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第十二話 火傷じゃ済まない恋をしてみたい今日この頃

 昨日休んだ分も含めて……、という訳ではないですが、

いつもより多めです。

 のんびりした気持ちで読むのがお勧めでしょうかね。

 ある夜、帰宅すると、自室のドアの前に、少女が倒れていた。見たところ、十六歳くらいだろうか。今晩は冷えるというのに、やけに涼しそうな服装をしていた。


 遅れてやってきたシロの説明によると、彼女は、とある富豪の元にこれから売られていく商品なのだと言う。それが隙を見て逃げ出したのだが、こうして見つかってホッとしたと、胸を撫で下ろす彼女に、俺が買い取ることは出来ないかと勢いで提案してしまったのだ。


 結果的には、人身売買を行ったことになるが、俺なりに少女を助けてやれないかと考えた末の提案だった。


 そんなことを出来る訳がないでしょと、一笑に付されるかと思ったが、予想に反して、シロは構わないと了承してくれた。ただし、提示してきた金額が問題だった。


「いいよ。一億円で、お兄ちゃんに売ってあげる!」


 しがないサラリーマンの俺には、途方もない金額だったが、シロは返済を待ってやるので、獲得した賞金で払ってくれればいいとも言ってくれた。申し出はありがたいが、どんどん袋小路に追い込まれている気がしてならない。


 ともあれ、他に良い方法もないので、多少のもやもやを抱えつつも、その案に乗ることにした。


「この子の名前はね、ルネちゃんっていうの!」


「ルネ……」


 シロがうきうきした顔で、少女の名前を教えてくれた。顔は日本人なのに、名前は外国人みたいだな。


「異世界の人間だからって、何も知らないままじゃ困るからね。日常生活に支障が出ないように、この世界で生きる上で必要な一般常識と知識は、与えてあるから。留守中に、買い物を任せても、家事や掃除を頼んでも大丈夫!!」


「そりゃ助かるな」


 考えてみたら、こっちの世界のことを何も知らなかったら、かなり苦労することになるからな。シロに指摘されるまで、そこまで考えが巡らなかった。俺は、そんなことも分からずに、異世界の少女を引き取るなんて、言い出していたのか。いくら整ったプロポーションに目が眩んだといっても、我ながら、無謀なことをしたと、今更ながら冷や汗が噴き出てくる。


「それじゃ、私は帰るけど、分からないことがあったら聞いてね。教えられる範囲でレクチャーしてあげるよ。料金は特別にタダ!」


「それは助かるな……」


 今までもそうだったと思うが、タダという言葉は魅力的だ。一億円を払わなければいけなくなってしまった今となっては、尚更ね。


「じゃあ、お二人の熱い夜を~!!」


 意味深なことを大声で叫びやがる。ご近所に聞かれたら、厄介だろ。少し黙れ!


 俺が赤面しながら非難すると、シロはよりいっそう腹を抱えて大笑いしながら、暗い廊下を駆けて行った。どこかの部屋のドアが、乱暴に開け放たれたらどうしようかと焦ったが、シロの去った廊下は静かなままだった。


 だが、出てこないだけで、住人達が迷惑がっているのは明らか。常識ある社会人として、早々に自室へと退散することにした。


 意識を失ったままのルネを抱きかかえるのは、心臓が高鳴ったが、もう俺の所有物と、最低なことを念じながら、どうにか行った。


 自室に入ると、とりあえずルネをベッドに寝かせた。何やら、とんでもないことになってしまったが、後悔はしていない。彼女が寒そうにしている気がしたので、使っていない上着を布団代わりにかけてやる。その後で、スーツの上着を脱いで、ネクタイを外すと、改めてルネの寝顔に見入った。


 可愛いな……。この顔だけ見ていれば、商談に踏み込んだのは正解だったといえる。さっき一瞬だけ意識が戻った時に声も聞いたが、声優みたいで可愛い声色だった。性格も良さそうだったし、今のところ、不満点は見られない。


 これで起きた途端、凶暴な変貌を遂げたら、俺は良い笑いものだろうな。厄介者を高値で買うという、人生でトップクラスの失敗をしたことになる。


 不穏なことを考えそうになるが、それを振り払う。そんな筈はない。言い方は悪いが、この子は商品として、富豪に売られる筈だった子だ。性格が粗暴な子が選ばれることなど考えられない。だから、この子は、性格だって良いに決まっている! 少なくとも、問題を起こさない程度には、良い筈だ。


