第百十五話 シロは生意気盛り
ひょんなハプニングによって、部屋に侵入していた怪しい人物を発見することに成功した。侵入してきていたのは、褐色の肌の唇がちょっと大きめの女性だった。
あまりに唐突だったため、俺も、女性も、互いの顔を見合ったままで呆けてしまった。だが、こんな時間に部屋をこっそりと訪ねてくるようなやつの心当たりはあった。俺たちを襲撃しに来たシャロンの手先だ。そのことを指摘すると、女性は見る見る脂汗をかきだした。
気配を消すのがとことん上手いやつだな。豚野郎に投げ飛ばされるというハプニングがなかったら、見逃していたところだったよ。だからといって、豚野郎に感謝する気は毛頭ないがね。
「ちっ、違うよ! 酔っ払って、部屋を間違えただけさ! だから、そんな怖い顔で睨まないでおくれよ、素敵なお兄さん!」
持っている酒瓶を掲げて、精いっぱい身の潔白を主張している。だが、その言い分を信じるほど、俺たちはお人よしではなかった。
「見ない顔だね! 少なくとも、この居住エリアでは、すれ違ったことはないなあ! 徹底的に調べたいから、ちょっと縛り上げられてよ!」
女性に気付いたシロたちがこっちに向かって歩いてきている。だが、全身から殺気が放たれていて、女性が抵抗するようなら、いつでも攻撃に移るつもりでいるのは明らかだ。
「くっ……、昨日は順調にいったっていうのに、ついてないねえ」
嘘で言い逃れ出来ないと悟ったのか、女性は舌打ちと共に、自供した。やはり、こいつが、俺と城ケ崎を演歌アレルギーにした張本人で間違いない様だ。
「そうかあ……。お前のせいで、俺は血を吐きまくることになったのかあ……」
「う……!」
このまま戦闘に入ると思い、散々吐血させられた恨みも込めて、女性を睨みつけると、意外なことに強気と思われた女性がたじろいだではないか。俺如きの威嚇で動揺するとは、魔王の居城に直接乗り込んでくるという大胆な行動に出る割には、ずいぶんと肝の小さいやつだ。
「お兄ちゃん! 言いたいことはあるだろうけど、まずは確保が先決だよ! 私がゴーサインを出すから、一斉にこのおばさんに飛びかかるよ!」
「おい、クソガキ! 今、あたしのことをおばさんって言ったか? 撤回してもらおうかい! あたしにはクリアって名前があるんだからね。いいや! むしろクリア様って呼びな!」
おばさん呼ばわりされたことが、癪に障ったのか、目くじらを立てて反論した。そして、聞いてもいないのに、うっかり本名まで口走ってくれた。女性らしくおばさんでキレるのは分かるが、迂闊という他あるまい。
「成る程……。お前の名前はクリアっていうのか……。本当に自己紹介をしてくれてありがとうな」
「ああっ! しまったあああ!!」
頭を抱えて失言してしまったことを理解するが、もう遅い。お前の名前は、しっかりとインプットさせてもらったよ。待ち伏せまでした敵が、思いのほかたいしたことがなくて、頭が痛くなってくる。
「名前がクリアっていうんなら、これからクリアおばさんって呼ばせてもらうよ!」
「そこはクリアさんでいいだろ! あ~、腹の立つガキだねえ!」
「そのガキにこれから縛り上げられて、あんなことやこんなことをされるんだよ!」
より腹立たしい呼称で呼ばれてしまい、クリアの怒りは頂点に達しているようだった。だが、気弱な性格のせいか、シロに掴みかかるまでには至らないと見た。
「く、くそ……! 大人を舐めてばかりで……。だから、ガキは大嫌いなんだよっ!」
おそらくシロ以外の子供にも日常的に馬鹿にされているのだろう。つい本音がポロリと口から出てしまっていた。
「よ~し! では、皆の衆! 私の合図で、クリアおばさんを一斉確保だよ!」
「おおおおおおお!!!!」
「お~……」
だんだんクリアの相手をするのが面倒くさくなってきていたので、シロのゴーサインはタイミングが良かった。このまま確保して、魔物たちにさっさと引き渡してしまおう。
だが、確保されることは、クリアにとっては、大変よろしくないことで、当然捕まるまいと抵抗する道を選択した。
さっきまであんなに鮮明に見えていたクリアの姿が、プツリと認識出来なくなってしまったのだ。
「あれれ? さっきまでそこにいたのに、おばさんが消えた!?」
「あははは! あたしはね、存在感のなさには自信があってね。気配を断つことにかけては、世界一なのさあ!」
これまたしょうもない世界一自慢だ。だが、俺たちにとっては、厄介な特技だ。せっかく追いつめたクリアを逃すことになってしまうからだ。
「そうらあ! 逃走するついでに、憎ったらしいクソガキたちに、本日の毒ガスをプレゼントさ! また血を吐いて、のた打ち回るんだねえ!」
クリアめ……。とっとと逃走すればいいものを、置き土産まで残していく気だ。よほどおばさん呼ばわりされたのが、気に食わなかったらしい。着ているぬいぐるみに毒ガスを防止する仕掛けが施されているから良いものを、もし生身だったら、また新たなアレルギーを持つことになっていたのか。
「くっ……! 声はまだ部屋の中から聞こえているから、クリアおばさんは廊下には出ていない! みんな、逃がしちゃ駄目だよ!」
「おおおおおお!!!!」
シロの檄が飛んで、クリア探しが始まった。魔物の一匹がドアの前を固めて、部屋の中を隅々まで目を凝らして、女性一人を探す。
だが、時間が経っても、クリアは見つからない。確かにシロの部屋は広いが、女性一人を探すのに、ここまで手こずる筈はない。どうやらクリアは気配を断つだけでなく、逃げ回ることにかけても、世界一らしい。ネズミみたいな女だ。
クリアが見つからないことに、だんだん頭に血が上ってきたのか、魔物たちの捜索が荒くなっていく。
「やり過ぎじゃないですか? 部屋が壊れちゃいますよ?」
「全く! 手加減というものを知らないな。これじゃ、クリアの思う壺だぞ」
巻き添えを食らわないように、城ケ崎と隅の方で大人しくしていたのだが、捜索が激しくなるにつれて、魔物たちの手に捕まれそうになる回数が増えてきた。上手く躱していたのだが、つい一匹の魔物に捕まれてしまった。って、またお前か、豚野郎。
豚野郎は俺の制止を求める声に耳を貸さずに、他の家具と同じように、クリアではないと知った途端に、乱雑に放り投げた。こいつ……、何年かかっても、絶対にやり返してやるからな……。
そのまま宙を舞って、地面か壁と激突する筈だったが、着地の瞬間、それとは違う感触があった。どうも人とぶつかったらしい。
「よお……。また会ったな……」
「ぐ……、またあんたかい!」
豚野郎に放り投げられた先でクリアとぶつかるというデジャブのような展開だった。彼女からは、ものすごい形相で睨まれてしまったが、代わりにシロたちからは称賛の眼差しを向けられた。
「おお! お兄ちゃん、お手柄! クリアおばさんを連続で発見するなんて、もしやお兄ちゃんは熟女キラー?」
「おい! 人を妙な二つ名で呼ぶな。定着されたら、どう責任を取るつもりだ」




