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第百二十五話 対峙する双子

 食堂で、シロに見つかってしまった。万事休すかと思われたが、彼女は人懐っこく俺にすり寄ってきた。


 呆気にとられる俺に、シロは説明する。俺と城ケ崎を襲ってきたのは、自分ではなく、双子の姉のアルルだと……。


「お兄ちゃんは単純だからね! 私にそっくりの姿で接近すれば、ころりと騙されちゃうから、そこを巧みに突かれてしまったんだね!」


「黙れ……」


 そんなことはないと否定したいところだが、一度騙されてしまっている以上、何も言い返すことが出来ん。罰の悪さを誤魔化すように、咳払いして、話を続ける。


「訳があって、アルルとは離れ離れになっちゃってさ。ずっと行方が分からなかったんだけど、まさかシャロンに仕えていたなんてね! 敵として再会するとは、さすがの私もビックリだよ!」


「俺もビックリしているよ。まさかこんなところで、お前の生き別れの姉と会うことになるとはな。いや、もう会っている訳か……」


「まあ、そっくりなのは外見のみだけどね! 品行方正な私に対して、アルルは中身が最悪なんだよ! 対峙したお兄ちゃんも感じたでしょ? そもそも私に成りすますなんて、クズの所業だよ!」


「そうなのか」


 妹のお前も、性格が良いとは思えないが、ナイフで刺してこないだけマシということかね。アルルがクズなら、シロは精神的に幼いといったところかね。


「でも、まだ安心は出来ないよ! 脅威はまだ去っていないんだからね! もうすぐ私にそっくりの幼女が、懲りもせずに、お兄ちゃんを探しにやって来るけど、気を許しちゃ駄目だよ!」


「そのようだな。先に合流出来たのがシロで助かったよ」


 気を許すも何も、隣に本物がいる状態で騙される訳がないではないか。


「ちなみにアルルも、お前と同じように、血の匂いで、俺たちの位置を判別することが可能なのか?」


「私の姉だからね! 可能な筈だよ!」


 それじゃあ、隠れていても無駄ということなのか? そうなると、迎撃する準備をしていた方が得策かもしれないな。


「あっ、それとも、気を許した振りをして出迎えて、不意打ちで倒しちゃうっていうのも、良いかもねえ~!」


 こっちに向かってきた幼女を、出迎える振りをして潰せというのか。向こうも、同じことを考えて向かってくる訳だから、どっちもどっちだが、ずいぶん腹黒いことをのたまうものだ。


「やられたらやり返す。倍返しってやつだよ!」


 どこかで聞いたようなセリフだな。理屈は間違っていないんだろうが、実際に使われると、あまり気持ちのいい言葉ではないな。


「お兄ちゃん、や~い!」


 シロと話していると、同じ声色で、俺を探す声がしてきた。シロと顔を見合わせると、やつも俺の目を見ながら頷いた。アルルがやってきたのだ。


「お兄ちゃん、や~い! どこにいるんだ~い!」


 シロと叫び方が同じだな。この辺りは、さすが姉妹といったところか。俺がどこにいるのか探しているくせに、迷うことなくこの食堂に入ってきた。潜伏していることをあらかじめ知っているとしか思えん。


 テーブルの隙間から、こっそりと確認すると、シロとそっくりの幼女が立っていた。事前に双子だと聞いていなかったら、さぞかし混乱していたことだろう。


「お兄ちゃん、あれ……」


「……あれは!」


 食堂に入ってきたアルルが腰からかけているのは、城ケ崎を刺したナイフだ。血はもう滴っていないが、ちゃんと拭き取っていないのか、刀身は真っ赤になっている。俺たちに見られて言うとも知らずに、アルルは部屋の中をきょろきょろと見回している。


「おかしいな~! 私のお兄ちゃんセンサーが、確かにここが怪しいって、教えてくれたんだけどな~!」


 何だ、そのお兄ちゃんセンサーって!? シロが血の匂いを辿って、ここまで来たっていうのも、胡散臭いがそれ以上じゃないか。


「……つまんないの~!」


 俺が見つからなかった腹いせか、火球を食堂に向かって、乱射した。お前は、反抗期の子供か!


「い、いきなり撃つな~!」


 あ、しまった! 隠れているつもりが、火球に驚いて、つい声を出してしまった。もちろん、アルルの知るところになってしまう。


「あっ、お兄ちゃんだ! や~っと見つけたよ~!」


 探していた俺の姿を見つけると、アルルはニッコリと笑って駆け寄ってきた。もう正体がばれているとも知らないで、呑気なものだ。


「お兄ちゃん、良いね……。私の顔に騙されちゃ駄目だよ……」


 念を押すように、シロが呟いた。分かっている。俺だって、何度も騙される訳にはいかないからな。


「このナイフを使って……。アルルがすぐ近くまで来たら、それで一刺ししちゃってよ……。大丈夫……。向こうは油断しきっているから、必ず上手くいくよ……」


「ああ」


 作戦としては完璧だが、仮にも生き別れの姉だぞ。こんなにあっさりと見限れるものなのだろうか。


 敵に回ったとはいえ、薄情ともいえるシロの言動に、じゃっかんの戸惑いを覚えてしまう。そう思って、シロを見ると、俺と話していた時の無邪気さは消えて、眼が冷徹な光を放っていた。これでは、さっき城ケ崎を刺したアルルと同じ目ではないか……。


 うん? 城ケ崎を刺した……?


 その時、俺はおかしなことに気が付いた。本当ならすぐに気付くべきだったのに、どうしてこのタイミングまで気付かなかったのだろう。


「なあ、シロ……。アルルを倒す前に、一つ確認しておきたいことがあるんだがね……」


「何?」


 こんな時に勘弁してほしいという顔で、シロが俺を見てくる。アルルが来てしまうので、手短に済ませてほしいという心の声が聞こえてきそうだ。


「お前……、血の匂いを辿って、俺たちを見つけたって言っていたが、どうして城ケ崎が怪我していることを知っていたんだ?」


「……」


 痛いところを突かれたという顔で、シロが硬直している。俺からこんな鋭い質問が飛んでくるなんて、想像もしていなかったとでも言いたげだな。


「城ケ崎が怪我を負ったのは、お前と別れた後だ。だったら、血を流しているのを知っているのはおかしいよな」


 矛盾点を突かれたことで動揺したのか、シロの額に冷や汗が浮かんでいる。


「そ、それはね! 血の匂いがしたから、もしやと思って、辿ってきたんだよ! そうしたら、行き着いた先にお兄ちゃんたちがいたの! 言い間違えちゃった! テヘッ♪」


 必死になって誤魔化そうとしているが、発言や挙動が怪しいものになってきた。


「あれ!? どうしてお姉ちゃんが倒れているの? ていうか、お腹から血を流しているし!?」


 すぐ近くまで来たアルルが、城ケ崎を見て、驚きの声を上げる。……いや、こっちが本物のシロか。


「何が騙されるなだよ! お前がアルルなんだろ? 何も知らない俺に寄ってきて、シロと同士討ちをさせるつもりだったんだろ?」


「……」


「一つだけ確かなのは、アルルが卑怯者だってことくらいか? 成る程、たいした策士だよ、お前は!」


「……黙れ」


 幼女とは思えないほどの感情のない声で、俺の言葉を静止する。城ケ崎を刺した時と同じ目が、俺に向けられている。


「あ~! そこにいるのは、泥棒猫のアルル! お兄ちゃんと何をしているんだよ!!」


 本物のシロが、こっちを指さして叫んでいる。うむ! 改めて見直してみると、やはりあっちがシロだ。


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