第百二十七話 クズの本懐
シロとアルル。双子の対決は、爆発とともに始まった。互いの発した火球が衝突し、派手に四散したのだ。俺も黒装束も、巻き添えを食らって、吹き飛ばされてしまう。気を失っている城ケ崎も無防備の状態で吹き飛ばされるとまずいので、黒太郎に大急ぎで安全なところまで運ばせた。
地面に叩きつけられて、打った場所を、顔をしかめながらもさする。そうしている間にも、黒装束が、俺に向かって、真っ直ぐ突っ込んでくる。やつのサーベルは、下手な魔物を凌駕しているので、全神経を集中しても、俺では躱すことすら困難だ。だから、自分でどうにかするのはさっさと見切りをつけて、これも黒太郎にお願いすることにしよう。
黒装束のサーベルが、俺を切り裂こうとする直前に、戻ってきた黒太郎にやつの脇腹を殴らせる。上手くガードしたのか、ほんの少しよろめいただけで、吹き飛ばされるようなことはなく、黒装束は上手く着地した。
「くすっ!」
お前、こいつに頼ってばかりだなとでも考えていそうな、馬鹿にした笑みだ。否定はしないさ。本当は俺も参戦したいところだが、実力に差があり過ぎる。まともにやったら、瞬殺されると確信しているので、情けないことを承知で黒太郎に丸投げしているのだ。
戦闘力は黒装束の方が圧倒的に上で、黒太郎の体を幾度も斬りつける。もし、黒太郎が物理攻撃の類を無効にする特技を持ち合わせていなかったら、あっという間に勝負はついていただろう。
黒太郎に勝負を任せきっているおかげで、後ろで黒装束の動きの冷静な分析に徹することが出来る。
あいつのサーベル裁きは、確かに脅威だ。だが、それ以外の攻撃をしてきていないのも事実だ。
もし、サーベルが叩き落とすことが出来れば、かなりの隙を作ることが出来るのではないか?
右手を軽く叩いて、黒太郎にサーベルを叩き落とすよう指示を出す。声に出すと、黒装束に気付かれてしまうのでこのような形にしたが、黒太郎にはしっかりと通じていたようだ。
サーベルの嵐のような突きを全て食らいながら、それを握る黒装束の右手を強打した。
「ぐっ……!」
痛みで手が痺れたのが、黒装束の手からサーベルが落とされた。すかさず黒太郎に、フィニッシュを促す。
「良いぞ。そこだ、黒太郎!」
使い方次第では、最強クラスまで戦闘力が跳ね上がる黒太郎。俺の命令一つで、結果に影響が出てくるドキドキ感がいいね。
黒太郎の拳は、黒装束の無防備な懐を強打した。コンクリートの壁すら破壊するやつの一撃を受けたのだ。いかに戦闘慣れしているといえども、ノーダメージという訳にはいくまい。
さっき無視された時の怒りも一緒に霧散するほど、黒装束はきれいに宙を舞ってくれた。そして、壁にひびが走るほどの勢いで叩きつけられ、もしかしたら勝負あったかとすら思ってしまう。
一発良いのが入ったからといって、そこまで考えてしまうのはおめでたい気もするが、ぐったりしている黒装束を見ていると、そんなことも頭に浮かんでしまう。
だが、やはり一発で失神してくれるほど、世の中は甘くなかった。黒装束の肩が小さく上下に揺れたかと思うと、笑いが漏れてきた。
「く……、くくく! あは、あははは! 強いねえ、君ぃ!」
久しぶりに口を開いたかと思えば、いきなり褒めてきた。ただし、媚びるような様子が見られず、どことなく嘲笑されているように聞こえる。
「あ、念のために言っておくけど、強いと言ったのは、後ろで偉そうに命令を下している方じゃないよ? 僕を殴っている真っ黒い謎生物の方だからね♪ 念のため……」
分かっているわ! 黒太郎の手柄で大きな顔をするほど、見下げ果てた性格じゃねえよ。気にしていることをわざわざ言いやがって。
無視の次は、馬鹿にしてきますか。決めたぞ! こいつは徹底的に殴ってやる。気絶してからも、何回か殴ってやるとしよう。意識を失った相手に追撃を加えるのは、人道上よろしくない部分もあるが、こいつ相手なら、世間も許してくれるさ。
「あれあれ~? ひょっとして、僕、癪に障るようなことを話しちゃった? だったら、謝るよ?」
故意で挑発してきておいて、ずいぶんとわざとらしい演出だ。
「謝る必要はない。代わりに、大人しく月まで吹き飛んでくれれば、それで勘弁してやるからさ」
誠意のない謝罪などされても、怒りが倍増するだけ。いや、黒装束のことだから、さらに挑発してくるに決まっている。こういうやつには、黙ってグーパンをお見舞いするのが、正しい対処法なのだ。
「むむむ! 自慢のサーベルも、遠くの方に吹き飛ばされたままだし、このままだとまた痛い目を見ることになっちゃうな~」
嘘くさい演技をする必要も、痛めつけられるのを気に病む必要もない。すぐに気を失わせてやるから。運が良ければ、そのまま天国に行くことだって可能だ。
「一切手加減する気がないって目をしているね。そういう血も涙もない目は大好きだよ」
「そりゃどうも」
ほとんど丸腰の黒装束に、黒太郎の鉄拳が、再度ヒットしようとした時だった。
ドドドドッドドドドドドドオド!!!!!!!!
この辺り一帯に轟音が木霊し、続いて爆発と共に、大規模な崩落が始まった。
「あらら! 僕たちの戦いがあまりにも激しいものだから、ついに城が崩壊を始めちゃったよ」
爆発に伴う揺れに乗じて、黒太郎の攻撃を上手く躱した黒装束が、これまたわざとらしく肩をすくめている。
「偶然幸運なことが起こったような顔をするよな。この爆発を引き起こしたのは、お前なんだろ?」
問い詰めると、黒装束がニヤリと口角を釣り上げた。隠す気もないと見た。どこまでもふてぶてしいやつめ。
俺から睨まれるのを楽しむように、黒装束は歩を進めると、地面に転がっている自身のサーベルを手に取った。またやつに力が戻ってしまった訳だ。
「……なあ、俺が心配することじゃないんだろうが、こんなところで戦いに明け暮れていて良いのか? 通路に置いてきたお仲間を助けに行くべきじゃないのか?」
気を失っているアロナを放置してきたと、アルルとの会話の中で自供していたのが本当なら、彼女の身に危険が及んでいるのは明らかだ。早急に救出しないと生き埋めになってしまうだろう。
「助けに行きたいのは山々なんだけどね~。君に後ろを見せる訳にはいかないからね。そんなことをしようものなら、背後からブスリと刺されちゃうから。お~、怖い怖い!」
俺の忠告を聞いて、黒装束が愉快そうに肩をすくめた。まるで仲間を助けに行けないのが、俺のせいみたいな言い草だ。丸っきり攻撃しないという訳ではないが、そう堂々と言われると、腹が立つ。
「何だ? 攻撃してほしくないのなら、素直にお願いして来いよ。そうすれば、待ってやっても良いんだからよ」
「ははは! 勘弁してくれよ。敵に哀願するなんて、冗談じゃないな」
こいつ……! そんな気は薄々していたが、今ハッキリした。生粋のクズだわ、こいつ。
こんなやつとパーティを組まされているアルルとアロナに、今だけは同情するよ。
黒太郎。黒装束。黒、黒、黒……。執筆していて、黒の連発が煩わしかったですね。自業自得なんですが……。これは早急に、黒装束の名前を明らかにして、黒の使用回数を減らすしかありませんな。




