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第百三十一話 別行動宣言

 敵の襲撃を受けて、半壊した居城に、魔王が凱旋してきた。こいつがいてくれれば、もっと楽に勝てただろうに、タイミングが悪い。向こうとしても、暴れまわりたかっただろうから、責めるようなことはしないがね。


 魔王とは、通路を歩いている時に遭遇した。一度見たら忘れないだろう存在感も体も巨大なヘビが、俺を待ち構えていたのだ。


「よおおお! 待たせたなあああ!」


「今、帰ったのか。もう少し早かったら、新しい獲物にありつけたのにな!」


 俺がからかうと、露骨に顔をしかめた。暴れ損ねたのを、相当気にしているらしい。相変わらず分かりやすい性格をしている。


 異世界に来る前までは行動を共にしていたのだが、暴れたいという理由で、俺たちを置いて単独行動に移ったのだ。その後、夜になったら暴れ疲れて戻って来ると思っていたら、そのまま南方で起こった反乱を鎮めに行ってしまったのだ。なんとも底知れない体力の持ち主だよ。


 魔王の機嫌は、やはりというか、悪かった。無理もないか。自分の居城で、これだけ派手に暴れられたのだ。虫の居所だって、悪くもなるか。


「心配するなあああ! まだ戦いは終わっちゃいねえええ! 今度はこっちから攻める番だあああ!」


 攻め入る気満々だ。シャロンは、怒らせてはいけない相手を怒らせてしまったらしいな。くわばら、くわばら……。


「この怒りはああ、シャロンをブッ飛ばして晴らさせてもらおううう! 言っておくが、止めても、無駄だからなあああ!!」


 止める? 冗談だろ。俺もシャロンには腹が立っているんだ。むしろ倒してくれと、積極的にお願いしたいくらいだ。


「ああ、止めはしないよ。むしろ徹底的にやってくれ。俺も用事を済ませてから、後を追わせてもらうから」


「用事ぃぃぃ!?」


「ああ。敵の内情に詳しそうで、裏切ってくれそうなやつがいるから、スカウトしてこようと思ってな」


 そんな面倒くさいことをしなくても、正面から粉砕すればいいだけの話だろという目で、魔王がジッと見てくる。明らかに不満げだ。何も魔王の力を疑っている訳ではないか。シャロンは、悪知恵が利くからな。素直にコレクションを引き渡して、やられてくれるとも思えないんだよな。


「けっ! 勝手にしやがれ! だが、到着する頃には、もう終わっているかもなあああ! お前の努力が無駄に終わる可能性は高いぞおおお!!」


「俺もそれを望んでいるよ」


 さらりと返されたので、言った魔王の方が驚いてしまっていた。そんな意外なことを言ったつもりはないんだがな。俺は魔王と違って、暴れたい訳じゃないしね。


 一番良いのは、魔王が完全にシャロンを叩きのめして、ルネを連れて凱旋することだ。俺は勇者じゃないので、自分で助け出さないと気が済まないとか、思わないのだ。愛する者を、勇者が救出してくるのを、村で首を長くして待つ村人の方が、自分には向いていると思っているくらいだ。


「俺はルネが戻ってくれば、それで良いんだ。勇者にも、英雄にも、ならなくって良い!」


「はん! それなら、他力本願も辞さないってか!? てめえの力を見極めて、懸命な判断を下しているようだが、俺がルネを勢いに任せて潰すって、展開は想像しねえのかあああ?」


「それはないね」


 魔王が揺さぶりをかけてくるが、俺は動じない。


「あんたが潰すのは、自分に向かってくるやつだけだ。だから、きっと物陰で震えるだけのルネは対象外だ」


 魔王が愉しんでいるのは、反抗的な敵を屈服させることだからな。従順なルネを狙うことは間違ってもあり得ない。


 俺をからかって遊ぶつもりだったのか、予想に反して、すんなりと話が済んでしまったので、魔王はどこかつまらなそうにしていた。それを紛らわすためか、ふんと鼻を鳴らして、俺の前から去っていった。後姿を見ながら、魔王と敵対することはないが、親友になることもないと直感した。考え方が違う。つかず離れずで、交際を続けていくのがベストと見たね。


「それにしても……」


 何か忘れている気がするんだよな。それも重要な何かを。


 忘れるほどなんだから、放っておいても構わない気もしたが、もやもやしているのは嫌いだ。しばらく記憶を整理してみたところで、ようやく思い出した。


 俺を暗殺しようと目論んでいたクリアのことをすっかり忘れていた。あいつがどうなったのか、ハッキリしていないじゃないか。


 元々は、こいつへの迎撃を目的にしていた筈なのに、どうして忘れていたのか。これも、やつの存在感のなさがなせる技なのだろうか。


 ちなみにクリアは、通路で気絶しているところを魔物に発見されて、縄でがんじがらめに縛られていた。


「すまん! すっかり忘れていた!」


「は!? 言い訳をする素振りもなく、すんなりと頭を下げられただって? え? 本気で忘れられていたのかい!?」


 クリアは俺を睨んで、文句を言おうとしていたようだが、開口一番に全力で謝られてしまったので、傍目からも分かるほどに動揺した。


「こ、これでも、あんたを殺そうとしている女だよ!? それの存在を忘れるなんて、どんな神経をしているんだい!」


「人並みの神経のつもりではいるよ」


 賭けても良いが、クリアのことを忘れていたのは、俺だけではない筈だ。きっとアルルやゼルガも、忘れていたに違いない。誰も助けに来なかったしな。ゼルガはともかく、仲間想いのアルルにまで忘れられるクリア。だんだん哀れに思えてきたな。


「おい……。その憐れむ眼差しは止めろ。本気で泣きたくなってくるじゃないかい……」


 悲しくなってきているのは事実らしい。じゃっかん涙目になっているのか、同情をそそってしまう。


 だが、敵であることは間違いないので、助命を嘆願するようなことはしない。クリアはこの後、処刑される運命だと割り切った。


「処刑? そんなことはしないって、面倒くさい」


「……はい?」


「そんな小物を処刑するような面倒くさいことはしないって言ったんだよ」


「……」


 たまたま通りがかった幹部級の魔物に聞いてみたら、そんな回答が返ってきた。俺にとっては脅威の存在でも、上位の魔物からしたら、小物扱いときたもんだ。


「欲しいんなら、お前の物にしても良いぞ~! 一応、生物学的には女だからな~! 賞味期限は過ぎているけど!」


「……ひでえ」


 散々な言われようだ。こうなってくると、処刑された方がマシに思えてきてしまう。


「ふっざけんな! 私はまだピチピチの三十だ! 決しておばさんなんかじゃねえ!」


 去りゆく幹部に向かって、虚しい叫びが轟く。だが、幹部の足が止まることはない。代わりに、周りから魔物たちの嘲笑が聞こえてきた。クリアの存在は、見世物として、定着しつつあった。


「くっ! どいつもこいつも、馬鹿にしやがって……。あたしゃあ、虚仮にされるのが、大っ嫌いなんだ! こうなりゃ意地だよ。こいつの仲間になって、活躍して、今の発言を泣いて取り消させてやるよ……」


「へ?」


 どうやらプライドに障ったらしい。怒りに任せて、とんでもないことを口走っている。というか、今の言葉、俺を見ながら、言っているのだが……!?


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