第十話 大金のベストな使い道って何だろう
これまで男だと思っていた城ケ崎が、実は女かもしれないと、ひょんなことから気付いてしまった。
男だと思ったからこそ、シャワーを貸してほしいという申し出を軽い気持ちで引き受けたのに、女となると、話が変わってくる。
だって、ガラス何枚か向こうに、裸の女性がいるんだぜ? 俺だって、妙齢の男だ。意識しない訳がない。
湧き上がる欲望と格闘していると、シャワーを浴び終えたのか、城ケ崎が出てきた。
「シャワーありがとうございました。後……、着替えも……」
「ああ……。困ったときはお互い様だからな。気にすんなよ」
この話し方。確実に俺のことを勘繰っている。俺が自身の下着を見ていないか探っている。
目が合うと、気まずくなってしまいそうだったので、なるべくテレビ画面を凝視するよう努めた。
「……」
「……」
明らかに不自然な沈黙が流れた。やばいな。あまり長く続くと、城ヶ崎に不審がられてしまう。
「あの……、僕の下着を見ましたか……」
「は? 男の下着なんか見たって仕方ねえだろ。俺にそんな趣味はない」
「そうですか……。いや、深い意味はないんです。着替えとタオルは、後日洗って返します」
城ヶ崎が安堵しているのが背中越しに伝わってくるが、俺はそれどころではなかった。やつのことを変に意識してしまい、心臓がドキドキしてしまっていたのだ。
だって、そうだろ? 城ヶ崎が女だとしたら、事情はともあれ、年頃の女性と二人きりでいるということになるのだから。
「……」
「……」
またも沈黙が流れる。下着を見ていないのが嘘だということは、城ケ崎だって薄々勘付いているだろう。
「そういえばお前って、女友達の家に居候しているんだよな」
「はい……」
途切れてしまった。だが、雰囲気をよくしようと無理やり言葉を紡ぐ。
「女友達の家にお世話になっていたら、迷惑だろ。俺と一緒に暮らすか?」
「……はい?」
言ってしまった……。無理に話そうとした結果、明らかに何の脈絡もないことを言ってしまった。城ケ崎も、困ったような顔で俺を見ている。
「やっぱり見まし……」
「何てな! 冗談だよ、冗談!」
面倒なことになる前に、冗談で片付けることにした。もちろん、城ケ崎は納得する訳もなく、怒ったような顔で俺をジッと見ていた。
雰囲気は最悪で、すぐにでも帰られそうだったが、何を思ったのか、城ケ崎はそのまま俺の家に泊まっていったのだった。
翌日、出社するために、部屋の外に出る。城ケ崎を部屋に置いていく訳にもいかないので、一緒に出てもらった。服はすっかり乾いていて、やっと女友達のところに帰れるとご機嫌だった。昨夜のことは忘れているようなので、俺もホッとしていた。
他愛もない世間話をしつつ、一階へと歩いていく。
「賞金を手に入れたら、やっぱりまずは部屋を借りるのか?」
「う~ん。その前に、女友達と美味しいものでも食べに行きますかね。家賃代わりに」
「順序が違っていないか?」
「そういう宇喜多さんは何に使うつもりなんですか?」
批判するくらいなら、さぞかし友好的な使い道を考えているんでしょうと、城ケ崎が反論してくる。実をいうと、俺もたいしたことは考えていないのだが、何か言わないといけない気がして、頭を捻った。
「え~とな。高級中華料理やフランス料理の店で、全メニューを持ってこさせたり、ブランド物のスーツを買ったり……。高級腕時計も捨てがたいな……」
「何かボーナスをもらったら、すぐに解決しちゃいそうなものばかりですね」
思いつく金の使い道を答えてみたら、城ケ崎にため息をつかれてしまった。つまらない男だと思われたのかもしれないな。
「そ、それならワンランク上のマンションに住むとか! おっと! 大金がせっかく懐にあるんだ。いっそ家でも建てちまうか? 高級車を現金で一括払いというのも……!」
何か力説すればするほど、テンションが落ちてくるな。熱心に話すほどに、自分がいかに庶民なのかを痛感してしまうのだ。
金持ちとの埋めようのない差を思い知らされるな。今までの人生で、いかに金を持たなかったかばれてしまう。だから、いきなり持つチャンスが訪れても、使い道に困ってしまう。情けない話だ。
