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第十三話 現実とも夢ともつかない場所で、『黒』は迫ってきた

 自分の部屋で寝ていた筈なのに、気が付くと、廃墟のような部屋に大の字になって寝そべっていた。


 事態の異常性にはすぐに気付いたが、俺は再び目を閉じた。そして、寝返りを打つ。


 しばらく我慢してみたが、何の変化もないので、仕方なく起き上がる。


 俺は妙な状況に置かれている。決して気のせいではない。とりあえず今判明していることを整理してみる。だが、情報量が少な過ぎるので、整理するまでもなかった。


 自分はどうしてこんなところにいるのだろうか。寝る前に移動した覚えはないし、夢遊病を患っている訳ではない。というか、俺の行動範囲に、こんな場所は存在しない。いや、一つだけ心当たりはあるが、こんな荒廃はしていなかった。


 シロがイタズラをしてきている可能性を疑ったが、そんなことをする理由がない。俺をからかいたいのなら、他にいくらでも仕掛けてくるタイミングがあるのだから。


「ひょっとして妙な超能力に目覚めちゃったとか。最近、魔王の使いに絡まれたり、異世界の美少女とイチャイチャしたりしているしな。そろそろ異能の力が覚醒してもいい頃だと思っていたんだよ!」


 都合の良い解釈をして、悦に浸っていたが、さすがに虚しくなったので、真面目に考えることにした。


 一瞬リアルな夢で片付けようとしたが、その割には感覚が冴えわたっていた。試しに頬をつねって見ると……、痛い。


 痛覚があるということは、夢じゃないのか? 


 混乱した頭で考えていると、廊下から何者かがこっちに向かってくる地鳴りのような足音が聞こえてきた。わざと大きく響き渡るように、故意に力を込めて歩いているな。地面を通して、敵意が伝わってくる。


 未だに状況は掴めていないが、危険が迫っていることだけは理解した。何者か走らんが、俺がここにいることを知った上で向かってきている。


 パジャマを着ているだけで、武器どころか、何一つ持っちゃいない。戦うなどもってのほか。俺はすぐさま、クローゼットの中へと逃げ込んだのだった。この緊急時に、どうしてクローゼットかというと、最近プレイしたゲームで、似たような状況に追い込まれた時にこの方法で危険を回避する機会が多かったからだ。


 クローゼットを中から閉めて、真っ暗闇になると、自分の選択を猛烈に後悔した。いくら頭の中が真っ白になったからって、ゲームの知識に頼ることないだろうに。だいたい向こうが俺を探しているのなら、人の隠れられそうな場所を片っ端から開けていく筈だ。クローゼットだけ見逃すなんて、都合の良いミスを犯してくれる訳がない!


 どうせ隠れたって見つかるのは時間の問題なんだから、自信がなくても、迎撃の準備をするのが正解じゃないか。すぐにクローゼットから出て、武器になりそうなものを物色しようとしたのだが、扉に手を触れようとした矢先、轟音が室内に響き渡った。何者かが、到着してしまったのだ。


 もう観念して、暗闇の中、縮こまっていると、室内の製品が無造作に破壊されていく音が聞こえてきた。手当たり次第にぶっ壊してやがる。


 これじゃクローゼットの木の板だって、いずれ破壊されてしまう。やがて来る最悪の瞬間を、涙目で待つしかないこの身がもどかしいよ。


「一体何が起こっているんだよ……」


 頭を抱えて、泣き言を漏らす。


 眠りに落ちるまでは、まさしく至福の時間だったのに、それが瞬きをしている間に暗転してしまうなんて。


 木の板一枚向こうで、破壊が進行している中、俺は身を丸くしながら、災厄が通り過ぎる時をひたすら待ち続けた。


 しかし、無情なもので、そいつはクローゼットに向かって、蹴りを見舞ってきた。気の板が突き破られて、そいつの脚がすぐ横を通過していく。蹴り破られたところから光がさして、確認出来たのだが、ひたすら真っ黒だった。他の色は一切含まれておらず、むしろ黒以外の色が混じるのを拒んでいるようにすら見えてしまう。


 そこから連続で、蹴りが飛んできて、そのたびに、俺は寸でのところで躱し続けなくてはいけなくなった。もう俺の姿なんて、とっくに確認しているだろうに、外しまくりやがって……。案外、今飛び出せば逃げられるんじゃないかとも思ったが、テレビゲームのキャラクターではないのだ。そんな大胆なことは、出来るものではない。やがて手が伸びてきて、がっしり掴まれるのだろうなと死ぬ思いで、得策とはいえない回避を続けるのが関の山だった。


