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第百二十二話 ある裏切り者の独白

 魔物たちが侵入者を撃とうと、声を張り上げて接近してきている。今にもなだれ込んできそうだ。


「ずいぶんな数が押し寄せてきているね……。あなたでも手こずるかもよ……。ま、私はあなたが嫌いだから、やられてくれても構わないけどね……」


 結構ひどいことを呟いた後、気を失っているアロナを担いで、アルルは走り出した。ねぎらいの言葉は一切ない。なんとも冷たいことだ。


「こんなにアロナを傷めつけて……。許さないんだから……!」


 眠っているアロナには、いたわりの視線を向けて、アルルは俺への恨みを増大させた。先に仕掛けたのはアロナの方で、正当防衛でやったことなのに、理不尽なことだ。そんなことをアルルに説明したところで、攻撃を辞める訳もなく、どの道戦うことになるんだがね。


 ここに俺たちとアルルの、命を懸けた鬼ごっこが開始された訳だ。そして、それに外野が水を差さないように暗躍しようとしている黒装束。激戦は必至だ。


 自らの意思で、一人残った黒装束の前に、続々と魔物が現れた。どいつも、こいつも、不敵そうな面構えをしている。そんな連中の行く先に、堂々と立ちふさがる黒装束の度胸は、敵ながらたいしたものだと認めざるを得ない。


 通路の真ん中に、見たことのない顔が突っ立っていると、いやが上にも、魔物たちの気を引いてしまう。


「あん!? 誰だ、おめえは!」


「見ない顔だな! 魔王様の居城を荒らしている馬鹿ってのは、てめえのことか~?」


「……」


 魔物たちから怒号が飛んできても、黒装束は黙ったままだ。彼にとっては、これから殺す予定の連中との会話など無駄でしかないのだ。無駄な会話をしないのが信条の彼が、返答をしないのは当然のことといえた。だが、魔物たちからすれば、自分たちの問いかけが無視されるのは腹立たしい以外の何物でもなく、案の定、大いにいきり立った。


「おい! 黙ってんじゃねえよ。こっちは質問してんだぜ? 答えろ……」


 仲間からの問いかけも無視することの多い黒装束が、敵の魔物からの脅しに、素直に声を出す訳もない。黙ったままで、魔物たちに近寄っていくと、返事の代わりに斬撃をプレゼントしていった。自らの間合いまで入ると、サーベルに手をかけて、一気に敵を一匹一刀両断してしまった。他の魔物が、早業に呆気にとられている内に、調子に乗って、もう一匹。ここから黒装束の、無双タイムが繰り広げられた。


「ぐあっ!」


「うおおっ!」


 断末魔の叫びをあげて、次々と倒れていく魔物たち。飛び散っていく血にうっとりしながら、黒装束は、サーベルを振り回していく。


「こっ、この野郎!! よくもやってくれたな!」


「もう容赦しねえ。やっちまうぞ!」


 呆気にとられていた魔物たちも、武器を携えて応戦する。たちまち、激しい戦闘が起こった。複数の魔物が、黒装束を取り囲み、一見すると、彼が不利のようにも見えるが、戦いは黒装束の有利に進んでいった。


 それからたいして時間をかけることもなく、この空間には、黒装束だけが立っているという状況になったのだった。


 まるで壮大な演武を終えたかのように、黒装束が動きを止める。さっきまで激しく舞っていたのに、汗一つ流していない。わずかに眺めの呼吸をすると、地に伏している魔物たちの死体を満足げに見つめる。


「ふふん♪ こんな連中でも、血は吸えるのは嬉しいかい? 前の世界では、銃刀法だっけ? ……のせいで、満足に振り回すことも出来なかったものなあ。ずいぶんとご無沙汰だったものなあ……」


 愛用のサーベルを愛おしげに頬ずりする。魔物を何度も斬ったというのに、刀身に血が付着していない。本当に血を吸ってしまったかのようだ。


「はあ……。やっぱり僕には、これが一番だ。前の世界は……、合わなかった」


 アルルを追うために、彼女が走っていった方向へと足を向ける。だが、自身も走り出そうとはしなかった。散歩でもしているかのように、のんびりと歩を進めている。アルルが、この姿を見ていたら、早くしろと激を飛ばしてくるところだろう。


