても、一般男性にすら後れを取りそうだ。これで一国の主に喧嘩を売っているのだから、我ながら正気を疑ってしまう。なんか、笑いまで込み上げてきたよ。本気で撤退した方が良い気すらしてきた。


「という訳で、何かがあったら、すぐにとんずらさせてもらうから、そこのところはよろしくな!」


 クリアのことだから、どうせそう言うだろうと思っていたが、面と向かって言われると、非常に悲しいものがあるな。この土壇場で、そういうことを笑顔で、ためらいもなく言える姿勢にだけは感服する。


 力なくクリアから目を背けると、たまたま視界に入ったドアが目に入った。


 本当にたまたまだ。ドアは他にも無数にあるのだから。それを特に深い意味もなく開けると、探し求めていた上に行ける階段があった。


「やっと見つけた……」


 この先の道程を考えると、こんなことで感嘆している場合ではないのだが、脱力してへたり込みそうになってしまう。


「あははは♪ そうだったよ。ここにあったんだ。今、思い出したよ!」


「……」


 ペース配分を考えずに走ったせいで、体力がまずいことになっているな。クリアのあからさまな嘘にツッコむ余裕すらない。


 肩で息をしながら階段の先を見ると、赤いペンキで文字が書かれていた。


「マズハ、ジョウガサキトシロ……?」


「もしかしなくても、あたしたちに向けてのメッセージだね」


 そんな気は、俺もしている。ということは、アレだ。また敵が待ち構えている訳だ。もう走りたくないのに……。


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