第百五十七話 招かれざる客へのおもてなし
シャロンの部屋を目指して、仄暗い城内を散策していたら、敵からの攻撃を受けた。上への階段を探して四苦八苦している時、横の壁を破壊、貫通した攻撃が飛んできたのだ。
「うおおお!!!?」
突然の凶事に、侵入中ということも頭から吹き飛んで、ただ大声を上げて叫んだ。
「宇喜多さん!」
攻撃を受けて尻もちをついてしまった俺に、たまらず悲鳴のような声をかけてくる城ケ崎。だが、俺の体は傷ついていなかった。目の前には、これ見よがしに、壁を突き抜けてきたレイピアの刀身が俺を睨んでいた。
壁の向こうから撃ってきたせいで、狙いが定まらなかったのが幸いして、剣は俺の眼前をかすめていったのだ。恥ずかしい話だが、尻もちをついたのは、衝撃に驚いたからというだけだ。
実は驚いたついでに軽くビビってしまって、足がちょっと振動しているのだが、さすがにそれまでバレてしまってはプライドに関わるので、強がって立ち上がった。
俺から人二人分ほど離れたところに人影があった。ちょうど壁の割れ目からこちらを覗いてきている。俺を攻撃してきたのはこいつで間違いあるまい。
「あらら。生きていたか。というか、手ごたえがなかったから、全然かすってもいないみたいだね。もっと、こう……。派手な鮮血の噴水を見たかったんだよな~! もうちょっとずらして刺しておけばヒットしていたのになあ~」
縁起でもないことを、軽薄な声で、本気で残念そうにこぼしている。崩れた個所から顔を覗かせていたのはゼルガだった。俺たちと目が合うなり、ニッコリと手を振ったが、返す気分ではない。
「……危ねえな。死ぬところだったじゃねえか」
「それなんだよ。是非死んでほしかったのに。ああ……、残念だ……」
こいつとはまるで会話が合わないな。
警戒に挑発してきてくれるよ。再会してから時間が経っていないのに、もうブッ飛ばしたくてウズウズしているよ。
「よりによって、城に入って最初に遭遇したのがお前なんてな。みんな寝静まっているから、誰にも会わないと思ったんだがね。特にお前と会いたくないから、万全を期すために、城中を催眠ガスまみれにしたんだぞ」
「それは済まないことをしたねえ。俺、悪い子だから、ちょうど夜更かしをしていたんだよ。そうしたら、白いガスが蔓延してきたのを目撃しちゃってね。危うく難を逃れたという訳さ」
ゼルガの話がどこまで本当かはどうでも良いことだ。重要なのは、俺たちにとって厄介な敵が、眼前に現れてしまったということだ。
「嬉しそうな顔をしているということは、戦う気満々ということだよな」
「当り前のことを今更聞かないでくれよ。それ以外にどんな理由があるっていうんだい?」
何もないか。こいつに戦う以外で楽しむことがあるような気がしない。だが、俺より先にシロが動いた。
「む!」
俺と話すゼルガに向かって火球が発射される。苦も無く躱したゼルガに向かって、次の弾が続く。
「話し込んでいる暇はないよ、お兄ちゃん! ここは敵地なんだから、敵がこいつだけの内に片付けないと!」
「ふん! 姉妹揃って、血気盛んだなあ。だが、結構な理屈だ」
ゼルガの眼がギラリと光って、シロを睨む。彼女の危機だと察した俺は、黒太郎を出して、ゼルガに向かわせた。
「来たか、不死身くん!」
黒太郎の一撃を華麗な身のこなしで躱して、お礼代わりに斬りつけてきたが、ゼルガの攻撃は、やはり黒太郎にとって痛くもかゆくもないようだ。
戦術としてはシンプルだが、黒太郎を盾にして、離れたところからシロが火球を連発することにした。やられた方からしたら卑怯と思われるかもしれないが、こっちも命がかかっているのだ。一番安全な戦い方でいかせてもらう。
ゼルガも、やはりそれで来るかという顔で、腹立ち紛れに黒太郎の腹を突き刺す。
「……駄目か」
つまらなそうに吐くと、次に黒太郎の首をはねた。これならいけるかもしれないと踏んだのだろうが、分断された部分が霧状になったかと思うと、元通りになってしまった。
「本当に不思議なんだな……」
感心したように呟く始末だ。敵からも認められるとは、なかなかに恐ろしい存在だよ。
「さあ、クリアおばさん! 私と黒ちゃんが時間を稼いでいる内に、強烈な毒を散布するんだよ!」
「馬鹿かい! ここで毒なんて撒いたら、あたしたちまでお陀仏だよ!」
「え~、駄目なの~!?」
後ろが騒いでいる中、ゼルガは攻撃の手を止めて、黒太郎の攻撃を紙一重で躱しながら考え込んでいるようだったが、おもむろに呟いた。
「ふむ……。やっぱり君は邪魔だねえ。準備不足も否めないし、悔しいけど、ここは一旦退くしかないかな」
ゼルガにしては諦めが早いな。だが、脅威が去ってくれるということは、こちらにはありがたいことだ。だが、それは他のやつに、俺たちの侵入がばれてしまうことを意味している。
無理をしてでも倒すべきかと思い悩んでいると、ゼルガが不敵な笑みを漏らした。
「でも、残念! タダで撤退するのも、俺のプライドに関わるから、置き土産は置いていくことにするよ! 受け取ってくれたまえ!」
ゼルガの流れるような剣劇が俺たちを避けるようにしてアーチを描くように、床を進んでいく。そして、剣戟の軌跡になぞる形で、床がすっぽりと落ちていく。
「常世の世界に、お仲間の何人かをご招待♪」
床が落ちるということは、その上に立っているやつも一緒に落下していくということだ。今、その危険ラインに立っているのは……、城ケ崎だ。
「宇喜多さん!」
「城ケ崎! 早くこっちに飛び乗ってこい!」
手を伸ばすが、遅かった。既に手の届かないところまで床は落下してしまっていた。
「は~い、ここでアドバイス!」
それどころじゃないというのに、ゼルガがへらへらした顔で忠告してきた。無視してやろうと思ったのに、何故か聞き耳を立ててしまう。
「一階分、フロアを落ちただけとか思わないことだ。この下は空洞になっていて、かなり下の階まで筒抜けになっているからね。彼女、普通の人間みたいだけど、そのまま落下したら、衝突で命はないだろう」
「何だと!?」
忠告は城ケ崎の耳にも届いていたのだろう。彼女の表情が凍りついている。
「お姉ちゃん! 今助けるよ!」
慌ててシロが後を追い、落下する。こいつなら翼を出して飛ぶことも可能なので、城ケ崎の落下を防げるだろう。
「彼女……、間に合うと良いねえ」
自分でやったくせに他人事のようにのたまうゼルガに、俺の怒りは爆発した。
「黒太郎……! そいつが逃げる前に、顔面を三発は全力で殴れ……!!」




