第百十九話 お気に入りの秘密
アロナと黒太郎の勝負は、黒太郎に軍配が上がった。俺は基本的に、命令を下すだけでしかなかったが、しっかり攻撃されそうになっていたので、安全なところから高みの見物に徹していた訳では決してない。
「危ないところでしたね。頬から血がにじんでいますよ。もう少しで直撃コースでした」
俺の頬をハンカチで拭いてくれながら、城ケ崎が呟いていた。そんなことは俺が一番よく痛感している。何せ、電撃を間近で見ていたのだから。幸い、出血はひどくなく、ハンカチで拭いた後から、新たに血がにじんでくるようなこともなかった。
さて。気を取り直すと、気を失っているアロナへと関心は移った。
電撃の恐怖が甦ってくるが、放っておいたら目覚めてしまう。それまでに縛るなり、呪いでもかけるなり、手段を講じておかなくては。
しばらく様子を伺っていたが、丸っきり動く気配がない。演技ではなく、本気で気を失っているようだな。
気絶していることが分かってからも、警戒心を完全には解かずに、城ケ崎と慎重に接近する。アロナをホールドしつつ待機している黒太郎からすれば、さぞかしじれったい時間だったに違いない。
「こうして眠っていれば、普通の幼女なんだがな」
「でも、それだと、宇喜多さん、逮捕されちゃいますね」
「茶化すな!」
俺が悪戯をするようなやつに見えるか。それとも、見ているだけで、不審者扱いかよ。
「うん……?」
俺の手がアロナに触れた途端、何かが床に何かが零れたぞ? 念のために言っておくが、そんなに強く触っていない。本当に、そっとさすっただけだ。
「これは……、プラスチックでしょうか……?」
床に落ちた破片を拾って確かめた城ケ崎が、ぼそりと呟く。破片がアロナからこぼれたのをしっかり見ていた俺は、そんな馬鹿なと、すぐに反論したが、城ケ崎は退かない。
「宇喜多さんも触って確かめてみれば分かりますよ。この感触は、間違いなくプラスチックですね」
城ケ崎が手を差し出してきたので、断りきれずに破片を受け取って、渋々確認する羽目になった。……確かにプラスチックだった。
人の肌とそっくりの色をしたプラスチックだったのだ。それがアロナから零れ落ちたのだった。
俺と城ケ崎は顔を見合わせると、互いに頷いて、アロナを調べることにした。よく見ると、アロナの頬の辺りに小さなひびが入っている。
「ひびって……」
幼女の顔に……、いや、普通の人間の顔にひびなど現れるものではない。どんなに肌が乾燥していたとしてもだ。
「血がにじむならまだしも、皮膚がひび割れるなんてな。これじゃマジで人形みたいじゃないか」
「案外、その通りかもしれませんよ。等身大の人形に、魔法をかけて、人間のように動き回るようにするとか、シャロンならやりかねないじゃないですか」
シャロンが自分のコレクションのことを人形と呼んでいることは聞いていたが、本当に人形だった可能性が噴出してきた。どうして人形が、意思を持っているかについての疑問も、異世界でならあり得る気さえしてくる。
「人って、大金を持つとろくでもない使い方しかしないものですけど、強力過ぎる力を持て余しても、ろくなことをしないようですね」
城ケ崎の辛辣な言葉にも、賛同してしまう。シャロンは、そういったろくでもないやつの代表格だからな。
「こういうのを見せられると、ルネさんの救出は急いだ方が良いって思っちゃいますね。早くしないと、ルネさんも、この子と同じ体に改造されかねませんよ」
城ケ崎の何気なく呟いた一言に、本気でゾクッとしてしまった。シャロンの元には、人体改造マニアのアルルというやつもいると聞く。
俺のルネの完璧で、俺好みのボディが、いじられてしまう……。
余計なことをしなくても言うことなしなのに、余計な手が加えられようとしている。シャロンが、どんな性癖の人間なのかは知る由もないし、知りたくもないが、これは大変遺憾な事態だ。
「一刻も早くルネを救出せねば!」
「同じことを提案しておいてなんですが、そうハッキリ断言されると、腹立たしいこと、この上ないですね」
俺の発言が気に食わなかったのか、城ケ崎の機嫌が、どことなく悪いように見える。下手にツッコんだら、面倒くさい展開になりそうなので、気付かないふりをして、話を続けてしまおう。
「とりあえず、こいつはシロに頼んで、能力が使えなくなる魔法でもかけてもらおう。電撃が出せなければ、ただの幼女に過ぎないからな」
「止めは刺さないんですね」
大人しそうな顔をして、物騒なことを口にするやつだな。いくらここが殺し合いが日常茶飯事のように行われている場所だといっても、俺には気絶している幼女の息の根を止めるなんて大それた真似は出来ないぞ。
後処理のためにシロを呼んでこようと思ったその時だった。ちょうどシロがやってきたのだ。タイミングの良いやつめ。
「シロ! やっと虫退治が終わったのか。お前にしては、やけに手こずったじゃないか」
「まあね……」
駆け寄ってくるシロを出迎えようと、一歩前に出ようとした時だった。何故か、城ケ崎が制してきたのだった。
「……何だよ?」
「ちょっと様子がおかしくありませんか? どこがっていう訳じゃないんですが、いつもと雰囲気が違うような……」
「そうか? 俺にはいつものシロに思えるんだが」
いきなり妙なことを言うと、きょとんとして城ケ崎を見つめてしまう。その後ろで、駆け寄って来ようとしていたシロが、わずかに顔をしかめていることには気付かずに。
「シロ! ちょうど良かった! アロナを倒したんだ! また目を覚まして暴れられると面倒だから、結界で閉じ込めてくれないか?」
「!!」
倒れたアロナを驚愕の表情で見つめたまま、シロは固まってしまった。あれ? 変だな? シロなら、こいつが倒れているのを見て、ご機嫌で爆笑すると思っていたんだが、気分が悪そうだぞ。胸糞悪いって感じかな。
「どうか……、したのか……?」
シロの様子がさすがに気になって、心配で声をかけたが、本人は問題ないと言う。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん……。ただね、私と同じ年齢の子が倒れていたから、怖くなっちゃっただけ……」
「へ、へえ……。そうなのか……」
今更ながら、シロの様子がおかしいことを理解しつつあった。だが、目の前にいるのは、紛れもなくシロだ。気を取り直して、改めてアロナに結界をかけてもらうようにお願いしたのだった。
本当は、シロが俺たちに見えないように、ナイフを隠し持っていることに気付くべきだったのだ。