朝からブルーな気分になっていると、ゴミ出しに出てきた女性とすれ違った。マスクで口元が隠されているが、その顔には見覚えがあった。
「藤乃……?」
俺が恐る恐る話しかけると、彼女は会釈だけして、フラフラと立ち去っていった。
「風邪を引いたみたいですね」
「無理をしていたからな。そのツケが回ってきたんだろう」
昨日、薄着をしていた反動なのか、これ以上着込んだら、動けなくなるんじゃないかというほどに厚着をしているのが痛々しい。
「あの様子だと、今晩は無理だな」
「そうでしょうか。藤乃さんなら、気力を振り絞って出てくると思いますよ。また胸元を解放した格好で……」
魔王の目に留まるのと、病院に担ぎ込まれるの、どっちが早いだろうね。どの道、最終日まで残っていそうにないな。
「全くの予想なんですが、藤乃さんだったら、救急車で運ばれることになっても、お医者さんを誘惑するために、勝負パンツを忘れずに履いていきそうですよね」
「やりそうだな」
というか、既にやってそうだな。
藤乃の場合、莫大な資産を手にするまでは殺しても死なないだろうから、このままでいいとして、城ケ崎の言葉が胸につっかかった。
金の使い道か……。金を獲得することにばかり目がいっていて、全然考えていなかった。でも、思いつかないんだよな~。
その日の深夜、もうすぐ今夜の賞金探しが開始されるという時間に、ようやく仕事を終えて帰宅することが出来た。
賞金探しを始めてから、帰る楽しみが出来たからか、アパートに向かう足取りが以前より軽くなっている。だが、胸の中は、もやもやしていた。
「金の使い道……」
今日一日、働きながら考えてみたんだが、思いつかない。やっぱり俺って庶民なのかなあ。
自虐的に笑いながら、階段を上っていると、自室のドアの前に女性が倒れているのを見つけた。
最初に頭をよぎったのが、藤乃だ。今朝具合が悪そうにしているところを見たし、この寒い中、懲りずに薄着なところから、彼女を連想したのだ。
だが、すぐに別人だと気付いた。顔が丸っきり違うのだ。後、胸の膨らみ方も……。
「は、ははは……!」
すげえ可愛い! 胸もすごいし……、これ、走ったら、相当揺れるんだろうな。
気絶しているのを良いことに、よだれが出る寸前まで凝視する。こんな可愛い子が、彼女になってくれるっていうんだったら、俺、一千万でも払っちゃうね。
だが、これからどうするか? 常識的に考えて、救急車を呼ぶのが紳士的なんだろうが、俺としては恩を売っておいて、お近付きになるチャンスを手にしたいという邪まな考えも芽生えていた。
「あ~! こんなところにいた~!」
煩悩満載なことを考えている俺の横で、いつの間に来ていたのか、シロが大声を上げた。
「わ、わわわ! こ、これはな……!」
慌てて自分の潔白を主張しようとする。何も悪いことはしていないのに、言い訳をする方向で思考を巡らせているのが、何か悲しい。
「もう! 駄目だよ。勝手に逃げちゃ!」
だが、シロは、俺にもめくれずに、倒れている女の子に近寄っていくと、頬をペチペチと叩いた。だが、彼女は目を覚まさない。
「む~! お寝坊さんめ~。って、あれ? お兄ちゃんじゃない!」
俺がいることにたった今気付いたらしい。自身の存在感のなさに泣きたくなりながらも、シロに女の子のことを聞いた。
「この娘……。お前の知り合いなのか?」
「うん! 知り合いといえば、知り合いだね!」
シロの知り合いということは、異世界から来たのか。道理で現実離れしたプロポーションをしている。
元々人懐っこいところがあるので、嬉々として、女の子のことを話し出した。
「この娘はルネちゃんと言ってね~」
「うんうん」
シロの知り合いということは、この娘も魔王の手下なんだろうか。そんな粗暴なことをするようには見えないが、人は見かけによらないというからな。
「魔王様の大切な商品だよ♪」
「うんうん……。はい!?」
満面の笑みで、とんでもないことを暴露されたぞ!? え? 商品!?
俺が固まっているのに、シロは変わらない笑顔を、俺に向けている。ルネは、依然気を失ったままだ。




