第百三十六話 幼女さん、見~つけた
浴びると透明になってしまう雨が、外で猛威を振るっているのを横目に、俺たちはモール内で時間を潰していた。
ただ待っているのは暇なので、店内を見まわることにしたのだが、歩くごとにクリアの手に商品が増えていったのだった。ふとした拍子に、何気なく彼女を見ると、増えているのだ。
俺は止めろと言っているのに、手癖が悪いことで。代金を払う気がないということは、確認するまでもなく分かるよ。シロまで真似したらどうしようかと危惧したが、やつはちゃんと分別というものをわきまえていた。
「それにしても、みんな、よく眠っているな。揺すったら、起きないかな……」
「どれどれ……」
俺の呟きを聞いていたクリアが、言うが早いか、一般客と思われる男性に、渾身の腹パンを食らわせた。起きるかと思ったのだが、男性は同じ姿勢のままで、嗚咽すらしない。
「起きないねえ……」
「ああ。起きなくて良かったよ。不要な揉め事が増えるのはたくさんだ」
今更なことだが、クリアの暴走ぶりが、シロよりひどい。小さい子が一人増えたと思っていたが、抱えた爆弾は、予想以上に強烈だったことになる。
「しかし、雨が止んでくれないことには、何も出来ないな」
敵がどこにいるのか分かれば、手の打ちようはあるんだがな。どこかに潜んでいるのは分かっているのに、どうしようもないというのは、もどかしいものだ。
苛立つ俺に、シロがしたり顔でアドバイスしてきた。
「そうでもないよ! あれを見てみ!」
シロが指差した先に、蜂が一匹飛んでいるではないか。外から紛れ込んできたのかと思えば、いつの間にか一匹、また一匹と増えていく。
「いるのか……。ここに……」
「ふっふっふ! 災い転じて福となす。今日の私たちは、なかなかついているよ!」
昆虫を使うやつには、一人だけ心当たりがあった。あの蜂も、そいつが操っている者であるのなら、万々歳のだがね。
「戻っていくみたいだ。あの蜂は偵察の帰りか」
「そうみたいだね! 追うよ!」
本人としては、異常がないかどうかを確認するために蜂を放ったのだろうが、そのせいで、却って異状を引き寄せることになってしまった訳だ。何とも本末転倒なことといえるな。
蜂を追っていった先で、ミルズに会うことが出来た。罠がある可能性も危惧したが、拍子抜けするくらいに、あっさりと見つかった。
「お前ら……!」
自身の蜂が追跡されていることを知らなかったみたいで、俺たちの姿を見るなり、かなり驚いていた。今まさに俺たちが探している人物だった。トレードマークともいえるフードも、ちゃんと着ている。
不幸中の幸いとはこのことだ。まさかこんなところで、探し人にバッタリ遭遇出来るなんて! 買い物中だったのか、フライドチキンがたっぷり入った箱を、右手で抱えるようにして持っている。
思わず顔がほころんでしまうが、ミルズの方は、心底迷惑そうな顔で睨んできていた。まあ、無理もないか。
「ふう……。たまに買い物に出かけてみれば、君たちみたいなのと遭遇するなんてね。おまけに、変なやつにまで絡まれる始末さ。もう泣きたくなってくるね」
泣きたくなってくると言いつつも、目は怪しく光り、臨戦態勢満々ではないか。俺は慌てて両腕を振って、本日は無害だということをアピールした。
「わあああ、ちょっと待て! 今日は戦いに来たんじゃないんだ!」
「……む?」
俺の慌てた様子に、ミルズはきょとんとした顔をしながらも、フードの隙間から顔を出していた蜂の群れに、静止の指示を出してくれた。とりあえずは戦闘を中断してくれたらしい。
「戦いに来たんじゃないというのなら、何をしに来たんだい?」
「え、え~と……。それはな……」
この期に及んで、どうスカウトすべきか、言葉に悩んでしまった。よく考えてみたら、いきなり敵に向かって仲間になれと言える訳もない。上手く出来そうだと思っていたが、本人を前にすると、上手く言葉が出てこない。
早く何かを話さないと、ミルズに不審がられてしまう。そう焦っていると、シロが前に出た。
「見たところ、ミルズもここに避難しに来たようだね! そのまま動けなくなって、待機していると見たよ!」
「そう言う君だって、状況は同じじゃないのかね? 自分のことを棚に上げて話すのは止めてほしいものさ」
挨拶代わりに、棘のある会話が、早速展開された。分かっていたこととはいえ、やはりこの二人、仲が悪い。
「相変わらずの肉狂いだね! しかも、それだけ食べているのに、余分なお肉はつかないチート体質! 順調に女性の反感を集めているね!」
ミルズをからかいながらも、懐のナゲットに手を伸ばそうと試みるが、スナップの効いた見事なビンタを手に浴びて、玉砕してしまった。痛かったらしく、涙目でミルズを睨んでいる。
「意地汚く、勝手に手を伸ばさないでほしいものだね。君に分けてあげる分なんて、ありはしないのにさ」
「ぐ……、そんなにあるんだから、一切れくらい良いじゃないかよ、ケチンボ! ……えぐっ!」
肉のことで喧嘩が始まっちゃったよ。ずいぶんと食い意地が張っているな、二人とも。
「ん?」
ここからどうやってスカウトの話まで続けようかと考えていると、上から埃が舞ってきた。見上げると、天井のところどころにひびが入っており、崩落する寸前だった。
「て、天井が落ちてくるぞ!!」
「見れば分かるさ! 君たちに気を取られて、別の敵の接近に気付かなかったらしいね。とんだウッカリさ」
天井がそのまま落ちてきたせいで、逃げ場がなく、何もしなければ、俺たちはそのまま下敷きになってしまっていただろう。
もちろんすぐに黒太郎を呼び出して、天井を破壊させたがね。
サブタイトルは、今回の敵の心の声を書いたものです。
決して主人公の心の声ではありません。




