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第百十三話 姿なき襲撃犯を炙り出せ!

 鶏頭の診察を終えて、俺たちはとぼとぼと帰路に就いていた。メンバーの中で唯一元気なシロが、大人二人を励ましてきてくれているが、気は晴れなかった。子供に気を遣わせて情けないことは分かっているのだが、血を吐いた際に、元気まで流してしまったみたいで、力が入らないんだよな。


 しかし、医者をもってしても治せないばかりか、原因不明って何だよ……。これでは診察の際に、何のために吐血したのか分からないではないか。吐血損……。


「くそ……、回復の泉でも治らないなんて……」


 あの泉に漬かれば、演歌を聴くだけで吐血してしまう厄介な体質は改善されてくれると期待していただけに、ショックも大きかった。なんだかんだ言っても、泉の効力は当てにしていたのだ。


「でも、造血剤はもらえたよ! これで血液を補給すれば、失血死の危険はないよ!」


「出来れば治してほしかったんだがね。回復の泉の力でも構わないから」


 ため息をつきつつも、鶏頭から処方してもらった何粒かの錠剤を見つめた。これを飲めば、血液を作る動きが速まって、吐いた分の血液をたちどころに補てんしてくれるとのことだ。


 試しに一粒飲んでみると、効果が出ているのが実感出来た。体が熱くなり、心臓の鼓動や血流が速まっているのが、手に取るように分かる。ふらついていた足元も、だいぶマシになった気さえした。


 演歌アレルギーになってから、かなりの量の血を吐いてしまっていたので、この薬はありがたかった。ここにきて、あの鶏頭は、ようやく医者らしい仕事をしたといえる。


「でも、アレルギー体質は変わらないんですよね。何かの拍子に、演歌を耳にしたら、また吐血してしまうと考えると、気が重いですよ」


「確かにな。造血剤を飲めば、吐いた分の血液は補てんされるといっても、吐血するのは勘弁だな」


「そっか……。お兄ちゃんたち、もう気軽に街中を歩けなくなっちゃったんだね……」


 シロが自分のことのように深刻に考えてくれているのは嬉しいが、街中を歩いていても演歌が聞こえてくることなど滅多にないので、そんなに危惧することでもないぞ。電車に乗っていて、隣に座っているやつのイヤホンから音漏れしてくるのは、たいていJ-popだしな。


「あ、そうだ! この手があった!」


 だが、街を歩けば演歌と遭遇すると本気で考えているシロは、目を閉じて何かの呪文を詠唱し出した。しばらくすると、俺と城ケ崎の周りに霧のようなものが発生して、まとわりついてきた。


「これは……?」


「一種の幻覚だね! もし、お兄ちゃんたちが演歌を耳にするようなことがあれば、自動的に無害な音楽に切り替えてくれるんだよ!」


「そんなことも出来るのかよ……」


 自動的に聞き取る内容を変えてしまえる力まであるなんて、シロの能力は計り知れないな。


「応急処置に過ぎないと思うけど、これでお兄ちゃんたちは、演歌を聴きとることの出来ない耳になったよ!」


「それはありがたいな……」


 ていうか、こんな便利な力があるのなら、あの鶏頭のところに連行するより先に使ってほしかった。ますます何のためにあいつの元で吐血したのかが、分からなくなってしまった。


「でも、安心してばかりもいられませんよ。もし、私たちが演歌アレルギーになったのが、何者かの仕業なのだとしたら、また別のアレルギーを与えられる危険は十分にあります」


「問題なのは、その何者かの手口が一切不明ということなんだよな」


 だから、対策の打ちようがなく、サンドバックの状態なのだ。そいつのせいで、ひどい目に遭わされたのだと思うと、イライラしてきてしまう。


「ふっふっふ! 心配召されるな! そんなお兄ちゃんたちの横に、シロちゃんがいることを忘れちゃいけないよ! 私がいる限り、これ以上何者かの好きにはさせないよ!」


「ははは! こういう時には、一番頼りになりますもんね」


 シロがやたら張り切っているが、相手の正体も分からないのに、どう対抗するつもりなのか。


 だが、シロは燃え盛る火球を出現させたり、部屋を瞬時に模様替えしたりと、俺たちの常識を覆す能力をいくつも持っている。こいつが本気になれば、案外どうにかしてくれるかもしれない。正直、今はシロにすがるしか手が見つからない。頼りにしているぜ。