 黒装束は歩きながら、俺たちの世界へ憧れを抱いていた頃のことを思い出していた。たまに俺たちの世界から流れてくる物珍しい物資に魅了されてしまい、いつしか移り住んでみたいと思うようになったあの頃のことを。


「仲間だったアルルを裏切って昏倒させた上で、変態趣味の富豪に売りつけ、金と向こうでの一定の地位を得ることに成功し、めでたく移り住めることになった時は歓喜したっけ。今じゃ、どうしてあんなに喜んだのか、不明だけどね。ハッピーエンドが待っていると思っていたのかなあ。無知って怖いね」


 軽い気持ちで、俺たちの世界に移り住んだものの、俺たちの世界での平穏な生活は、黒装束には毒でしかなかった。愛刀ですら、法律のため、持ち歩くことすら敵わない。ムカつく相手がいても、暴力沙汰もご法度。好戦的な彼には、なんともきつい縛りだった。おそらく魔王だったら、ストレスが爆発していたに違いない。


 そんな彼に、異世界に戻るチャンスを与えてくれたのが、シャロンだった。彼女が、自分の奴隷として尽くすことを条件に、自分の国に住むことを許可したのだ。俺たちの世界に、とことん愛想の尽きていた黒装束は、二つ返事で了承した。


「そういえば、向こうの世界で、やけに馴れ馴れしく俺に接してきたあいつ……。元気にしているかな? 名前は結局覚えられなかったけど、パンクっぽいファッションの派手なやつ。実力は格好に追いついていなかったから、見かけ倒しの感はあったけどね。弱いくせに、俺も異世界の幼女を売って、のし上がってやるって夢みたいなことを言っていたから、返り討ちに遭ってもう死んでいるかもな」


 追っ手の始末と独り言を終えた黒装束は、満足そうにアルルの後を追うことにした。これだけ斬ったのに、まだ斬る機会が残されている。ずっと攻撃衝動による欲求不満にあえいでいた黒装束にとっては、願ってもないことだった。


 今さっき、魔物たちを斬りながら、やはり自分のいるべき世界はここだと確信する。俺たちの世界の珍しい道具は、時々流れてくる分だけで十分。自分には愛刀と、飛び散る鮮血こそが至高だと思い知る。


「宇喜多ってやつも斬って良いんだよな。隣の娘は、アルルに先を越されちゃったからな。今度は俺がしっかりと仕留めないと……」


 俺にとっては洒落にならないことを、心底楽しそうに呟いている黒装束。マジで勘弁してほしい。


「む?」


 独り言を呟きながらにやけていた黒装束の足が止まる。また敵の気配がしてきたからだ。さすがは魔王の居城。敵が限りなく湧いて出てきてくれると、彼は心が躍った。


 しかし、今度の敵は、ずいぶんと騒がしかった。というより、警戒心が希薄ともいえた。


「うおおおおおお!! お兄ちゃん、や~~い!!」


 接近してきたのは、俺を探して、暗い廊下を爆走するシロだった。もちろん、こっちは本物のシロだ。


 お供の魔物は、怪我のせいでリタイアしてしまい、一人のようだ。襲撃してきた巨大芋虫を撃破して、約束通り俺を追ってきたのだが、なかなか合流出来ずにいるのだ。


 さっきの魔物たちと同じように、シロも斬ってしまおうとしていた黒装束だったが、ある考えが頭に浮かんで、サーベルの柄から手を離した。


「そうだ♪ 面白いことを思いついた!」


 この面白いことというのは、言うまでもなくこいつの話であって、俺にとっては、とことんろくでもないことだ。人をおちょくることこそ、黒装束の大好物なのだ。


「さあ、早く来なよ……。そして、僕と一緒に楽しいことをしよう♪」


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