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第百二十一話 裏切りの舞台裏

 城ケ崎が、俺を庇ってシロに刺されてしまった。悪い冗談であることを願ったが、未だにシロが持っているナイフから鮮血が滴っていることと、俺の腕の中で城ケ崎の呼吸が弱まっていくことを考慮し、現実と向き合わなければいけないという結論に達した。


 頭は相変わらず混乱していたが、まず城ケ崎の出血を止めることを、本能的に優先した。タオルやハンカチを持っていなかったので、自らの衣服を破って、城ケ崎の傷口を縛り上げる。だが、焦って縛ったせいか、血の勢いは、わずかに弱まっただけで依然流れ続けていた。


「駄目だ……。血がなかなか止まらない……。だが、どうにかしないと、城ケ崎の命に関わるっていうのに……!」


 ぶつぶつと独り言を漏らしつつ、もう一度最初からやり直そうとしたが、俺は肝心なことを忘れていた。


「……!」


 シロが、俺を刺そうと、再度突進を仕掛けてきたのだ。城ケ崎の手当てに集中していたせいで、背中を向けた状態で、隙だらけになっていたのだ。この体勢では、身を丸くすることすら覚束ない。黒太郎の名前を叫んで、ガードに回ってもらった。


 気付くのが早かったおかげか、シロの攻撃は黒太郎に代わりに受けてもらえた。俺は無傷。ギリギリセーフだ。


「シ……、ロ……!」


 咄嗟に黒太郎に攻撃をガードが間に合わなかったら、俺まで凶刃に倒れていたことだろう。これまで俺たちのサポートをしてきてくれたシロの裏切りはまだ信じられないが、こちらの口調もだんだんきついものになっていく。


「くそ! 止めろ、シロ! 早口を止めないと……、城ケ崎が死んじまうだろうが!!」


「もう、分からない人だなあ、お兄ちゃんは……。私はね……。お兄ちゃんたちに死んでほしいんだよ……。だから、手当なんて……、させないんだからねっ……」


 口調はそのままなのに、冗談じゃないことを口走って、ケロリと笑っている。シロは、こんな残酷なことをサラリと言ってのけることが出来る子だったというのか。


「あははは……! どんどん行くよ……」


 機関銃を取り出して、こっちに向かって一斉掃射を開始する。人に向けて撃つのが愉しくて仕方ないという風に、満面の笑みで銃を操作している。


「はあ……! 本当に俺たちを殺そうとしているんだな……! 俺なりに信じていたんだがな……」


 悲しくなるが、いつまでもこうしてばかりもいられない。黒太郎が、身を犠牲にしてガードし続けていてくれているが、万が一、城ケ崎にあたるようなことがあれば致命傷になりかねない。


「おい、黒太郎! 翼を広げて、俺たちを隠せ!」


 黒太郎に命令を下して、翼で俺たちの姿ごと、シロたちの前から消させた。


「うん? そんなことをして、どうするつもりなの……? まんべんなくガード出来るようになって、安全だとでも言うつもりなのかな……?」


 黒装束も攻撃に加わって、総攻撃が開始された。痛みを感じない黒太郎に、そんなことをしたところで無駄なのにな……。


 やがて黒太郎の翼が縮小されて、隠されていた中身が明らかにされる。


「ん……?」


「あらら! してやられたね」


 黒太郎が隠していたスペースには、誰もいなくなっていた。残ったのは、城ケ崎の残した血痕のみだ。


 俺の狙いは、最初から、この場を逃走することにあったのだ。一刻も早く城ケ崎の手当てをしなければいけない状況下で、戦っている場合ではない。


 俺たちの逃走が完了したのを確認して、黒太郎も闇の中に溶け込むように消えていった。元々真っ黒の黒太郎が、夜の闇とどうかすると、何者にも区別は付けられない。


 結局、シロたちだけがこの場に残された形になる。


「いやあ~、見事な逃げ足だ。僕を相手にやってのけるなんて、尊敬するよ」


「そこは悔しがるところだよ……」


 もう一人刺すつもりだったナイフを振り回しながら、欲求不満気味に文句を言うシロ。そんな彼女をさらにからかおうと、黒装束は話を続けた。


「そんなに気を悪くするなよ。逃げたのなら、追えばいいだけじゃないか。ア・ル・ル♪」


「その名前で私を呼ばないで……。今の私は、シロに扮しているんだから、ばれちゃうでしょ……?」


 城ケ崎を刺したシロは、実は本物のシロではなかった。彼女の正体は、シロと瓜二つの幼女、アルルだった。クリアだけでは心もとないと、アルルもやって来ていたのだ。そして、クリアの敗北を察して、自身も攻めてきたという訳だ。アルルと面識のない俺は、まんまと騙されてしまった訳だ。


「逃げたら追う……? 言われなくても、そのつもりだよ……。もっとも、その前に、相手をしなきゃいけない連中がいるみたいだけどね……」


 遠くからたくさんの魔物の気配が急接近してきている。もしかしなくても、侵入者であるアルルたちを始末しに向かってきている。


「私たちの侵入を嗅ぎ付けたみたいだね……。意外に早かったと言いたいところだけど、むしろ今までが順調過ぎたんだよ……」


「腐っても、魔王の居城か……。僕はそっちの方が面白いから、全然OKかな」


 黒装束が「クックッ……」と含み笑いを漏らした。敵に見つかってしまったというよりは、見つけてくれてありがとうと感謝しているように聞こえる。自身の武器であるサーベルを構えると、音のしてくる方を、目を細めて見つめている。


「先に行きなよ。ここは僕が引き受けるからさ」


 応戦しようとするアルルを制して、自分だけ残ると言う。見上げた心がけといいたいところだが、単に獲物を横取りされたくないから、とっととどこかに行けと言っているように聞こえなくもない。


「君から信用されるために、一肌脱いでおかないとね。ほら、早くしないと、まんまと逃げられちゃうよ?」


 普通なら、仲間に感謝の言葉を言って、逃げた俺たちを追いかける場面だろう。だが、アルルは、この黒装束のことを信用していなかった。彼には、以前裏切られて、人間の富豪に売り飛ばされるという屈辱を味わう羽目になったのだから、無理もない。いくら心を入れ替えたと言われても、その時の恨みは残るのだ。


「……信じていいんだよね?」


「……」


「また始まった。言いたいことだけ一方的に話して、後はだんまり……。私、あなたのそういうところが、特に大嫌い……!」


 この場でもう一度シロに成りすまして、もうすぐこの場に押し寄せる魔物たちと、黒装束を潰してしまおうかと、本気でアルルは悩んだ。


 だが、すんでのところで思い留まり、激励の言葉の代わりに、中指だけ突き出した手を黒装束に向けて、何処かへと消えた俺たちを探しに走り出した。


「ふふん! 身から出た錆とはいえ、嫌われているなあ。でも、ああいうツンが前面に出ているところも、可愛いんだよなあ」


 一人残された黒装束が、また笑う。彼にロリコンの気はないが、人をからかうことには快感を覚える性格なのだ。


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