第百二十八話 非情の代償は制裁タイムで支払わせる
幼女が二人、互いに火球を打ち合っている。双子なだけあって、威力は同じで、火球はいずれも相手に到達する前に、相殺して消滅を繰り返している。
「くぅ~! いつも薄暗い研究室にこもって、ぶつくさ唸っているだけのやつが相手なのに、どうしてこんなに手こずるんだよ~!」
「その偏見に満ちた考えを改めろって、何度も言ったよね……。私の研究を否定するだけでも不快なのに、全世界の研究者を敵に回すようなことを吐かないでよ……」
何とか相手に一発当てようと両者とも奮闘しているが、実力が拮抗しているので、長期戦の様相を呈してきた。
火球をとめどなく放っているせいで、室温はかなり上昇していた。二人の額には汗で光っていて、何滴かはポタポタと滴り落ちていた。爆発が起こったのは、まさにその時だった。
「な、何だよ! この揺れは……! これもアルルの仕業なの!?」
「わ、私は何も知らないよ……。あなたたちの建物の管理がまずいから、こんな崩落が起きるんだよ……。……ん? まずい……。これじゃ、アロナが……!」
このままではアロナが生き埋めになってしまうことを察して、一心不乱に彼女の元へと駆けだした。もちろん、シロとのバトルなど後回しだ。というより、バトルのことなど、もう頭になかった。
「戦いの最中に、敵に後ろを見せるなんて、安定の甘ちゃんぶりだね!」
アルルの背中に火球を浴びせようと、開いた右手を向けるシロ。今、火球を放てば、楽勝でアルルを仕留めることが出来る。
だが、シロの掌から火球が飛び出すことはなかった。
「きょ、今日のところは見逃してあげるんだからねっ! 私は心の広い大人の女だからっ!」
そう言って、不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。シロのこういう非常になりきれないところは好きだ。こうして双子の争いは、一時中断された。こちらは問題ない。あるとすれば、俺の方だ。
「ゼルガ……! 緊急事態だよ……。ここは一旦引くよ……。急いでアロナを助けなくちゃ……!」
アルルが出口に向かって走りながら、黒装束ことゼルガに呼びかけるが、やつは黙したままだ。聞こえているだろうに、アルルの方を振り向こうともしない。
「ねえってば!」
アルルがもう一度叫ぶが、ゼルガは身動き一つしない。
「おい! お仲間がお呼びだぞ。返事したらどうなんだ?」
あまりにも無反応なので、つい俺まで声を荒げてしまう。敵である俺がそこまでする理由が分からないが、促してやる。しかし、ゼルガは口角を釣り上げて、悪人面でにやにやと無視を決め込んでいる。
確かこいつは必要のないと判断した場合、徹底して無視するんだったな。まさかと思いたいが、こいつにとってはアロナの生死は、不要なことなのだろうか。
「仲間の救出まで不要扱いとは、お前……、どこまでもクズなんだよ……」
元々、アロナは作戦のためとはいえ、こいつが放置してきた子だ。最初から見捨てる予定だったということか。だんだん本気で腹が立ってきた。
仲間を助けに行かないのなら、もう何の躊躇もいらないな。全力で叩いて、魔王の御前に突き出すことにしよう。
ゼルガの協力が当てに出来ないことを察したのか、アルルは「馬鹿ゼルガ!」と吐き捨てて行ってしまった。お前の怒りは、俺が晴らしてやるから、安心して、アロナのところに急ぐんだな。
アルルが去ったことで、食堂には、俺とシロ、そして憎いゼルガが残された。
「シロ! アルルもいなくなったことだし、今の内にこいつを片付けてしまおう。まだ動けるよな?」
「おうよ! もちろんだよ! 私はまだまだフルスロットルさ! でも、威勢の良いことを言っているけど、戦うのはお兄ちゃんじゃないよね?」
「うるさい、黙れ」
気にしていることを、シロまで指摘してきた。ゼルガが俺を見て、にやついているのが気に食わない。これからその余裕まみれの顔を、恐怖と涙でぐちゃぐちゃに汚してやるよ。
今更ながら思うことだが、ゼルガはアルルと一緒に、この場を立ち去った方が無難だったと思う。自分のことしか顧みなかったばかりに、窮地に陥ることになってしまった訳だ。
「これからお前を二人がかりでボコらせてもらうが、名前だけでも知れて良かったよ、ベルガ」
「……」
あ、また無視かよ。こいつとの会話は、しばしば強制無視が入るから、やりづらいな。
だが、気を引き締めないとな。こいつが黙り込んだ時は、たいてい次の瞬間に斬りかかってくる場合がほとんどだ。おっ、予想通り、俺に向かって飛び出したぞ。
「先にシロを狙われたら、作戦が狂っていたが、俺から狙ってくれてありがとうな」
俺の前に黒太郎を立たせて、ガードに回らせる。……と、ここまではさっきまでと同じ。違うのはここから。
黒太郎を特攻させて、ゼルガの突き出してきたサーベルをわざと深々と突き刺させた。不死身の黒太郎だからこそ出来た、かなり強引な戦法だ。
「む……」
サーベルを引き抜こうと、ゼルガが悪戦苦闘しているが、そうはさせじと、黒太郎も左手で刀身をがっしりと掴んで離さない。
「お前のサーベル裁きは見事だが、もう飽きたよ」
ゼルガの実力が高く、一度無双タイムに突入したら、腕っぷしの良い魔物でも、対処に困ることは容易に想像がつく。だが、こいつの不運だったことは、黒太郎を相手にしなければいけないということだ。
黒太郎の右手が、地震に突き刺さったままのサーベルを叩き折る。気持ちの良い音を立てて、サーベルは根元から粉砕された。いかにゼルガといえども、こうなるとサーベルは使い物にならない。
「ふむ……」
悲しいことになってしまった自慢のサーベルを鑑賞した後、床に投げ捨てる。まだ余裕を崩さない精神には脱帽するが、直にお前自身も悲しいことになることを考えたら、急いでしっぽを巻いて逃げ出すことをお勧めするよ。
首尾よくゼルガの背後に回り込んでいたシロに総攻撃の合図をする。
「シロ……」
「オッケー!」
黒太郎の鉄拳ラッシュと、シロの火球ラッシュのコンボだ。これを無事では済まなくなるまで続ける。
「うおおおおおお!!!!」
こいつには命乞いの隙も与えてやらねえ。このまま天に召させてやるよ。