 結果だけ述べると、俺はどうにかその場を切り抜けることが出来た。といっても、何か行動を起こした訳ではない。攻撃がいきなり止んだのだ。


 幸運は続くもので、そいつはひとしきり破壊工作を行うと満足したらしく、入ってきたとは対照的に、大人しく引き上げていった。俺は放心状態で、その様子に聞き耳を立てていた。残念ながら、そいつのことは正視できなかった。目が合ったら、また襲ってこられそうな気がして、怖かったからだ。


 災厄が去ってからも、じっとしていたが、無音の時間が五分を超える頃になると、ようやく重い腰を上げた。


「ひでえ……」


 元々廃墟のようだった部屋が、さらに荒廃を極めていた。床が抜けなかったのが不思議なくらいの荒れようだ。


 部屋の中央には、入り口のドアが叩きつけられていた。入室の際に、蹴りで吹き飛ばしたらしい。この部屋を荒らしまわった何者かは、ドアの開け方も知らないのだろうか。


「どっちにせよ、やり過ごして正解だな」


 無謀な行動をとらなかったおかげで、右手に切り傷が出来ただけで済んだ。木の板が割られた際に、切ってしまったらしい。


 とにかくまたここに戻ってくる前に、俺の部屋に戻る道を探さなくては。


 まだ震えている足を引きずるようにして、部屋の探索を始めた。ざっと見回した限り、やはり例の部屋に酷似している。だが、ドアの数が段違いに増えている。しかも、いくつかのドアの向こうからは、悲鳴だの、何かが爆発する轟音だのが、漏れ聞こえてくる始末だ。


「ここは地獄への入り口なのか?」


 思わず物騒な言葉が口から洩れてしまったが、ドアが開いて、閻魔大王が顔を覗かせてきても、今なら納得してしまいそうだ。


 ドキドキしながら、ドアの一つを開けてみると、先の見えない廊下がずっと伸びていた。そして、両側に等間隔に配置されたドアの群れ。他のドアも同様だった。


 廊下の先に踏み込んで、さらに調べてみたいという欲求には駆られなかった。必要もないのに、こんな得体の知れないものに近寄るほどの度胸も好奇心も持ち合わせていないからだ。見るにしても、戻る方法を確保するのが先。


 何者かが去っていった入り口から顔だけを出して、周囲を確認した。誰もいなかった。廊下の様子から察するに、俺の住んでいるアパートにそっくりだった。まるでパラレルワールドにでも迷い込んだ気分だ。


 ここが俺の住んでいるアパートと同じ構造ということは、当然俺の部屋にそっくりの部屋もあるということだよな。ほぼ同じ場所に。行こうかどうか迷った末に、行ってみることにした。


 あった……。ドアを開けようとしたら、鍵がかかっていたが、何故かポケットに入っていた鍵を使うと、あっさりと開いた。恐る恐る中を覗くと、そこには、見慣れた俺の部屋が広がっていた。しかも、どこも変わっていない。寝る前に、ルネがきれいに掃除してくれた状態の部屋が広がっていた。


 どうして俺の部屋だけ……。


 変な話かもしれないが、むしろ他と同じようにボロボロになっていてくれた方が、よほど安心出来た。俺の部屋だけきれいだと、悪意のある何者かに目をつけられている気がして、いやが上にも警戒してしまう。


 悪い予感を裏付けるかのように、リビングで異変を見つけてしまった。俺のベッドで、何かが布団にくるまっている。もぞもぞと動いていることから、生物だと推測出来た。等身大の人形がくるまっていたら、それはそれで不気味だが、生物だと危険を感じてしまう。


 さっき俺に攻撃を仕掛けてきたやつか?


 確認しようなんて思わない。頭の中では、逃げることばかり考えていた。後ずさる時に音はたてなかった。だが、何者かは動きをぴたりと止めた。俺のことがばれてしまった?


 気のせいだってくれと願ったが、ベッドの中から手が出てきた。またも黒一色だった。それは布団に手をかけると、めくろうとしている。出てこようとしているのだ。


「あ、あ……」


 また襲われる。そう直感した俺は、すぐさま振り返って、全力疾走を開始した……。







「ここは……、俺の部屋……?」


 気が付くと、俺は自分の部屋に戻っていた。確か黒いものから逃げようとしていたんだよな。


 辺りを見回すが、何回確認しても、見飽きた自室だった。寝相が悪かったのか、多少布団は乱れていた。カーテンは開け放たれていて、日光が遠慮なく俺の部屋を照らしている。もう朝か。


 汗がすごかったので、タオルを手に取ってぬぐった。さっきまでの奇妙な感覚は、きれいに霧消していた。連れて行かれる時も急だったが、戻ってくる時も急だなと、寝返りを打った。


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