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第百十七話 アロナの撃墜リスト

 魔王の居城の、居住スペースの隅にある暗い物陰に逃げ込んだ俺たちは、騒ぎが収まるのを待っていた。シロたちの勝利を疑う訳ではないが、不安は拭えない。心底、こんな物騒な時間は早く終わってほしいと願っていた。


 戦闘は依然続行中のようで、轟音と震動が、絶えることなく続いている。かなり派手にやっていると見た。たかが巨大芋虫如き、シロたちなら楽勝だと思っていたが、意外にも手こずっているな。


 俺と城ケ崎、そして、気絶しているクリア。三人でジッとしていると、こちらにかけてくる足音が。推測すると、その数は四つ。


 直に俺たちの横を魔物たちが通り過ぎていく。予想は当たっていて、いかつい外見をしている四体の魔物が、シロの部屋に向かって歩いていた。


 この魔物たちは味方にあたる訳で、姿を隠す必要などないのだが、出るタイミングを逸してしまったので、息を潜めたまま聞き耳だけを立てていた。


「まさか魔王様の居城に攻め入ってくる命知らずの馬鹿が、まだ残っていたとはな」


「全くだ! 南方で起こった反乱も平定して、魔王様が明日にも帰ってこられるというのに!」


「なんでも巨大な芋虫軍団が攻めてきたらしいぞ。今、シロたちが応戦しているらしいが、本当に敵襲かね。案外、ただ迷い込んだだけだったりしてな」


「どっちでも良いことだ。俺は暴れられるなら、それでいいさ……」


 俺たちが部屋を出た段階では、巨大芋虫は一匹だけだった筈だ。話を聞く限り、あの後で、増援が大量に押し寄せたらしいな。そりゃ、手こずる筈だと、一人で勝手に納得していた。


「シロたち……、大丈夫かな?」


「心配することは、ありませんよ。今、通り過ぎていった魔物たちもそうですが、ここには戦闘好きが多くいるようですからね。むしろ、彼らにすれば、あの巨大芋虫も、ストレス発散の良いサンドバックじゃないんですか?」


「あり得るな」


 冷たい言い方にも聞こえるが、案外城ケ崎の言う通りかもしれない。そうなると、俺たちは、ここで騒ぎが収束するのを待っていればいいのかね。


 この調子なら、シロたちへの援軍はどんどん増えていくだろう。何といっても、ここは魔王の居城だ。数なら、断然こちら側の方が勝っている。一時だけ苦戦しているのかもしれないが、最終的には魔王軍の勝ちとなるに違いない。


 しかし、安堵しかけたところで、期待は淡くも打ち砕かれた。


「ぐあああ!!」


「何だ、てめえ!?」


「こいつ……、確か……!」


 突然、廊下の向こうが慌ただしくなった。そばを通り過ぎていったばかりの魔物たちが、何者かに襲われているようだ。城ケ崎が耳元で、何があったのだろうと話しかけてくるが、俺は人差し指を口に当てて、静かにするように促した。


 やがて魔物たちの怒号が止むと、しばらくの間、静寂が訪れたが、やがてこっちに向かってくる足音が聞こえてきた。ペタペタと軽い調子で聞こえてくるところから察するに、相手は子供だろうか。


 生憎と、子供の知り合いにはろくなやつがいない。その上、魔王の居城で会う子供ともなれば、さらにろくなやつがいなくなってしまう。


 足音の主は、俺たちの横でピタリと止まると、あからさまにこちらに向かって声をかけてきた。


「そこ、隠れているやつ。出て来い」


 声の主は幼女のようだな。しかも、聞いたことのある声だ。記憶を整理するが、こいつとの間に良い思い出は存在しない。


 俺たちがノーリアクションなので、もう一度声がかけられた。隠れているのは分かっているから、無視しようとしても無駄だと言われた気がした。


「早く出ろ。まだ出ないなら、雷、落とす。お前ら、黒焦げ」


 脅しのつもりか? 仮に出ていったとしても、どっちにせよ黒焦げにする気なんだろう?


 とはいえ、ばれてしまっているのなら、隠れている意味はない。要求に屈したみたいなのが腹立たしいが、お望みどおりに出ていってやることにした。


 物陰から出て、声の主を確認すると、アロナが立っていた。思わず、天を仰ぎたくなってしまったよ。俺たちの命を何度も脅かしてくれた、トリガーハッピーな幼女だ。幼い外見に似合わず、結構強くて、厄介な子なのだ。


 よりによって、シロがいない時に遭遇するなんて……。こいつは、俺に対して明確な敵意を持っている。何もしなくても、死ぬまで痛めつけられそうな雰囲気が、ひしひしと伝わってきていた。


「……よく会うな。念のために言っておくが、ここにシロはいないぞ」


「シロの不在。そんなこと、見れば分かる」


「そうかい。それなら、シロのところに行ってくれよ。ここで俺たちと話したって、つまらないだろ?」


 対等に話しているようにも思えるが、実は内心でかなりドキドキしているのだ。城ケ崎も、不安げに俺の服を掴んでいる。


「知っている。もちろん、シロは、殺す。だが、その前に、お前ら」


 シロの前に、俺たちから殺す……。何でそんな回りくどいことを……。俺たちは、お前の癪に障るようなことはしていないのに、どうしてそこまで付きまとわれるのかね。そう疑問を口にすると、アロナは声高に言った。


「とぼけるな。お前たち、魔物と仲良くしている。魔王の仲間。今更、他人の振りする。無駄!」


「……確かに」


 考えてみると、言い訳が利かないくらいに、シロを始めとした魔王の配下の連中と関わりを持っているからな。今更、他人の振りをしても駄目か。


 そうなると、取るべき道は一つしかない。気は向かないし、勝機も薄いと思っているが、アロナと戦うしかあるまい。可能性は少なくても、黙ってやられるよりはマシだ。


「結局戦うことになるんだな……!」


「そうみたいですね。とはいえ、私や宇喜多さんに戦う術はありません。そうなると……」


 俺の右腕をちら見しながら、城ケ崎が何かを訴えるような眼差しを送ってくる。皆まで言わずとも、俺だって分かっているさ。この状況下で、他に頼れる存在はいないからな。


 服を捲し上げて、右腕を露出すると、目を閉じて念じる。


「右腕に、謎の紋章、発見。何だ、それ?」


 俺の右腕に浮き出ている紋章を見て、アロナが不思議そうにしている。心配しなくても、すぐに思い知ることになるさ。


 時期に俺の右腕の紋章が浮き上がり、人型を形成していく。


 アロナの相手は任せたぞ。黒太郎……!


 俺は自分たちの命運を、ついこの間まで敵だった僕へと委ねたのだった。


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