 シロの部屋に入ると、やつしか住んでいない筈の部屋に、魔物が十体ほど、所狭しと待ち受けていた。即座に戦闘へ突入すると思うようなことはなかったが、決起集会を思わせる雰囲気に、思わずドキリとしてしまう。


「おい……。この方々は……」


 どいつもこいつも、成人男性を優に超える背丈の持ち主ばかりなので、それが十体も集まると、昨夜はあんなに広く感じた部屋も犬小屋に思えてしまうほどだ。疑問に思う俺に、シロが鼻息を荒くして説明する。


「落ち込んでいるお兄ちゃんたちを助けるために集ってくれた有志たちだよ! 私が声をかけたら、快く集ってくれたんだよ!」


 よくよく聞いてみると、俺たちが襲撃を受けたらしいことを聞きつけて、やって来てくれたシロの知り合いたちらしい。異世界に来てばかりの俺たちに肩入れしてくれる気持ちは、正直ありがたい。


 集まってくれた魔物たちの中には、シロから演歌をプレゼントされた豚の魔物も含まれていた。いきなり演歌を聴き始めないか不安だったが、シロから事情を聞かされているというので、ここは信じるしかあるまい。フィルターをかけられているから、聞こえないとはいっても、身近でかけられるのは気持ちの良いことではないのだ。


「大丈夫、大丈夫! みんなこう見えて、結構腕は立つんだから! この中の一匹は、お兄ちゃん千人分くらいの戦闘力はあるから、大船に乗った気でいてよ!」


「へ、へえ……、それは心強いな……」


 心強いんだが、例えられ方がな……。シロに悪気はないんだろうが、馬鹿にされている気がするんだよな……。


「ふっふっふ! 事は一刻を争うよ! クネちゃん! 早速頼むよ!」


 妙に張り切っているシロが知り合いの一匹に何かを促した。目が飛び出てしまいそうなほどに突き出ていて、しかもたらこ唇のクネちゃん。そいつは俺と城ケ崎に近寄ってきたかと思うと、おもむろに手を掴んできた。


 異世界の連中に耐性がなければ、何をする気なんだと慌てていたんだろうが、離れしつつある俺は、自分たちのために能力を使おうとしてくれていることを察していた。


 変な安心感の元、魔物を観察していると、口からシャボン玉を二つ吐きだしたのだった。これは何だろうと思っていると、空気でも入れられているかのように、シャボン玉が膨れ上がってきたではないか。しかも、膨れるにつれて、だんだん色づいてきている。


「このシャボン玉……。人の形に変化してきていませんか?」


「人の形っていうか……。これは……!」


 既に魔物の能力を知っているシロは、俺たちが驚く様を満足げに見つめている。他の魔物たちも同様だ。


「おお!」


 驚いたことに、最初はただのシャボン玉だったのが、俺達と瓜二つの姿になったではないか。


「これで敵がお兄ちゃんたちを襲ってきても、こいつが身代わりになってくれるよ!」


「そして、俺達は、身代わりを襲ってきた間抜けどもを叩くという訳だな!」


 俺が声を弾ませると、シロがニッコリ笑ってガッツポーズを示してきた。


 囮を使うとは考えたな、シロ! このやり方なら、俺の身に危険が降りかかることなく、敵を迎え撃つことが出来る。


 さっきまで落ち込んでいた分、光明が見えた途端に笑顔がこぼれてしまったが、集まってくれた魔物たちの中で、卑しい笑みを漏らしているのが一匹混じっていることを見逃してしまっていた。


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