 アホな妄想に本気で浸っていると、横でルネが寝返りを打った。


「ふにゅう……」


 ……今、可愛い鼾が聞こえたが、彼女って、いわゆる萌の子なんだろうか。


 声にびっくりして、思わず飛びのいてしまったが、まだ寝ていると分かると、再び顔を近付けた。


 ぽっちゃりという訳ではないが、ほっぺがふっくらしていて、柔らかそうだ。赤ちゃんの肌みたいに血行がいいんだな。


 は、ははは……。指を埋めたくなる。


 こういう時って、まず唇に目がいって、キスしたいなあと思うものだと考えていたが、ほっぺに注目とはね。俺も、まだまだ紳士ってことかな。


 思わずクスクスと笑っていると、その声に反応したのか、ルネが目をパチリと開けたのだった。


「……」


 思わず固まる俺。超至近距離で、見つめあう二人。何を話せばいいのか分からず固まる俺に、ルネの方から口を開いたのだった。


「……ご主人様」


 心臓がドクンと跳ね上がった。さっきシロが、俺のことを新しいご主人様だと紹介していたが、まさか本当にそう呼ばれるとは思わなかった。


「あ、ああ……」


 もう緊張しすぎで、それだけ言うのが精いっぱいだった。ここぞという時なのに、こんな醜態を晒すとは、我ながら情けない限りだ。


 固まっている俺を、ルネは興味深そうに見つめていたが、やがて自分が見覚えのない上着を羽織っていることに気付いたようだ。


「ああ、それね。君、薄着だから、寒いんじゃないかと思ってね。どうせ使っていないものだから、良かったら、使ってくれ」


 ルネは、俺がかけてやった上着を、興味深そうに見たり触ったりしていたが、自分に与えられたものだと理解したようだ。


「もらって……、良いんですか……?」


「あ、ああ……」


 俺からのプレゼントに感激して、少し潤んでいるではないか。ここまで喜んでもらえるとは思っていなかったので、じゃっかん気圧されてしまったほどだ。


 この子は、奴隷だったのだろうか……。


 ルネの反応が、あまりにも大袈裟で、ものをもらうことに慣れていないようだったので、ついそんなことを考えてしまった。


 そういえば、彼女は、異世界ではどんな生活をしていたんだろうか。気にはなったが、さすがに堂々と質問するのは憚られた。もちろんいずれはさせてもらうつもりだが、もっと仲良くなってからだ。


 今は、ルネと交流を深めるのに専念しよう。彼女がもっと打ち解けてくれるまでは、ずっと紳士でいることも忘れてはいけない。


「なあ、とりあえず何か食うか? 今は夜で、ろくな買い置きもないが……」


 どことなくお腹が空いていそうに見えたので、親しみやすい感じを意識しながら、笑いかけてみた。ルネは、俺の顔色を窺うような目をしながら、小さく頷いた。




「出来ました……」


「ああ、ありがとう。おっ、チャーシューにメンマまで載せて……。こっちの料理のことをよく勉強しているね」


 俺が作るつもりだったのに、それじゃ申し訳ないと押し切られてしまった。最初は、ちゃんと電気器具を扱えるのか心配で、付きっきりで見ていたが、操作に何の問題もないことを知ると感心する場面が次第に増えていった。というか、俺より扱い慣れているかもしれない。


 しかも、完成した料理は、見た目からして、俺が作った物よりも美味しそうなのだ。昨日今日こっちの世界に来たばかりの少女に抜かれてしまうなんてな……。ラーメンにだけは、ちょっとした自信を持っていた俺は、ただただ頭が下がる思いだった。


「どうですか……?」


「ああ、すっごく美味い。そんなたいした食材を使っていない筈なのに、高級店で食事をしているみたいだ」


 これはお世辞などでは、決してない。本当に美味かったのだ。俺が感嘆の声をあげながら、食事をしている間にも、ルネは部屋の掃除に取り掛かっていた。慌てて、君も食事をしていいんだと止めたが、何て働き者なんだろうな。


 顔もスタイルも良い。性格も問題ない。おまけに家事まで出来るとは。もし、自力でここまでの女性を見つけようと思ったら、一体どれだけの苦労を重ねることになるか考えてみた。


 これまでの俺の女性遍歴から計算すると、天文学的な確率にまで下がってしまう。自力で見つけるのは、ほぼ不可能だろう。


 本来なら、自分とは別の意味で、違う世界に生きている女性と、知り合うことが出来た。表現は悪いが、自分の物として……。


 一億円という障害はまだ残っているが、俺はかなり運に恵まれているのではなかろうか。


 そうこうしている内に、寝る時間になった。というか、元々遅い時間の帰宅だったので、翌日の仕事を考慮すると、そんなにまったりしている暇はなかった。


 いつものようにベッドに潜り込もうとしたが、ルネはどこで寝させるかな。やはり彼女にベッドを使わせて、俺が床で寝るのがセオリーか……。


 だが、そこに淫らな思考が割って入る。一緒のベッドで寝るというのはどうかと……。


 ど、どうする……。一緒のベッドで寝ようって、言ってみるか? さっき知り合ったばかりなのに、それは早過ぎるんじゃないか? だが、シロは、俺の好きなように扱っていいと言っていたし……。いやいや! ルネは物じゃないんだから、彼女の意思も尊重してだな……。


 悶々とする俺の横で、ルネが当たり前のように先にベッドインして、俺に横に寝るように促してきた。


 ここまでラッキーが続くと、誘惑を断るのも限界だった。悲しいことに、俺は意思が弱い部類に入るのだ。


 念のために言っておくが、同じベッドで寝たといっても、手を出すようなことはしていない。疲れがたまっていて、すぐに寝てしまったからだ。もったいないことをした気がしたが、ルネとはこれからも一緒なのだし、焦ることもあるまい。


「これから……、よろしくお願いします……」


 寝入りばなに何とも眠気の吹っ飛ぶことまで言ってくれたっけ。こんなことまで言われて、すぐに眠れる俺って、変なところですごいのかもしれない。


 眠りに落ちる直前、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。このアパートの前で止まったようだが、俺には別の世界の出来事のように聞こえていた。


 こうして夢見心地のまま、夢の世界に落ちたのだが、俺はまだ気付いていなかった。物事には、裏があるということに……。




「あれ? ここってどこだ……?」


 気が付くと、俺は見知らぬ部屋の真ん中に大の字になって、寝そべっていた。さっきまで添い寝していたルネの姿もない。


 何がどうなっているのか分からず、上半身を起こして、辺りをきょろきょろと見回していると、あることに思い至った。


 ここは……、毎晩賞金探しをしている部屋?


 実際の部屋は、もっと狭いし、部屋数も少ない。というか、こんな荒んではいない。だが、確かに、あの部屋の面影があったのだ。


 例の部屋を、滅茶苦茶にリフォームを重ねて、百年くらい放置したら、こんな感じになるだろうか。


 呆気にとられていると、向こうの方から、何か大きなものが近寄ってきている足音が聞こえてきた……。


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