第百五十五話 等身大の幸せの形
異世界に再び舞い戻った俺たちは、城ケ崎と合流して、ルネ奪還作戦に乗り出そうとしていた。別れた時には、ひどい怪我を負っていたのに、すっかり完治していた。やり方に難はあるが、異世界の治療技術は一流だ。
向こうではシロが魔王の使いであるコウモリと話し込んでいる。サイズも見た目も、よく知っているコウモリなのだが、人語も話せる上に、簡単な魔法なら使えるということだ。
「あの光景だけを見ていると、緊迫感が伝わってこないな。おめでたい頭の子が、ペットとお話ししているだけに見えるよ」
「シロちゃんに聞かれたら、怒られますよ」
苦笑いしながらも、否定はしなかった。
「ていうか、城ケ崎。その髪はどうしたんだ?」
別れた時にはショートカットだったのに、今は腰まで伸びている。数日しか開いていないのに、この伸び方は不自然だった。
「あっ、これですか?」
すっかり長くなった自身の髪を照れ臭そうにさすりながら説明してくれた。
「傷が治ってから気が付いたんですが、薬の副作用らしいですね。治りは速くなるそうなんですが、関係のないところの成長も速まってしまうんです。もう切ってしまいましたが、爪も信じられないくらいに長くなったんですよ」
考えようによっては怖いことを、さも楽しそうに話している。こいつって、俺と話す時に、こんなに笑うやつだっけ?
「治療したのは、例の素敵な鶏頭をお持ちのお医者さんか?」
「ええ、宇喜多さんもお世話になった、例の魔物さんですね」
「今回の治療で、回復の泉には入らなかったのか。俺の時は、問診まがいのことをして、後は回復の泉に、体ごと丸投げなのにな」
予想はしていたが、やはり例の鶏頭の治療の賜物だったか。この世界に医療裁判というものがないのが悔やまれるほどの副作用だな。他に身体に異常はないかどうか聞いてみたが、爪と髪以外は、至って快調とのことだ。
昔、治療と称して骨を折られた時のことを考えて渋い顔になっていると、城ケ崎の表情が曇る。俺がつまらなそうにしているのを、自分に非があると早合点してしまっているのだ。
「は、ははは……。やっぱり変ですよね。後で物陰にでも隠れて、短めに切っておきますよ」
「いや、その必要はないぞ」
「え……?」
「不幸中の幸いってやつかな。その髪型の方が、ショートカットよりも、似合っているから。イメチュンで、今後はその髪でいったらいいと思うよ」
俺は何の気なしに正直な感想を口にしただけなのだが、城ケ崎の顔が見る間に赤くなっていく。
「う、宇喜多さん!」
「ん?」
「セ、セクハラです!」
「は!? セ、セク~!?」
突然のセクハラ宣言に、顔色が青ざめてしまう。異世界にも、セクハラのトラブルを扱う機関があるかは謎だが、成人男性には気持ちのいい言葉ではないのだ。断っておくが、やらしい下心は一切なかった。
城ケ崎も口走ってから、言ってしまったという顔になり、二人で気まずい空気を持て余すことになってしまった。
「……話が脱線してしまいましたね。話題を変えましょうか」
「ああ……」
咳払いをしながら、気恥ずかしそうに俺から視線をずらす城ケ崎。彼女の見つめる先には、縄で身動きの取れなくなっているミルズがいた。
「さっきから気になっているんですが、そちらの子の説明をしてもらってもよろしいですか……? ずっと恨めしげに見られていて、落ち着かないんですよね」
「ああ、経緯を話すとだな……」
一言で済ませるなら攫ってきたなのだが、そんなことをさらりと言えないので、どう言おうか悩んでいると、話を終えてきたシロが頼んでもいないのに即答してくれた。
「戦利品だよ!」
「ははは」
また出鱈目なことを吐いているが、城ケ崎も慣れたもので、シロの嘘をすぐに見抜き、大人として鷹揚な笑いで流した。その後で、俺が改めてミルズを連れてきた経緯を説明した。
「よっしゃ! 情報交換も終了したところで、これからの予定をざっくりと説明させてもらうよ!」
仁王立ちでシロが声高に叫んでいるが、シャロンを攻めている魔王に交じって、戦いのドタバタの中で、ルネを救出するという流れなんだろ? 今更確認することなのかと聞くと、シロは難しそうな顔で首を横に振った。
「今回の戦いだけど、お兄ちゃんが思っているより大きくなっているね! シャロンが、魔王様の居城を攻めたのを見計らって、あちこちで魔王様への反乱が一斉に始まったんだよ!」
「示し合わせていたってことですか?」
個別で戦っても魔王には勝てないから、一致団結したのか。漫画ではよく目にする戦法だが、仕掛けられる側に立つというのは、なかなか新鮮な気持ちがするな。
シロの話をまとめると、シャロンが魔王の居城を攻めてきたのは、連合で戦争を仕掛ける際の挑戦状を叩きつける目的があったのか。
俺からメイドを一人かすめ取るために、一度やられた魔王に喧嘩を売る。ずいぶん割に合わないことをしていると密かに思っていたのだが、やはり裏の目的があったのか。俺の方はついでという訳だ。屈辱だが、そっちの方がしっくりくるね。
「魔王に反感を抱いていた連中が、一斉に蜂起したのか。ははは……、俺、生き延びられるかな。そもそも戦力になるのかね……」
俺が思わず漏らした弱気な告白を、シロが不思議そうな顔をして聞いていた。すぐに、どうしてそんなことを気にするのかを問うてくる。
「いやいや! 私たちは戦わないよ! 魔王様が自分の獲物をお裾分けしてくれる訳がないじゃん!」
「……そっか。俺たち、援護しなくていいんだ」
魔王からしてみれば、またとない大きな戦いであって、全部自分で相手にしたいくらいらしい。俺たちは援護などという邪魔はしなくていいから、その隙にとっとと目的であるミルズ救出を果たせということだ。魔王なりに気を遣ってくれているのかもしれないが、どこか寂しさも感じてしまう。
俺の一世一代の戦いは、実力者たちからすれば、その程度の扱いでしかないということを、再認識させられた形だ。縛られたままのミルズが皮肉をこめて笑っている。だが、俺は動じない。
落ち込んだりはしないさ。
俺は所詮脇役……。そんなことは分かりきっていたことだ。生まれた世界で一介のサラリーマンにしか過ぎない人間が、別の世界に移動した途端に風景が変わることなんてないのだ。仮にあったとしても、決して欲張ってはいけない。
事態が変わってきているのに、俺たちだけ当初の目的通りに勧めることが出来るのだ。それに、魔王軍を相手にすることで、俺たちに割かれる戦力は減る。楽になるのだ。むしろ喜ぶべき事態だ。
プラスに解釈し直した俺は、頬を叩いて気合を入れて、みんなにもう出発しようと促した。




