第百三十話 ある幼女の『終わり』
周りで魔物たちが、不思議なものを見る眼差しを向けてくるのを気にせずに、俺とシロのアルル発掘作業は続いていた。
「見つからないねえ~!」
「ああ。本当にここに埋まっているのか、疑わしくなってくるな。もしかしてポイントを間違えているとか?」
「そんな筈がないんだけどな~! アルルは、こういうのを見分けるのは、飛び抜けて上手いからな~!」
アルルには、宝探しの才能でもあるとでもいいたいのだろうか。そういうことなら、俺は、宝くじを引き当てる才能の方が欲しいな。
「なあ。お前は無理に手伝わなくても良いんだぞ。魔王の手先が、敵を助けるような真似をしていたら、仲間の魔物に示しがつかないだろ」
「そのセリフ、お兄ちゃんにも返すよ! ここに来て日も浅いのに、迷惑ばかりかけちゃって! そろそろどつかれるよ!」
「俺は……、好きでやっているから良いんだよ。自己責任ってやつだ」
「それなら、私も自己なんとかだよ!」
早い話が、お前もアロナの安否を心配しているってことだろ。正直に言えばいいのに、意地を張っちゃって。素直じゃないやつめ。なんだかんだ言っても、根っこのところは、繋がっているんだな。
アロナ探しは、その後、三時間に及ぶ長期戦に及ぶことになるのだが、最終的には発掘に成功することになる。
さて。肝心のアロナだが、生き埋めになっていただけあって、意識はなかった。あったら怖いがね。いや、そもそも最初からなかったか。ここで気になるのは、やはり生死だ。そもそも生き埋めになっている時間が長過ぎだ。普通の人間なら、とっくに窒息死している時間だ。
誤解がないように断っておくが、決していかがわしい理由ではなく、生死を確認するという意味で、アロナの胸元に耳を押し当てた。
とくん……、とくん……。
心臓の音は、かなり弱々しかったが、辛うじて動いてはいた。いつ止まってもおかしくないほどの危なっかしさだがね。
「かろうじて息をしているね。いつ止まるか分からないけど……」
もしかしたら、このまま意識を取り戻すこともなく、この世を去ってしまうかもしれない。
「予断を許さない状況って訳だ」
かといって、医者に診せることも出来ない。いくらなんでも、敵を助けろなどとは言えないし、言ったところで断られるに決まっているのだ。
「助かるかどうかは、こいつの生命力次第ってことか……」
それから目を引いたのは、崩落に巻き込まれた際に、損傷したと思われる右腕だ。本当なら血が出ているところなのに、プラスチックのようにひび割れていたのだ。
「前々から危惧していたが、こうして目の当たりにすると、もう否定のしようがないな……」
「アロナが、シャロンの人形だっていいたいの?」
シロからきつめの眼差しを向けられたので、つい正直に答えるのがはばかられてしまうな。答えは、ほとんど出ているというのに。
「お兄ちゃんの予想は外れではないよ。丸っきり当たりでもないけどね!」
「どっちだよ……」
回りくどい言い方は勘弁だ。もう運命共同体なんだから、包み隠さずに話してほしい。シロに詰め寄ると、意外にあっさりと折れてくれた。
「もうちょっと自分の頭で考えてほしいところだったけど、特別にネタバレしてあげるね! どういうことかというとだね……! ……む!?」
アロナの体について、シロが口を開こうとした時、気絶していたアロナが反応したのだった。意識を取り戻すかと、変にドキリとしつつ、注目する。軽い呻き声と共に、アロナの顔がかすかに動いた。
「ん……」
「あ、起きる……!」と思う間もなく、アロナの目蓋が開いた。だが、それはあまりにも儚く、生命の炎が燃え尽きる寸前に、一度だけ意識が戻ったことは容易に分かった。電球が切れる間際に、一瞬だけ眩く灯って、それっきり二度と灯らなくなる光景を連想させた。
アロナの唇が辛うじて動こうとしている。きっと最後の力を振り絞って出す、最期の言葉なのだろう。聞き漏らすまいと、耳を彼女の口元へ近付ける。
「お前ら……、許さない……。ミルズの……、か……、た……」
「……!」
絞り出されたのは、俺たちへの恨み節だった。驚いて、アロナの顔を見ると、既にこと切れていた。
おい……、今のが最期の言葉で良いのかよ……。そんなことを吐くために、力を振り絞ったのかよ……。そう思うと、無性に腹立たしくて、やるせなくなった。
「アロナ。何て言って、死んだの?」
呆然とする俺に、シロが沈んだ声で訪ねてくる。復唱したくない言葉だったが、頑張ってシロに伝えてやる。
「ふ~ん! 最期の瞬間まで恨み節なんて、寂しい終わり方だよ」
俺の話を、他人事のような反応で、耳を傾けている。と思っていたら、プイとそっぽを向いてしまった。
「せめて大人の姿に戻ってから、死ねばよかったのに! お兄ちゃんは知らないけど、こいつ、すごくおっぱいが大きいんだから。お兄ちゃんが見たら、もう釘付けになって、他の物なんて、目に入らなくなるよ!」
「へえ! それは是非拝んでみたかったな」
そういえば、アロナは、呪いをかけられて、幼女の姿になっていたんだっけ。仮の姿のまま、一生を終えることになるなんてな。敵ながら、可愛そうに思えてくる。
「……」
「……」
会話はすぐに途切れてしまう。不本意ながら、俺もシロも、落ち込んでいた。
アロナの遺体だが、シロと手を合わせて、丁重に埋めてやった。せっかく掘り起こしたのに、またすぐに土に戻すなんて、変な気がした。
「最期に、俺たちのことをミルズの仇って言っていたが、ミルズっていうのは、昆虫を使う方の幼女だよな。確か、いつもフードを被っている金髪の……」
「そうだよ。話し方から変わっているニートちゃん!」
言葉少なく呟くと、その場を後にしようとする。することはもう済んだのかもしれないが、少し素っ気なくないだろうか。
「シロ!」
「うん?」
「袂を分かったとはいえ、お前ら、元々仲間だったんだろ? 感じるものはないのか?」
「……昔の話だよ」
それはないだろと詰め寄ろうとしたが、あることを察して、シロとの会話を打ち切る。俺との会話を終えると、シロはさっさと立ち去っていく。
「何も感じていない訳はないか……」
シロが去った方向から、すすり泣きが聞こえてくる。話はまだ終わっていないが、仕方がない。今はそっとしておいてやるか。
うずくまるシロと鉢合わせしないように、足を反対方向に向けて、歩き出した。泣きやむまで時間を稼がなきゃな。




