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第百二十三話 散りゆこうとするあなたへ口づけを

 魔物たちの雄たけびが、あちこちから響いてくる中、俺は城ケ崎を担いで、闘争を続けていた。


「派手にやっているな。しかも、だんだん激しくなってきていないか? ここに勇者が攻めてきた時も、こんな感じだったのかねえ?」


「……」


 城ケ崎を抱えて逃げながらも、意識を失ったりしないように、話しかけ続けてきたが、先ほどから返事をしなくなった。うわ言のように、俺の名前を繰り返し呼んでいたかと思えば、黙ってしまったのだ。返事もしないとなると、だんだん嫌な予感がしてくる。


「……そろそろ撒いたかな?」


 立ち止まって後方に神経を集中するが、誰かが追ってくる音は聞こえてこない。ずっと必死になって走ってきたのが、功を奏したようだ。


 そういうことなら、逃げるのを中断して、城ケ崎の手当をしないと。


 近くに、城ケ崎を横に出来る場所はないかと見回すと、昼間にシロから連れてきてもらった食堂が目に入った。無我夢中で走っている内に、ここまで来ていたらしい。


「ここは……、食堂か……」


 確か中にはテーブルとイスがたくさんあった筈だ。そこに城ケ崎を寝かしつければ、手当もしやすい。俺の足は、自然と食堂に向いていた。


 食堂の中は真っ暗で、飯時には、あんなに賑わっていたのが嘘のように、静まり返っていた。普段なら、幽霊でも出てきそうで不気味だと思っていたところだろうが、今はこの静けさがちょうど良かった。


「ま、誰もいない方が城ケ崎の手当てに集中出来て良いんだがね」


 独り言を呟きつつも、テーブルの上に城ケ崎を寝かせつけると、早速手当を再開した。


 出血の勢いはだいぶ弱くなっていたが、城ケ崎の息も弱々しくなっていた。目もとろんとしていて、視線が定まっていない。


「おい! しっかりしろよ、今度はちゃんと応急処置するから! 気を強く持つんだぞ!」


 俺が呼びかけても芳しい反応がない。頬を叩いてみようかとも思ったが、怪我人を叩いたり、揺すったりしてはいけないと、どこかで呼んだ気がしたので止めておいた。


「全く! シロのやつめ! 深々と刺しやがって! おかげで、虫の息じゃねえか。手加減しろっていうんだよ。なあ!」


 場を少しでも和ませようと、明るい声を出すが、反応は芳しくない。


 シロ……。どうしてあんなことをしたんだろうな。ほんの数時間前までは、俺たちのために、仲間の魔物を誘って、待ち伏せまでしてくれていたのに。


 襲ってきたのが、シロではなく、アルルだということをまだ気付いていないので、単純に裏切られたと思い、精神的に打ちのめされていた。認めたくないが、知らない内に、シロのことを信じるようになっていたらしいな。


 沈みそうになる気持ちを奮い立たせて、布を手に取った。幸いなことに、ここは食堂なので、白い布はすぐに見つかった。食堂のスタッフは起こるかもしれないが、背に腹は代えられない。


「ちょっと痛いかもしれないが、我慢しろよ!」


 返事のない城ケ崎に呼びかけているというよりは、俺自身を鼓舞するかのように、声を張り上げた。


 さっきは攻撃を気にしながらだったから、結び方が中途半端だったせいで血が止まらなかった。だから、今度はきつめに縛りつける。傷口の正確な結び方など知らないので、こうすれば血が止まるのではないかという、自我流で結ぶ。これで大丈夫か不安な部分もあったが、幸いなことに血は止まってくれた。


「血は……、止まったか……」


 ただ、傷口を無理やり力任せに縛り上げただけであって、早くちゃんとした医者に診せないといけないことに変わりはない。……城ケ崎が元気になるのなら、この際、あの鶏頭でもいいと考えてしまう。寝ぼけて、ここまで歩いてきてくれないものかな。


「あ、そうだ!」


 鶏頭で思い出した。昼間、あいつからもらった薬があったんだっけ。確かポケットに入れたままになっていた筈だ。まさぐってみると、やつからもらった錠剤が数個、すぐに見つかった。


 飲むだけで、血を作る働きが活性化されるという、あの鶏頭特製の薬だ。効果は、俺の体で実証済みだ。傷は治らないが、流した血を補てんしておかなければなるまい。


 不幸中の幸いともいうべきか、前日に演歌アレルギーにかかっていたことが、功を奏した訳だ。


「城ケ崎! 造血剤を飲んで、流した分の血液を補てんするんだ。でないと、命に関わるぞ、お前!」


 彼女の耳元で呼びかけたが、反応はない。だんだん本格的にまずい事態じゃないかと不安が掻き立てられてくる。仮に意識があっても、自力で薬を飲むのは難しそうだ。


「ええい、ままよ!」


 ためらいはあったが、俺は造血剤を自らの口に含むと、城ケ崎に口移しで飲ませてやった。


「ん……」


 俺の大胆な行動に、気を失っていたと思っていた城ケ崎が、目をカッと見開いて、凝視してきた。唇が塞がっているせいで、声は出せない様だが、声にならない声を上げているのだけは分かった。


 腕の中で、城ケ崎の小さな力が振動するように震えている。それが俺の体にも伝わってきて、電流でも流されたようにドキドキしてきてしまう。


 城ケ崎は、わずかに開いた目で俺を見つめていたが、すぐに気を失った。今度こそ本当に気絶したみたいだ。彼女の胸に耳を当ててみると、心臓が規則正しく動いている音が聞こえてくる。今の薬の投与が、彼女の命を繋ぎ止める一手になることを祈るばかりだ。


 ようやく落ち着いてくれた城ケ崎の横で、俺は大きく息を吐いた。息もつかせぬ展開の連続で、緊張の糸が切れた途端に、ドッと疲れが湧いてきた。


「さて。これからどうするかな……」


 今更シロの前には行けないし、かといって、他に頼る当てがある訳でもない。元の世界に戻ろうにも、ここからどう進めばいいのか、見当もつかない。八方塞がりとは、今の俺のような状況のことをいうのだろうな。


「お兄ちゃ~ん!」


 聞き覚えのある声に、全身がビクリとしてしまう。ほんの数時間前までは、聞いても何も感じなかったというのに、怯えてしまうなんて、情けない。


 シロ特有の音の鳴る足音が、こちらに向かってくる。見つかったのかと焦ったが、俺を呼びながら走っていることから、俺の位置は掴めてないようだ。


 食堂からそっと顔を出して、外の廊下の様子を伺うと、シロがこちらに向かって駆けてくるところだった。


「あいつ、一人か……」


 同行していた黒装束はいない。シロだけか……。


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